メインメニューを開く

相川 佳之(あいかわ よしゆき、1970年6月9日 - )は、日本美容外科、事業家。SBCメディカルグループ総括院長。神奈川県出身。

あいかわ よしゆき
相川 佳之
生誕 (1970-06-09) 1970年6月9日(49歳)
日本の旗 神奈川県
国籍 日本の旗 日本
出身校 日本大学医学部卒業
職業 SBCメディカルグループ総括院長

概要編集

美容外科業界に入り2年で独立。2000年神奈川県藤沢市湘南美容クリニックを開院以来、わずか13年で全国に34院を展開する美容外科業界の一大勢力、SBCメディカルグループを築き上げた。湘南美容クリニック(SBC)を中核とするこのグループの経営においては、業界でタブー視されていた治療直後の腫れが残る写真や、明確な料金表をホームページに掲載するなど、徹底した情報公開を行い躍進の原動力とした。海外進出も視野に入れた拡大戦略の一方で、途上国の子供達へのワクチン提供や、東日本大震災における早期からの支援活動など、社会活動にも積極的に取り組んでいる。

来歴編集

  • 1970年 神奈川県にて、薬局チェーンを営む両親の元に生まれる。
  • 1986年 神奈川県鎌倉市鎌倉学園高校に入学。当初家業を継ぐべく薬剤師を目指していたが、大学入試2週間前に志望を医学部に変更する。
  • 1991年 日本大学医学部に入学。
  • 1997年 日本大学医学部卒業。医師国家試験合格。同年、現在のがん研有明病院麻酔科に勤務。
  • 1998年 都内大手美容外科に勤務。
  • 2000年 当時の美容外科業界の裏側を知り、理想のクリニック経営を目指し独立。神奈川県藤沢市に湘南美容クリニックを開院。
  • 2001年 初の分院となる横浜院を開院。安心リラックス麻酔を開発。
  • 2003年 新宿アイランドタワー内に新宿本院を開院。また初の著書となる『医師が教えるビューティ バージンロードの歩き方〜はじめての美容医療で迷わず綺麗になる〜』、『愛される匂い美人になる。』を出版。特に『愛される匂い美人になる。』は新宿 紀伊國屋週間売り上げ第一位となり、マスコミの取材を受け口コミによる予約が殺到。予約の取れない美容外科として評判になる。[要出典]
  • 2005年 渋谷院、大阪院、名古屋院を開院。
  • 2006年 福岡院、大宮院、千葉院開院。
  • 2007年 湘南美容・歯科、新宿ANNEX院、札幌院開院。初の海外開院(上海)。
  • 2008年 南青山メディカルエステティック表参道院、町田院、川崎院、柏院開院。
  • 2009年 立川院開院、SBC新宿近視クリニック、池袋院、南青山メディカルエステティック南青山院開院。
  • 2010年 大阪心斎橋院、SBC新宿近視クリニック大阪院開院。
  • 2011年 SBC新宿近視クリニック横浜院、上野院開院。
  • 2012年 仙台院、神戸院、広島院、スキンビューティークリニック品川、京都院、新宿血管外科クリニック、六本木レディースクリニック、スキンビューティークリニック大阪、ルネッサンスクリニック新宿院開院。

人物・エピソード編集

幼少〜学生時代編集

  • 薬剤師で、漢方薬の勉強のため頻繁に中国に行っていた父親は、当時小学生だった彼に「将来、二人で仕事を頑張って途上国の子供達が自立できるような教育ができる学校を作ろう。ただ食糧を送ったりするより価値がある。」と、お風呂で夢を語って聞かせたという。現在の自身の行動理念やマインドの源は、こうした父親の影響によるところが大きいと語っている。(約30年を経て、この夢は彼自身の手により現実のものとなっている[1]
  • 幼稚園以降、学生時代はいつも背の順で一番前だった。背の低さについて、小学生までは特に気にしていなかったが、中学生になって、お祭りに行く夜道ですれ違った二人組の女の子に「あの人カッコイイよね」(一方の子)、「でも小さいよね」(もう一方の子)と言われ、背の低さは最大のコンプレックスへと変わり、大勢の人前に出るのが嫌になってしまったという[2]
  • 牛乳を毎日大量に飲んだり、背を伸ばす体操をしたり、怪しげなサプリを試したりと、涙ぐましい努力を見かねた両親が、知り合いのつてで成長ホルモン剤を注射することによって身長を伸ばす治療法を行っているという大学病院を見つけ受診。しかし診察の結果は「病気ではないので治療の必要は全くない」と、にべもないものだった。これまでの苦しみ、努力を医師に涙ながらに説明するも答えは同じ。この時の悔しい体験が、後に美容外科を志す端緒となったと述懐している[2]
  • 大学受験2週間前に薬学部から医学部へ志望を変更。日大医学部に進学した[3]
  • 中高〜大学とテニスに没頭。特に大学時代は試験中であろうとラケットを振り続け、強豪揃いの関東医科歯科リーグで優勝を果たした[3]

