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玖老勢駅(くろぜえき)は、愛知県新城市玖老勢にかつて存在した豊橋鉄道田口線(旧・田口鉄道)の南設楽郡鳳来寺村(1956年以降は鳳来町、現・新城市)にあった駅の一つである。

玖老勢駅
くろぜ
Kuroze
鳳来寺 (2.7km)
(1.6km) 三河大石
所在地 愛知県南設楽郡鳳来町玖老勢
所属事業者 豊橋鉄道
所属路線 田口線
キロ程 7.5km(本長篠起点)
駅構造 地上駅
ホーム 1面2線
乗車人員
-統計年度-
262人/日(降車客含まず)
-1957年度-
開業年月日 1929年昭和4年)5月22日
廃止年月日 1968年(昭和43年)9月1日
備考 有人駅
特記のないデータは廃止時
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1977年の玖老勢駅跡とその周囲。赤で囲った場所に駅があった。赤い線は田口線の廃線跡。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成

目次

歴史編集

玖老勢駅は1929年昭和4年)5月22日、田口鉄道により開設された[1]

田口鉄道は、現在のJR飯田線本長篠駅北設楽郡設楽町を結んだ鉄道である。玖老勢駅は、同鉄道の第一期線として本長篠駅から三河海老駅までの区間が開通した際の、途中の駅の一つであった[2]。駅が置かれた玖老勢は、豊橋長野県飯田を結んだ伊那街道沿いの農山村で、鳳来寺村役場の所在地でもあった[3]

1956年(昭和31年)10月1日、田口鉄道が豊橋鉄道に合併されたため豊橋鉄道田口線の駅となった。そして田口線の廃線に伴って1968年(昭和43年)9月1日、駅も廃止された[1]

廃線となった田口線はバスに転換された。2012年現在、田口線があったルートに沿って走るバスは豊鉄バス田口新城線である。愛知県道32号長篠東栄線を走行しており、駅があった玖老勢地区には、駅名と同じ「玖老勢」などのバス停がある[4]。一方、駅の跡地には消防団の詰め所が建設され、駅付近の線路跡はサイクリングロードとして整備されている[5]

構造編集

島式1面2線ホームを持つ[6]有人駅で、1956年(昭和31年)の時点で駅長を含めて4人配置されていた[7]

利用状況編集

1957年度の乗車人員は9万6千人(1日平均262人)で、そのうち6割にあたる5万8千人が定期乗車券での利用客であった。この乗車人員は田口線全11駅において、本長篠駅鳳来寺駅三河田口駅三河海老駅に次いで5番目に多い[8]

同年度における貨物取扱量は、発送が16,235トン、到着が227トンであった。田口線の貨物取扱駅7駅の中で、取扱量は本長篠駅に次いで2番目に多い[8]。駅で扱っていた貨物の中には、鳳来寺村の西隣にあたる作手村の岩波(現・新城市作手岩波)で産出された珪石もあった[9]

隣の駅編集

豊橋鉄道
田口線
鳳来寺駅 - 玖老勢駅 - 三河大石駅

参考文献編集

  • 愛知県『愛知県統計年鑑』第8回 昭和34年版、愛知県、1959年。
  • 今尾恵介(監修)『日本鉄道旅行地図帳』7号(東海)、新潮社、2008年。ISBN 978-4-10-790025-8
  • 今尾恵介(編)『新鉄道廃線跡を歩く』3 北陸・信州・東海編、JTBパブリッシング、2010年。ISBN 978-4-533-07860-6
  • 「角川日本地名大辞典」編纂委員会(編)『角川日本地名大辞典』23 愛知県、角川書店、1989年。ISBN 978-4-04-001230-8
  • 『したらの文化財 図録・田口線と用具』設楽町教育委員会、1996年。
  • 飛田紀男『鳳来町誌』田口鉄道史編、鳳来町教育委員会、1996年。

脚注編集

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  1. ^ a b 『日本鉄道旅行地図帳』7号、pp37-38
  2. ^ 『鳳来町誌』田口鉄道史編、p48,64
  3. ^ 『角川日本地名大辞典』23、p1205,2029
  4. ^ Mapion電話帳 玖老勢バス停、2012年9月6日閲覧
  5. ^ 『新鉄道廃線跡を歩く』3、p132
  6. ^ 白井良和「奥三河に咲いたローカル線 田口線の回想」『鉄道ピクトリアル』第461号、鉄道図書刊行会、1986年3月、 59頁。
  7. ^ 『図録』、p8
  8. ^ a b 『愛知県統計年鑑』昭和34年版、p386
  9. ^ 『鳳来町誌』田口鉄道史編、p138

関連項目編集