放射線障害
放射線障害(ほうしゃせんしょうがい、radiation effects、radiation hazards、radiation injuries)とは、生体が放射線被曝することを原因として発生する健康影響をいう[1]。
放射線障害 | |
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概要 | |
分類および外部参照情報 | |
ICD-10 | T66 |
ICD-9-CM | 990 |
MedlinePlus | 000026 |
eMedicine | article/834015 |
MeSH | D011832 |
放射線障害は被曝線量に応じて確率的影響(stochastic effects)と確定的影響(deterministic effects)の2つに大きく分類できる。
概要
編集1895年のレントゲンによる X 線の発見と共に放射線による身体への影響、放射線障害(radiation effects, radiation hazards, radiation injuries;放射線影響とも呼ばれる)が問題となった。放射線が人体に対してどのように影響をあたえるか、またどのように防げば良いかということはその歴史とともに確立及び変遷してきている。
放射線防護を考える際には、どのレベルで起こった放射線障害かを明確にしておく必要がある。 放射線障害は、影響の出現する個体、時期、影響の程度などに着目して以下のように分類できるとされる[2] [注釈 1]。
- 被曝線量に着目した分類[注釈 2]
-
- 確率的影響(stochastic effects)
- ガン、遺伝的影響。
- 確定的影響(deterministic effects)
- ガン、遺伝的影響以外のすべての影響。
- 臨床医学的な分類(影響の出現する個体に着目した分類)
-
- 身体的影響(somatic effects)
- 被曝した本人に現れる影響(潜伏期間を基準として、さらに2つに区分される[3])。
- 身体的影響の潜伏期間の長さによる分類
-
- 早期影響(early effects)
- 被曝後に数週間以内に現れる影響。
- 晩発影響(late effects)
- 被曝後、数か月以降に現れる影響。
- 遺伝的影響(hereditary effects)
- 被曝した人の子孫に現れる影響。
放射線がもたらす生物影響の仕組み
編集放射線の人体への影響は、放射線と人体を構成する物質との相互作用による物理的、化学的、生物学的過程を経て引き起こされる[4]。
- 物理的過程
- 放射線と人体との相互作用[注釈 3]により、人体を構成する物質の分子(または原子)が電離あるいは励起を起こしイオン化する。
- 化学的過程
- 発生したイオンは細胞中の水と反応し化学的に反応性の高いラジカルや過酸化水素、イオン対などに成長する。
- 生物作用
- 発生した高い電離作用をもつラジカル[注釈 4]などが、生体細胞内のデオキシリボ核酸(DNA)の化学結合を切断したり、細胞膜や細胞質内のリボソームなどを変化させる。
なお、生体細胞への影響としては、2の化学的な過程を経由せず物理的過程から直接、生物作用を起こす場合もありこれを直接作用(direct action)と呼ぶ[注釈 5]。これに対し、化学的過程を経て生物作用を起こす場合は間接作用(indirect action)と呼ばれる。
一般に、細胞分裂の周期が短い細胞ほど、放射線の影響を受けやすい(骨髄にある造血細胞、小腸内壁の上皮細胞、眼の水晶体前面の上皮細胞などがこれに当たる)。逆に細胞分裂が起こりにくい骨、筋肉、神経細胞は放射線の影響を受けにくい。これをベルゴニー・トリボンドーの法則と呼ぶ。
DNAへの影響(確率的影響の発生するメカニズム)
編集細胞内において放射線の直接作用、間接作用が発生した場合、主に問題となるのはDNA鎖の切断(二本鎖切断、単鎖切断)である[注釈 6][注釈 7]。DNAはポリヌクレオチドの二重鎖からなっているため、単鎖切断であれば酵素のはたらきによりもう一方のDNA鎖を雛形として正確な修復が可能である[6]。一方、二本鎖切断は修復不能であったり、修復誤りを起こす場合があり、細胞死や突然変異(発ガン、遺伝的影響)の原因となる[6]。
修復が不可能な場合は、アポトーシス(プログラム細胞死とも呼ばれる)を起こせば問題ないが、DNA鎖が損傷したまま細胞が生き残った場合、やはり身体的影響の発ガンまたは遺伝的影響のリスクとなる。