美容外科の道へ編集

  • 根っからの体育会系で顕微鏡に向かって研究というのは全く性に合わず、毎日馬車馬のように手術に取り組むような科に進もうと考え、救命救急と泌尿器科(当時通っていた大学病院は泌尿器科の手術件数が非常に多かった)と美容外科の3つで悩んだ末、先の原体験のコンプレックスから、「病気ではないけれどちょっとしたコンプレックスのせいで前向きになれない人の力になりたい」と、美容外科の道に進むことを決意したという[4]
  • 美容外科に進むことを先輩医師に報告したところ、「医者の道に進んで欲しかった」とイヤミを言われ、この時に改めて自らの力で美容外科を世の中や医療界に認められる存在にしたいと強く誓ったという[5]
  • 独立を志したのは、実際に得られる効果と違うことを患者に説明したり、価格も言い値がまかり通るような当時の業界の体質に、自分の中でクエスチョンがどんどん大きくなっていったためだという。[6]
  • 藤沢院開院直後は患者数がなかなか伸びず、仕事が終わった後にクリニックのパンフレットを車に積んで自らポスティングしていた。しかし徐々に患者数が増えてきたのと、警官に職務質問されたこともあり、この作業は4ヶ月でやめたという[7]
  • 密室性の高い美容外科業界に風穴を開けるべく、曖昧だった料金を明確に設定したり、ホームページで5万件以上のビフォー・アフター写真を掲載したり、しかもそれを担当ドクターごとに見られるようにしたりと、患者の不安を和らげるための情報開示を徹底的に行った。その極めつけとして、相川医師が自らに対して脂肪吸引を施術するムービーがクリニックのホームページで公開されている[8]
  • アフターケアの面でも、美容外科業界初の保証制度を採り入れ、全ての治療に対して保証書を発行したり[9]、施術後の注意事項や一般的に発生しやすい悩みや不安に対応するメールを、術後それぞれのタイミングに合わせて送る「フォローメールシステム」を業界で初めて導入するなど、患者の不安解消と信頼の獲得に大きな力を注いでいる[10]

美容外科医として編集

現在も現場で活躍編集

SBCメディカルグループ総括院長となった現在も、主に新宿本院にてカウンセリング脂肪吸引など多くの施術をこなしている。また、患者の気持ちを知るという意味でスタッフや医師にも実際に治療を体験することを推奨しており、自身も脂肪吸引や鼻の整形、ひげレーザー脱毛ほうれい線の血小板療法などを体験。注射の痛みなどの感想を率直に述べている[2]

整形はまだするな編集

いくらパーツが美しくても、それを動かしているのは心であり、心が美しくなくては決して魅力的には見えないと説く。美容外科医でありながら本人はアンチ美容整形であるといい、もし患者が望んだとしても、本人の為にならないと判断すれば100億円積まれても治療を断ると公言している[11]

安心リラックス麻酔編集

かつて交際相手(現在の妻)への執刀を担当した際、「二の腕の麻酔が痛かった」との話を聞き、医者と患者という関係の中で患者が我慢していることを知る。これを契機に、どの部分が痛いのか、どの部分が緊張するのかを徹底的に調査。安全性を最大限に考慮した上で注射針薬剤などに工夫を凝らし「安心リラックス麻酔®」を開発した[7]

長所発見リノベーション編集

治療計画においては、だめなところを直すのではなく良いところを伸ばすという、美容外科業界ではレアなスタンスをとっている。「長所発見リノベーション」と呼ばれるこの手法により、もともと本人が持っている良いところに少し手を加えることで、その人しか持っていない本来の美しさがより一層際立ってくるという[12]

著名人への施術編集

「女優・モデルが通う美容外科」をひとつの売りとしている湘南美容クリニックにおいて、自身も以下の人物に施術したことをホームページで公表している。

経営者として(理念と実績)編集

異例の急成長編集

2000年神奈川県藤沢市で開院して以来、13年で34院を開院するという異例の急成長を成し遂げた。2012年だけでも9院を開院するなど、その成長のスピードは年々加速している[7]

「究極の3方よしクリニック」の実現編集

SBCメディカルグループ経営の最大の目標として「究極の3方よしを実現した伝説のクリニックになること」を掲げている。「3方よし」の3方とは、1「顧客」(顧客の喜び)、2「社会」(社会への貢献)、3「スタッフ」(スタッフの幸せ)であるという[14]

