メインメニューを開く

畝尾都多本神社

奈良県橿原市にある神社

畝尾都多本神社(うねおつたもとじんじゃ)は、奈良県橿原市にある神社である。天香久山北西麓に鎮座し、「啼澤神社・哭沢神社・泣沢神社」の別名があり「なきさわのもり」と呼ばれている。

畝尾都多本神社
DGX b6pV0AAhKk2.jpg
所在地 奈良県橿原市木之本144
位置 北緯34度29分55.2秒
東経135度48分54秒
座標: 北緯34度29分55.2秒 東経135度48分54秒
主祭神 泣沢女神
神体 井戸
社格 式内社(小)
村社
創建 不詳
別名 啼澤神社
例祭 9月15日
地図
畝尾都多本神社の位置(奈良県内)
畝尾都多本神社
畝尾都多本神社
テンプレートを表示
拝殿
神体の井戸

祭神編集

泣沢という井戸があり、その井戸が御神体として祀られている。

歴史編集

創建は不明だが、『万葉集』巻第二の二〇二に、

哭沢の神社に神酒すゑいのれどもわご玉は高日知らぬ
(泣沢神社の女神に神酒を捧げて薨じられた皇子の延命を祈っているのに、皇子はついに天を治めになってしまわれた。)

その左注に、

「右一首、類聚歌林に曰は桧隈女王泣沢女神[1]を怨むる歌といへり。日本紀を案ふるに云はく、十年丙申(696)の秋七月辛丑の朔の庚戌、後皇子命薨りましぬといへり」

と記されている。これは、持統天皇十年(696)に、松隈女王が再生の神に神酒を捧げ高市皇子の延命を祈ったのに、蘇ることなかったという、泣沢女神を恨む和歌である。この事から畝尾都多本神社は、飛鳥時代には既に存在していると考えられる。

延喜式内社の畝尾都多本神社と比定され、同じく式内社の畝尾坐健土安神社が隣接して鎮座。奈良時代正税を収納管理する役所「香山正倉」の遺構が周辺から発掘されている。

明治時代に社殿が再建された。

名前の由来編集

畝は、うねうねしているところ。尾は、鳥獣のように山が裾が長く引いているところ。畝尾は、山の裾のことをいう。この事から、香久山の麓にある畝尾ということになる。

摂末社編集

参考文献編集

  • 木下正史(編)『飛鳥史跡事典』吉川弘文館、2016年、201-205頁。ISBN 978-4-642-08290-7

脚注編集

外部リンク編集