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玉置 永直(たまき ながなお、生没年不詳)は、戦国時代から江戸時代初期にかけての武将紀伊国手取城主。初名は小平太。

略歴編集

玉置氏は元弘元年(1331年)に起きた元弘の乱北朝方となった玉置盛高を祖とする。その後、紀伊国日高地方において勢力を広げ、手取城を居城とする。

永直の頃は父が織田信長に属して1万石を領した。天正13年(1585年)の羽柴秀吉紀州征伐において恭順の姿勢を取ったが、近隣の湯川直春に居城の手取城を落とされる。その後、紀伊国・大和国を領した秀吉の弟豊臣秀長に仕えるが所領は減らされて3500石となる。父が所領を減らされたのを理由に出家すると家督を相続する。

慶長5年(1600年)、関ヶ原の戦いでは西軍に属したため改易される。慶長20年(1615年)、大坂の役において豊臣方として大坂城に入るが敗北。後に徳川氏に仕えたという。

系譜編集