紹介・リピート率90%編集

美容外科業界を改革する斬新な経営手法により、SBCメディカルグループで施術を受けた患者の紹介・リピート率は、90%越えを達成しているという[15]

オリコン調査 顧客満足度「レーシック部門」全国1位編集

安全・安心に対する妥協無きこだわりが多くの患者に評価され、グループのSBC新宿近視クリニックが、オリコン顧客満足度調査レーシック部門で2012年全国総合1位に選ばれた[16]

働きがいのある会社 全国27位編集

世界最大の従業員意識調査機関『Great Place to Work (R) 』の日本版『Great Place to Work (R) Institute Japan』による調査 「働きがいのある会社ランキング」で、湘南美容クリニックが名だたる優良企業と並んで27位にランキングされた(2011年[17]。また「平均研修時間が長い企業」でも全国2位にランクイン。離職率も14%を維持している。

社会活動編集

  • 南青山メディカルエステティックにおいて、患者ひとりの来院につきワクチン1本を世界的医療支援団体を通じて世界の子供達に寄付する活動を展開。2012年8月末までで151,600本分のワクチンを寄付した[2]
  • 東日本大震災後、いち早く支援物資を集め3月19日に4tトラックで現地に向かい最初の支援活動を行う。この行動は後に東日本大震災支援プロジェクト『SAVE JAPAN』へと発展し、スタッフによる炊き出し活動や救援物資の提供、約2,500万円にのぼる義援金を集めるに至った[18]
  • 東日本大震災の教訓も踏まえ、緊急時に迅速な対応を可能とするためのドクターヘリ設置プロジェクトを発足させている[19]。また、このプロジェクトに関連してか、水産航空株式会社という航空機運用管理コンサルティング会社の取締役にも名を連ねている。
  • 幼少の頃の父親との夢を実現すべく、2011年カンボジアに2棟の小学校を建設。「情熱小学校」と名付けた。「父も体が弱っているので、自分の足で歩ける今のうちに一緒に学校を見に行きたい」と語っている[1]
  • 同級生医師からのメールがきっかけで、SBCメディカルグループをあげて瀬戸内海の無医村診療に取り組んでいる[20]

パイロットの夢編集

子供の頃の夢はパイロットになることだった。現在はその夢も半ば実現し、目下の目標はプライベートジェットの所有だという[11]。関連取得資格は以下の通り[21]

著書編集

主なTV出演編集

美容外科関連のコメンテーターとして、下記の番組にスポット出演。

所属学会編集

脚注・出典編集

  1. ^ a b 『相川佳之公式ブログ 情熱ココにあり!:情熱小学校!』
  2. ^ a b c d e f 『湘南美容外科クリニック:ドクター紹介・統括医長 相川佳之』
  3. ^ a b 『青木仁志オフィシャルサイト:相川佳之氏対談 part.1』[リンク切れ]
  4. ^ 『SBCメディカルグループ統括院長 相川佳之医師インタビュー track2』
  5. ^ 『SBCメディカルグループ統括院長 相川佳之医師インタビュー track8』
  6. ^ 『青木仁志オフィシャルサイト:相川佳之氏対談 part.2』[リンク切れ]
  7. ^ a b c 『湘南美容外科クリニック:湘南美容外科クリニックの歴史』
  8. ^ 『院長自ら脂肪吸引を体験します』
  9. ^ 『湘南美容外科クリニック:全施術 安心保証制度付き』
  10. ^ 『相川ドクターブログ:フォローメール』
  11. ^ a b 『相川佳之公式ブログ 情熱ココにあり!:プロフィール』
  12. ^ 『SBCメディカルグループ統括院長 相川佳之医師インタビュー track7』
  13. ^ 美容整形 後藤理沙さん 脂肪吸引1
  14. ^ 『青木仁志オフィシャルサイト:相川佳之氏対談 part.3』[リンク切れ]
  15. ^ 『湘南美容外科クリニック:トップページ』
  16. ^ 『SBC新宿近視クリニック:2012年度オリコン顧客満足度ランキング レーシック眼科部門』
  17. ^ 『湘南美容外科クリニック:「働きがいのある会社」ランキングで27位に選ばれました』
  18. ^ 『湘南美容外科クリニック:東日本大震災支援プロジェクト』
  19. ^ 『湘南美容外科クリニック:ドクターヘリ事業推進部発足!』
  20. ^ 『相川佳之公式ブログ 情熱ココにあり!:友人からのファンキーなメール』
  21. ^ ブルージェット会社概要
  22. ^ 2017年11月4日(土)22時~放送”. AbemaTV (2017年11月3日). 2018年2月28日閲覧。

関連項目編集

外部リンク編集