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熊谷 膳直(くまがい よしなお、宝徳4年/享徳元年(1452年) - 永正12年(1515年))は室町時代後期の武将。安芸熊谷氏当主。父は熊谷宗直[1]。子に熊谷元直[2]。官途は民部大輔。

安芸武田氏の家臣として活躍する一方、分裂した熊谷氏の統一を図り勢力を向上させた。

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生涯編集

1452年熊谷宗直の子として生まれる。熊谷氏の一族らしく武勇の人であったようで、1499年9月には温科国親武田元信から離反した際にその討伐を行い、恩賞として温科氏の旧領を与えられている。

当時の熊谷氏は所領を一族で分割しており、必然的に惣領を中心とした惣領制にするために苦心を重ねていた。熊谷膳直は、自身の治世時に分家筋である新庄熊谷氏を滅ぼして、分割されていた熊谷氏の勢力を一本化させ、来たるべき戦国時代へ備えている。

なお、この時に滅ぼした新庄熊谷氏の熊谷直房とその嫡子、熊谷直重は赦されて、名字を熊谷から桐原に変え、家臣として仕えた。

1506年に膳直の嫡男の元直は主君の武田元繁より所領を与えられているため、この頃には家督が元直に移行していたと考えられる。

1515年伊勢ヶ坪城にて死去。わずか2年後に嫡男の元直が討死を遂げ、熊谷氏と主家の武田氏との関係も不穏になっていくのである。

脚注編集

参考文献編集

  • 今井尭ほか編『日本史総覧』3(中世 2)、児玉幸多小西四郎竹内理三監修、新人物往来社、1984年3月。全国書誌番号:84023599ISBN 4404012403NCID BN00172373OCLC 11260668ASIN B000J78OVQ

関連項目編集