なお、がん細胞はDNA修復機能が低下しているので上記のような修復が充分に行われない[8]。この性質を利用しているのが放射線治療であり、放射線を当てると正常細胞はすぐに生存可能の範囲に修復されるのに対して腫瘍細胞は修復しきれずに細胞が死滅する[8]。
被曝線量の積み上げ過程とその放射線障害との関係
編集被曝の影響は単純には蓄積されないことが明らかになっている[注釈 8]。 放射線による生物効果は、同じ線量でも放射線の種類や線量率(単位時間当たりの線量)によって異なる。例えば、同じ積算線量 100mSv の被曝であっても、短時間に高線量率で被曝したときと、時間をかけて低線量率で被曝したときでは、放射線障害が発生した場合、低線量率で被曝した場合の方がその健康影響は軽度になると推定されている(ただし、動物実験でのみ確認されたものである[9])。これを線量率効果(dose rate effect)と呼ぶ[注釈 9][注釈 10]。
被曝線量に着目した分類
編集ICRPによって提唱された、放射線防護の観点からの出現パターン(発症率と発症メカニズム)による分類である。
一口に被曝といっても、例えば身体の広範囲に大量の線量の放射線を短時間に受けたときと、全身に少量の線量の放射線を長期に受けたときとでは、放射線障害として現れる症状、発症のメカニズムなどは異なる。そこで設けられた分類が以下の確率的影響と確定的影響である[13]。
確率的影響(stochastic effects)
編集主たる症状:ガン、遺伝的影響
閾線量:存在しないと仮定される(LNT仮説[注釈 11])
主に関係する他分類:臨床医学的分類:身体的影響(ガン)、遺伝的影響、発症時期的分類:晩発影響 放射線(主にガンマ線)による、少数の細胞の遺伝子の損傷などを原因とする影響である。
発生メカニズムについては、#DNAへの影響(確率的影響の発生するメカニズム) 参照 生体細胞であればガン(cancer)、生殖細胞であれば遺伝的影響(hereditary effects)として現れる。
確率的影響は、ひとつの体細胞あるいは生殖細胞が放射線の影響を受けた上で生存し、がん細胞あるいは受精卵となった上で増殖・出生するプロセスの成立・不成立を確率として捉えることから、その影響は確率的である。国際機関などでリスク評価の基礎情報になっている疫学データについては以下のようなものがある。
調査対象 | 死亡/発症 | ガン発生部位 | ガン総数 | 人・年(PY) |
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原爆被爆生存者(日本) | 死亡率 | 全部位 | 5,936 | 2,185,335 |
強直性脊椎炎患者(英国) | 死亡率 | 白血病 | 36 | 104,000 |
X線透視撮影患者(カナダ) | 死亡率 | 乳ガン | 482 | 867,541 |
X線透視撮影患者(英国・マサチューセッツ) | 死亡率 | 乳ガン | 74 | 30,932 |
分娩後の乳腺炎患者(米国・ニューヨーク) | 発症率 | 乳ガン | 115 | 45,000 |
頭部白癬症患者(イスラエル) | 発症率 | 甲状腺ガン | 55 | 712,000 |
胸部肥大患者(米国・ロチェスター) | 発症率 | 甲状腺ガン | 28 | 138,000 |
トロトラスト患者(西独、ポルトガル、日本、デンマーク) | 死亡率 | 肝ガン | - | - |
224Ra 投与患者(ドイツ) | 死亡率 | 骨肉腫 | - | - |
ラジウム時計文字盤塗装工(米国) | 死亡率 | 骨肉腫 | - | - |
※1ガン総数は放射線被曝による過剰発生数だけではなく、自然発生数も含む。
※2人・年(PY)は、調査対象者の追跡年数の合計年数の合計を表している。これは、ガンに潜伏期間があるため、調査対象者の人数だけでなく追跡期間も考慮したもので、疫学調査の規模を示すものだと言われる[15]。
ほか、多数の動物実験などにより確率的影響の影響範囲については調べられている[16][17]。
確率的影響に分類される具体的障害
編集確定的影響(deterministic effects)
編集主たる症状:皮膚の紅斑、脱毛、奇形など(ガン、遺伝的影響以外のすべての影響)
閾線量:存在する[注釈 12]
