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百万ドルの饗宴』(ひゃくまんドルのきょうえん)は、1963年10月17日から1966年10月13日まで日本テレビ系列局で放送されていた日本テレビ製作の歌謡番組である。

百万ドルの饗宴
Korakuen Hall 2007.jpg
番組の生放送が行われていた後楽園ホール
ジャンル 歌謡番組
出演者 コロムビア・トップ・ライト
ほか多数
制作 日本テレビ
放送
放送国・地域 日本の旗 日本
56分番組時代(第1期)
放送期間 1963年10月17日 - 1965年4月
放送時間 木曜 20:00 - 20:56
放送分 56分
さよなら'64百万ドルの饗宴
放送期間 1964年12月31日
放送時間 木曜 19:30 - 20:56
放送分 86分
回数 1
86分番組時代
放送期間 1965年5月 - 1965年10月
放送時間 木曜 20:00 - 21:26
放送分 86分
56分番組時代(第2期)
放送期間 1965年11月 - 1966年10月13日
放送時間 木曜 20:00 - 20:56
放送分 56分
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概要編集

日本のレギュラー歌謡番組では初の1時間編成を行った番組で、当時は珍しかったカラー放送を初回から行っていた。番組は、各レコード会社の人気歌手を一同に集め、カラー化と同時に番組をデラックス化しようとして企画された。ところが、企画段階で日本音楽事業者協会が「たくさんの人気歌手を公開ホール(後楽園ホール)で見せられたのでは、歌手の地方公演に客が入らなくなる」と日本テレビに抗議してきた。そこで日本テレビは番組に「新人コーナー」を設け、各社の新人歌手を持ち回りで出演させることで音事協を納得させた。これは、当時のテレビの威力を物語るエピソードであった。

放送時間編集

いずれも日本標準時。20:00 - 21:26にプロ野球ナイター中継が行われる日には放送を休止。

  • 木曜 20:00 - 20:56 (1963年10月17日 - 1965年4月)
  • 木曜 20:00 - 21:26 (1965年5月 - 1965年10月)
  • 木曜 20:00 - 20:56 (1965年11月 - 1966年10月13日)

出演者編集

提供編集

当初は全商連事業団の単独提供で放送されていたが、半年後にハウス食品工業(現・ハウス食品)と三共(現・第一三共)の二社提供となった。86分に拡大してからはPT番組となり、この間は特定のスポンサーを置いていなかった。再び56分に縮小してからは、東レと内外編物(現・ナイガイ)とアデカ(旭電化=現・ADEKA)の三社提供で放送されていた。

大晦日スペシャル編集

1964年12月31日(木曜)には、放送時間を19:30 - 20:56に拡大しての大晦日スペシャル『さよなら'64百万ドルの饗宴』を放送。この回の出演歌手は村田英雄江利チエミ春日八郎西田佐知子和田弘とマヒナスターズ新川二郎畠山みどり三橋美智也美空ひばり橋幸夫三波春夫青山和子[1]

脚注編集

  1. ^ 朝日新聞縮刷版』朝日新聞社、1964年12月31日付のラジオ・テレビ欄。

参考文献編集

  • 『大衆とともに25年:沿革史』日本テレビ放送網、1978年、158頁・455頁 - 469頁。


日本テレビ系列 木曜20:00枠
前番組 番組名 次番組
プロ野球ナイター中継 または 映画
(1963年4月18日 - 1963年10月6日)
※20:00 - 21:26
百万ドルの饗宴
(1963年10月17日 - 1966年10月13日)
空想科学映画 ウルトラゾーン
(1966年10月20日 - 1966年11月10日)
日本テレビ系列 木曜20:56枠
NNNニューススポット
※20:56 - 21:00
【木曜21:26枠へ移動】
田舎医者
(1965年1月28日 - 1965年4月8日)
※21:00 - 21:26
百万ドルの饗宴
(1965年5月 - 1965年10月)
【放送枠拡大分】
NNNニューススポット
※20:56 - 21:00
【木曜21:26枠から移動】
九ちゃん!
(1965年11月4日 - 1966年4月14日)
※21:00 - 21:26