畠山国氏 (奥州管領)

畠山 国氏(はたけやま くにうじ)は、南北朝時代武将室町幕府奥州管領畠山高国の嫡子。

 
畠山国氏
時代 南北朝時代
生誕 不詳
死没 観応2年/正平6年2月12日1351年3月18日
別名 孫三郎、弥太郎(通称)
官位 正五位上、左馬権頭中務大輔
幕府 室町幕府奥州管領
主君 足利尊氏
氏族 奥州畠山氏
父母 父:畠山高国
兄弟 国氏直泰
国澄国詮
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生涯編集

興国6年/康永4年(1345年)に奥州管領に任命されると、父と共に陸奥多賀国府に着任、奥州の南朝勢力の鎮撫に努めた。しかし、やがて同じく奥州管領として補任されていた直義派の吉良貞家と対立し、観応の擾乱において尊氏派に属したため貞家と全面的な軍事衝突となった。同年2月に貞家軍に居城の陸奥岩切城(現在の宮城県仙台市宮城野区岩切)を攻囲され、父と共に自害して果てた。子の国詮(幼名平岩丸)は奥州に土着、二本松氏の祖となった。

参考文献編集