源能俊
時代 平安時代中期 - 後期
生誕 延久2年(1070年
死没 長承3年(1134年
官位 正二位大納言治部卿中宮大夫
主君 白河天皇堀河天皇鳥羽天皇崇徳天皇
氏族 醍醐源氏高明流
父母 父:源俊明、母:藤原師基の女
兄弟 能俊実明能明明賢憲明、俊源、増俊、隆絮、静観、藤原忠教継室、国明
源頼綱の女
能賢、政明、俊雅、光隆、能智、能覚、能献
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源 能俊(みなもと の よしとし)は平安時代の公卿。父は正二位大納言源俊明、母は若狭守藤原師基の女。極位極官は正二位大納言治部卿中宮大夫。長く治部卿を兼ねた他、中宮大夫は2度兼ねている。

経歴編集

以下、『公卿補任』及び『尊卑分脈』の内容に従って記述する。


脚注編集

  1. ^ 中宮御給
  2. ^ 大嘗会主基国司による。
  3. ^ 少将の労による。
  4. ^ 院行幸の賞による。
  5. ^ 少将の労による。
  6. ^ 造宮行事の賞。
  7. ^ 御賀院司の賞。
  8. ^ 天仁2年石清水行幸行事の賞。
  9. ^ 中宮が女院号を得て待賢門院となったため。
  10. ^ 行幸平野大原行事の賞。
  11. ^ 年来、風病云々という。

参考文献編集