オランザピン

非定型抗精神病薬の一つ

オランザピン英語: Olanzapine)は、非定型抗精神病薬の一つである。1996年に発売された。日本国内では2000年に統合失調症の治療薬として承認され、のちに双極性障害における躁症状(2010年)およびうつ症状(2012年)を改善する薬剤として追加承認された。2017年に「抗悪性腫瘍剤シスプラチン等)投与に伴う消化器症状 (悪心、嘔吐)」の適応が追加された[2]。商品名ジプレキサ (Zyprexa)。規制区分は劇薬処方箋医薬品である。糖尿病禁忌である。

オランザピン
IUPAC命名法による物質名
臨床データ
胎児危険度分類
  • C
法的規制
  • (Prescription only)
投与経路 oral, intramuscular
薬物動態データ
生物学的利用能87% [1]
代謝Hepatic (direct glucuronidation and CYP mediated oxidation)
半減期21–54 hours
排泄urine 57%, feces 30%
識別
CAS番号
132539-06-1
ATCコード N05AH03 (WHO)
PubChem CID: 4585
DrugBank APRD00138
ChemSpider 10442212
KEGG D00454
化学的データ
化学式C17H20N4S
分子量312.439
物理的データ
融点195 °C (383 °F)
水への溶解量Practically insoluble in water mg/mL (20 °C)
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先発薬のジプレキサはイーライリリー社が製造して販売し、ジェネリック品は2011年にアメリカ[3]、2016年に日本でそれぞれで発売された[4]。錠剤、口腔内崩壊錠、細粒の他、筋注製剤(速効性)が承認されている。

薬理 編集

ドーパミンD2、D3、D4セロトニン5-HT2A、5-HT2B、5-HT2C、5-HT6アドレナリンα1ヒスタミンH1の各受容体をはじめ、多数の神経物質受容体に対する拮抗作用を示す[5]。オランザピンの構造はクロザピンに似ているが、チエノベンゾジアゼピン系に分類される。オランザピンはドーパミン受容体セロトニン受容体に対し高い親和性を有している。

オランザピンの作用機序は明らかにはなっていないが、オランザピンの抗精神作用はドーパミン受容体、特にドーパミンD2受容体への拮抗作用によるものと考えられている。セロトニン拮抗作用もまたオランザピンの有効性に影響している可能性があるが、研究者の間でも5-HT2A拮抗作用については議論が続いている。

オランザピンの多数の受容体に対する作用が、統合失調症の陽性・陰性症状、認知障害、不安症状、うつ症状などに対する効果と、錐体外路症状を軽減する効果、を生むと考えられる[6]

受容体 Receptor Ki (nM) 作用 備考
D1 en:Dopamine receptor D1 00070.3 拮抗
D2 en:Dopamine receptor D2 00003 拮抗 統合失調症(陽性症状)の治療作用に関与
D2 Long en:Dopamine receptor D2 00031 拮抗
D2 Short en:Dopamine receptor D2 00028.77 拮抗
D3 en:Dopamine receptor D3 00047 拮抗
D4 en:Dopamine receptor D4 00014.33 拮抗
D5 en:Dopamine receptor D5 00082 拮抗
5-HT1A en:5-HT1A receptor 02282 拮抗
5-HT1B en:5-HT1B receptor 00585 不明
5-HT1D en:5-HT1D receptor 01061 不明
5-HT1E en:5-HT1E receptor 02209 不明
5-HT2A en:5-HT2A receptor 00002.4 逆作動
5-HT2B en:5-HT2B receptor 00011.9 逆作動 鎮静作用に関与
5-HT2C en:5-HT2C receptor 00010.2 逆作動 食欲刺激作用に関与
5-HT3 en:5-HT3 receptor 00202 拮抗 制吐作用に関与
5-HT5A en:5-HT5A receptor 01212 不明
5-HT6 en:5-HT6 receptor 00008.07 拮抗
5-HT7 en:5-HT7 receptor 00105.2 拮抗
H1 en:Histamine H1 receptor 00002.19 逆作動 強力な鎮静作用に関与
H2 en:Histamine H2 receptor 00044 拮抗
H4 en:Histamine H4 receptor 10000以上 拮抗
M1 en:Muscarinic acetylcholine receptor M1 00026 拮抗 抗コリン作用に関与
M2 en:Muscarinic acetylcholine receptor M2 00063.5 拮抗
M3 en:Muscarinic acetylcholine receptor M3 00052.64 拮抗 2型糖尿病に関与
M4 en:Muscarinic acetylcholine receptor M4 00017.33 拮抗
M5 en:Muscarinic acetylcholine receptor M5 00007.5 拮抗
α1A en:Alpha-1A adrenergic receptor 00112 拮抗 起立性低血圧に関与
α1B en:Alpha-1B adrenergic receptor 00263 拮抗
α2A en:Alpha-2A adrenergic receptor 00315 拮抗
α2B en:Alpha-2B adrenergic receptor 00081.8 拮抗
α2C en:Alpha-2C adrenergic receptor 00028.9 拮抗

