炎628』(ほのお628、原題:Иди и смотри、『来たれ、そして見よ』)は、1985年公開のソ連映画。

炎628
Иди и смотри
監督 エレム・クリモフ
脚本 アレシ・アダモヴィチ
エレム・クリモフ
音楽 オレーグ・ヤンチェンコ
撮影 アレクセイ・ロジオーノフ
製作会社 モスフィルム
ベラルーシフィルム英語版ロシア語版
配給 日本の旗 松竹富士クラシック=松竹富士
公開 ソビエト連邦の旗 1985年
日本の旗 1987年10月30日
上映時間 143分
製作国 ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦
言語 ベラルーシ語
ロシア語
ドイツ語
テンプレートを表示

概要編集

1943年ドイツ占領下のベラルーシ英語版ロシア語版を舞台に、赤軍パルチザンに身を投じた少年がドイツ軍アインザッツグルッペンによる虐殺を目の当たりにする様子を描いた映画。

1943年3月22日にベラルーシで起きたハティニ虐殺を基にした作家アレシ・アダモヴィチ英語版の小説『ハティニ物語』を原作としている[1]大祖国戦争戦勝40周年となる1985年に合わせて製作された。原題は、『ヨハネの黙示録』第6章の死が乗った青ざめた馬が現れる一節から採られた。

ストーリー編集

1943年、ドイツ軍に占領されたベラルーシでは、少年フリョーラがパルチザンの隠したSVT-40小銃を掘り出していた。止めさせようとする村の男の声に耳を傾けないフリョーラだが、その様子を上空のFw 189偵察機が監視していた。翌朝、パルチザンの一部隊がフリョーラの村にやって来た。母の声にも耳を貸さず、フリョーラは小銃を片手にパルチザンに志願する。フリョーラはパルチザンの陣地にやって来たが、パルチザンの指揮官であるコサーチはフリョーラを置き去りにして出発してしまう。落胆するフリョーラだが、森の中で出会った少女グラーシャは死地に少年を送りたくない温情からだと語る。そこへドイツ軍の攻撃が始まり、落下傘兵が降下してきた。フリョーラとグラーシャはフリョーラがいた村へと逃れるが、人の気配が全く無い。グラーシャは虐殺された村人の死体の山を見て、フリョーラも錯乱して沼地に入ろうとする。

やがてパルチザンの一員であるロウベジと共に生き残った村人たちと出会った2人だが、フリョーラの家族は殺されたことを告げられる。フリョーラに銃を掘るのを止めさせようとした村の男は、ガソリンで焼かれ瀕死の重傷を負っていた。自分の行動で家族が殺されたことに、自責の念に駆られるフリョーラ。一方、憎悪に燃える村人たちは、ドイツ兵の白骨死体からヒトラーの人形を作り罵っていた。ロウベジはフリョーラたちと共に、人形を使った奇襲と食糧調達を行うことになる。途中、地雷原で仲間を失うが、占領されたペレクホドイ村に着いたフリョーラとロウベジは、村人を脅して牛を調達することに成功する。しかし、帰途でドイツ軍の襲撃に会い、ロウベジは射殺され、牛も銃弾に倒れた。

翌朝、フリョーラは農夫と馬車を確保するが、村には大量のドイツ兵がおり、農夫はフリョーラに小銃を隠して自分の家族になりすますよう指示する。村では、ドイツ軍が重要事項を発表するとして、ロシア人協力者を使って村人たちを半ば強引に教会に集めていた。当惑する村人たちに、若い親衛隊中隊指揮官は子供を残して外へ出てくるよう指示する。フリョーラや幾人かの村人が窓から出てきたのを見計らい、ドイツ兵たちは嬉々と教会めがけて一斉射撃を行い、火炎瓶火炎放射器で教会の建物に火を放つ。炎が増すにつれて消えてゆく悲鳴。フリョーラも記念写真を撮ろうとするドイツ兵に弄ばれる。村の家畜や女性を略奪して、家々にも火を放ったドイツ軍の後には、放心状態のフリョーラ達と燃えさかる建物だけが残された。

しかしその直後、ドイツ軍はパルチザンの奇襲に遭い、ドイツ兵たちは次々と倒れてゆく。フリョーラの前に現れたのは、笛を咥えさせられ血まみれになり放心状態のグラーシャだった。ドイツ軍の将校やロシア人協力者はパルチザンに捕らえられた。ドイツ軍に命じられたというロシア人協力者や、高齢で誰にも危害を与えていないと語る司令官に対して、村人を焼き殺した中隊指揮官はパルチザン達を劣等人種と罵り、共産主義の劣等性と子供を殺したことの正当性を堂々と主張する。通訳に耐え切れず殺すべきだと言うロシア人協力者は、コサーチに言われるがまま味方だったドイツ軍将校にガソリンを降りかけ焼き殺そうとする。しかし、復讐に燃えるパルチザンの自動小銃が先に彼らを射殺してしまった。

パルチザンは再び移動を開始したところで、フリョーラは水たまりにヒトラーの肖像画が落ちているのを見つける。フリョーラは肖像画にめがけて小銃を撃つ。撃つたびにヒトラーの映像が巻き戻され、電撃戦、ナチ党結成時、第一次世界大戦時と巻き戻されてゆく。そして最後は、幼少期のヒトラーの写真で巻き戻しは終わる。ふと我に返るフリョーラの目からは、涙があふれていた。

そして森の中へと進軍していくパルチザン。第二次大戦中、ベラルーシの628の村々が焼かれたという字幕で映画は幕を閉じる。

キャスト編集

受賞編集

第14回モスクワ国際映画祭(1985年)の最優秀作品賞を受賞した。

脚注編集

  1. ^ 越野剛「ハティニ虐殺とベラルーシにおける戦争の記憶 (PDF) 」 『地域研究』第14巻第2号、京都大学地域研究統合情報センター、2014年3月、 77頁、2017年12月25日閲覧。

外部リンク編集