珍妃(ちんぴ、あるいは ちんひ、満州語ᡠᠵᡝᠩᡤᡝ
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転写:ujengge fei、1876年2月27日 - 1900年8月15日)は、光緒帝の側妃の一人。満州八旗のタタラ(他他拉)氏(Tatala hala)の出身。タタラ貴妃ともいう。姉は同じく光緒帝の妃・瑾妃

生涯編集

 
恪順皇貴妃(珍妃)

姉とともに選秀女に参加して入選。珍嬪となり後に珍妃(ujengge fei)に進む。光緒帝に最も寵愛された妃という。美人で明るく外向的な性格のため、一時期は西太后から寵愛された。しかし政治に口出しをし賄賂を受け取って官職を売ったため西太后の怒りにふれ、貴人に落とされるが、後に珍妃に復帰。

戊戌の政変後、西太后により紫禁城内の冷宮に幽閉された。義和団の乱の最中に西太后の命により、宦官の崔玉貴の手によって井戸に投げ込まれて殺された。恪順皇貴妃とされ、西陵にある光緒帝の崇陵の妃園寝に葬られた。

珍妃が投げ込まれた井戸は、紫禁城内に現存する。生前住居とした景仁宮のそばの仏堂に、姉瑾妃が1920年頃書写した「精衛通誠」の扁額が掛かっている。

関連項目編集