日本の経緯 編集

2000年12月にジプレキサ錠が統合失調症治療薬として承認され、2001年6月4日に発売された。

2001年11月29日に細粒が承認され、2004年5月に発売された。2005年3月にCatalent Pharma Solutions社のフリーズドライ技術「ザイディス」を採用したジプレキサザイディス錠が承認され、同年7月1日に発売された。

2010年10月に双極性障害の躁症状の改善に適応、2012年2月に双極性障害におけるうつ症状の改善で承認、それぞれを取得し、国内で初めて、双極性障害の躁症状と鬱症状の改善に適応する薬剤となった[7]

2012年9月に注射剤が統合失調症の適応で承認された[8]

2016年6月16日にジェネリック品が薬価収載され、21社105品目が新規参入した[4]

2017年12月に「抗悪性腫瘍剤(シスプラチン等)投与に伴う消化器症状 (悪心、嘔吐)」の適応が追加された[2]

2023年10月、日本癌治療学会『制吐薬適正使用ガイドライン』2023年10月改訂第3版に3剤併用療法(5-HT3受容体拮抗薬+NK1受容体拮抗薬+デキサメタゾン)にオランザピンを追加した、4剤併用療法が「併用を強く推奨する」(推奨レベル1、エビデンスの強さB、合意率95.7%)と記載された[9]

統合失調症や気分障害などの罹患者と家族らの組織である全国精神障害者家族会連合会(全家連)は1999年4月に、早期に承認するよう厚生大臣や国会議員へ陳情した[10]

アメリカの状況 編集

  • アメリカ食品医薬品局 (FDA) で承認された2番目の非定型抗精神病薬で、アメリカ国内で最も多く使用されている。
  • アメリカでは統合失調症に加え、双極性障害の躁病相の治療と予防、プロザックとの合剤であるOlanzapine-fluoxetine combination(OFC、シンビアックス)は双極性障害のうつ病相の治療、難治性うつ病の治療においてもFDAから承認を受けている。

禁忌 編集

副作用 編集

 
Zyprexa
 
ジプレキサ ザイディス錠 10mg

おもな副作用に不眠、眠気、体重増加、アカシジアジスキネジア振戦、倦怠感不安・焦燥、興奮・易刺激性、おもな臨床検査値異常はALT (GPT) 上昇、プロラクチン上昇、AST (GOT) 上昇、トリグリセリド上昇、それぞれがある。プロラクチン上昇に伴う乳汁分泌も報告されている[11]

他の非定型精神病薬に比して、特に注意が必要とされている副作用に体重増加(肥満)と耐糖異常(2型糖尿病)がある。

オランザピンは膵臓β細胞アポトーシスを引き起こしていることが、京都大学から報告されている[12]。社会的に肥満が問題視されるアメリカでは、オランザピンによる体重増加は、心筋梗塞など致死的な疾患に直結するとして注意喚起される。

日本は、オランザピンと因果関係が否定できない重篤な高血糖、糖尿病性ケトアシドーシス、糖尿病性昏睡が9例(死亡例2例)報告されており、厚生省は2002年4月に注意喚起[1]した。発売元の日本イーライリリーは、糖尿病患者やその既往歴のある患者に対する患者への投与を禁忌として、ドラッグ・インフォメーション上で目立つように警告を記述した。

哺乳類での研究 編集

臨床使用を模倣したマカクサルへの投与は、脳容積の大幅な減少をもたらした[13]

過剰摂取は450ミリグラム (mg) 摂取で死亡報告あり。2,000mg摂取で生存報告もある。オランザピンの過剰摂取は有害であると考えられる。特定の解毒剤はないとされる。

