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矢田 富郎(やた とみろう、1949年9月17日 ‐ )は、日本政治家石川県河北郡津幡町長(3期)。

矢田 富郎
やた とみろう
生年月日 (1949-09-17) 1949年9月17日(70歳)
出生地 日本の旗 石川県河北郡津幡町
出身校 早稲田大学社会科学部
前職 北陸放送記者
石川県議会議員
所属政党自由民主党→)
無所属→)
(自由民主党→)
無所属
親族 父・矢田富雄(石川県議会議員)

Flag of Tsubata Ishikawa.JPG 第15-17代 津幡町長
当選回数 3回
在任期間 2010年4月25日 - 現職

在任期間 2002年10月8日 - 2003年4月29日

選挙区 河北郡選挙区
当選回数 7回
在任期間 1983年4月30日 - 1996年9月26日
1998年3月18日 - 2007年4月29日
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石川県議会議員(6期)、石川県議会議長、自由民主党石川県連幹事長を歴任した。

父は石川県議会議員、県議会議長、自民党石川県連幹事長を歴任した矢田富雄。

人物編集

石川県河北郡津幡町生まれ。石川県立金沢錦丘高等学校早稲田大学社会科学部卒業。大学卒業後は北陸放送に入社し、記者を務める。

1983年、父・矢田富雄の死去を受け、石川県議会議員選挙に河北郡選挙区から出馬し、初当選した。県議時代は長らく自由民主党に所属し、自由民主党石川県連の幹事長も務める。1996年、石川県議を任期途中で辞職し、自民党を離党。同年の第41回衆議院議員総選挙に、新進党衆議院議員であった奥田敬和の要請を受け、石川県第3区から無所属で出馬したが、自民党前職の瓦力2,022票差で敗れ、落選した。

その後自民党に復党し、1998年に再び石川県議会議員に当選[1]2002年10月から2003年4月まで、石川県議会議長を務めた。2007年、石川県議会議員を辞職し第21回参議院議員通常選挙に自民党公認で石川県選挙区から出馬したが、かつて奥田敬和の側近であった民主党一川保夫4,181票の僅差で敗れ、奥田系の県議で組織される新進石川(旧新進党に所属し、奥田系の県議であった金原博宇野邦夫らが結成した地域政党)の石川県政における影響力を見せつけられた。

2010年津幡町長選挙に無所属で出馬し初当選。

2014年、再選[2]2018年、無投票により3選。

脚注編集

  1. ^ 自身の辞職に伴う補欠選挙で当選
  2. ^ 津幡町選挙管理委員会

関連項目編集

外部リンク編集

議会
先代:
石田忠夫
  石川県議会議長
第82代:2002年 - 2003年
次代:
向出勉
公職
先代:
村隆一
  津幡町長
第15-17代:2010年 - 現在
次代:
(現職)