雌マウスと雌ラットに慢性曝露した複数の研究で発癌性が実証されているが、雄マウスと雄ラットでは実証されていない。発見された腫瘍は肝臓や乳腺であった。

訴訟 編集

ジプレキサ(オランザピン)は1996年に上市されたが、服用後に糖尿病やほかの病気になったと訴えがあり、2005年に8,000件の訴訟に対して7億ドル、2007年に18,000件の訴訟に対して5億ドル、それぞれをイーライリリーが支払う[14]

2009年にイーライリリーは、非定型抗精神病薬ジプレキサ(オランザピン)を、体重増加などの副作用の情報を告知せず、また常用量で死亡リスクを高める老人への睡眠薬としての利用を勧める「午後5時に5mg」などの違法なマーケティングにより、14億ドルの罰金が科された[15]

脚注 編集

  1. ^ Burton, Michael E.; Shaw, Leslie M.; Schentag, Jerome J.; Evans, William E. (May 1, 2005). Applied Pharmacokinetics & Pharmacodynamics: Principles of Therapeutic Drug Monitoring. Lippincott Williams & Wilkins; Fourth Edition edition. pp. 815. ISBN 978-0781744317 
  2. ^ a b 医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議 公知申請への該当性に係る報告書 オランザピン 抗悪性腫瘍剤投与に伴う消化器症状(悪心・嘔吐)”. PMDA (2017年12月25日). 2024年2月24日閲覧。
  3. ^ FDA オランザピン初のGEを承認 | ニュース | ミクスOnline”. www.mixonline.jp. 株式会社ミクス(MIX, Inc.) (2011年10月26日). 2024年2月18日閲覧。
  4. ^ a b 抗精神病薬ジプレキサのGE 薬価は先発品の32% 初GEは8成分、16年6月GE追補収載 | ニュース | ミクスOnline”. www.mixonline.jp. 株式会社ミクス(MIX, Inc.) (2016年6月17日). 2024年2月18日閲覧。
  5. ^ 統合失調症研究関連試薬-多元受容体遮断薬 - 和光純薬 (2014/12/25閲覧)
  6. ^ ジプレキサ錠2.5mg/ジプレキサ錠5mg/ジプレキサ錠10mg 添付文書” (2016年8月). 2016年11月4日閲覧。
  7. ^ 日本リリー ジプレキサで双極性障害の「躁」「うつ」両症状の適応取得 国内初 - ミクス online (2012/02/23)
  8. ^ ジプレキサ筋注用10mg、承認取得|CareNet.com”. CareNet.com. 株式会社ケアネット (2012年10月8日). 2024年2月17日閲覧。
  9. ^ 『制吐薬適正使用ガイドライン 2023年10月改訂 第3版』金原出版、2023年10月20日。ISBN 978-4-307-20439-2 
  10. ^ 霞ヶ関の犯罪「お上社会」腐蝕の構造 本澤二郎 リベルタ出版 2002年 ISBN 9784947637772 p196
  11. ^ ジプレキサ錠 添付文書(2020年2月改訂、第1版)
  12. ^ オランザピンの代謝異常、原因が明らかに:京都大学”. CareNet (2013年8月30日). 2015年4月1日閲覧。
  13. ^ The Influence of Chronic Exposure to Antipsychotic Medications on Brain Size before and after Tissue Fixation: A Comparison of Haloperidol and Olanzapine in Macaque Monkeys (2005)
  14. ^ Alex Berenson (2007年1月4日). “Lilly to Pay Up to $500 Million to Settle Claims”. The New York Times. http://www.nytimes.com/2007/01/04/business/04cnd-drug.html 2013年3月15日閲覧。 
  15. ^ Maia Szalavitz Sept (2012年9月17日). “Top 10 Drug Company Settlements”. TIME.com. http://healthland.time.com/2012/09/17/pharma-behaving-badly-top-10-drug-company-settlements/ 2013年2月23日閲覧。 

参考文献 編集

  • 上島国利 編『オランザピン100の報告 ひとりひとりの治療ゴールへ』 星和書店 2003年。
  • 上島国利 編『オランザピン急性期の報告 ――ひとりひとりの治療ゴールへ』 星和書店 2004年。
  • 藤井康男 編『オランザピンを使いこなす』星和書店 2007年5月1日。

外部リンク 編集