主に関連する他分類:臨床医学的分類:身体的影響 大量の線量を受けると、組織・臓器を構成している細胞の多数が細胞死などにより機能喪失をしてしまう。確定的影響は組織・臓器を構成している細胞の多数の機能停止による、その組織・臓器としての機能不全を原因とする影響である。物理的に細胞死することが原因であるので、その影響は確定的である[注釈 13]。
その障害発生の仕組みから、確定的影響は影響の発生する最小線量である閾線量(threshold dose)[注釈 14]が存在し、閾線量以上の被曝線量の増加とともに、重篤度(severity)が上がり、発症率も100%に達するまで増加する。
なお、確定的影響の閾線量は吸収線量(単位:グレイ[Gy])で表示される。
臨床医学的な分類(影響の出現する個体に着目した分類)
編集人間の体を作っている細胞は体細胞(somatic cell)と生殖細胞(germ cell)に大別することができる。その細胞の分類を基に、細胞が放射線を受けたことが原因で発生した影響は、次のように2つに区分けすることができる。
- 身体的影響(somatic effects)
- 放射線により、体細胞に起こった変化・損傷が原因で発生した影響。
- 遺伝的影響(hereditary effects)
- 放射線により、生殖細胞に起こった変化・損傷が原因で発生した影響[注釈 15]。
身体的影響(somatic effects)
編集身体的影響(しんたいてきえいきょう、英語: somatic effects)とは、放射線によって体細胞に起こった変化・損傷が原因で発生した影響をいう。身体的影響は被曝時の年齢に関係なく発生する可能性がある。
ガン(cancer)
編集分類:確率的影響かつ晩発影響[注釈 16]
放射線被曝を原因として発生する可能性のある身体的影響がこのガン(放射線誘発ガン;radiation-induced cancer)[注釈 17]である。
疫学調査の結果[注釈 18]から、被曝線量に比例して放射線誘発ガンの発生率が増加することが明らかになっている[注釈 19] 。しかしながら、そのデータの下限は100mSv であり、100mSv 以下におけるガン発生リスクはデータが無いため不明である[23]。なお、短時間に[注釈 20]100mSv の被曝を受けたときの生涯ガン死亡リスクは 0.55% 上乗せとなる[注釈 21][注釈 22]。
短時間に100mSv以下の被曝を受けたとき、または長期継続的に低線量の被曝を受けたときのリスクをどのように評価するかということについては以下を参照。
ガン以外の身体的影響
編集分類:確定的影響
体の各臓器について、閾値を超える線量被曝をすることで様々な放射線障害が発生する[注釈 23]。歴史的に主に問題となったのは、皮膚に対する影響、眼の水晶体(lens)への影響[注釈 24]、造血臓器である赤色骨髄(red bone marrow)への影響などである[注釈 25]。
- 胎児への影響
- →詳細は「放射線の胎児への影響」を参照
- 胎内被曝による身体的影響は、基本的には確定的影響による晩発性障害として分類される。
急性放射線症候群(acute radiation syndrome)
編集全身あるいは身体の広い範囲に大量の放射線を短時間に受けた場合に発症する一連の症候群を急性放射線症候群(acute radiation syndrome)と呼ぶ[32][注釈 26]。
遺伝的影響(hereditary effects)
編集分類:確率的影響
遺伝的影響(いでんてきえいきょう、英: hereditary effects)とは、放射線によって生殖細胞に起こった変化・損傷を原因とする突然変異(mutation)が関係して発症するもので、とくに被曝した人の子孫に現れる影響をいう。遺伝的影響は生殖能力をもっているかまたは今後持つ人々(子供)が被曝したときでないと発生しない[注釈 27][注釈 28]。
ただし、日本への原子爆弾投下による被爆者の疫学的調査においては、被爆者の子孫において遺伝的影響は認められておらず[35]、2011年現在では、動物実験での報告があるのみである[36][注釈 29]。
そのため、放射線障害としての奇形の事例は、すべて妊娠中における胎児への放射線被曝によるものである。
放射線の胎児への影響
編集身体的影響と遺伝的影響の中間にあたるともいうべき放射線の胎児への影響、すなわち生殖細胞が受精した後に受精卵から胎児へと成長する段階において被曝したときの影響については、身体的影響及び遺伝的影響とも異なる次の特徴が存在する[37]。
- 影響の時期特異性
- 放射線被曝を受けた時期によって発生する障害が異なる[注釈 30]
- 高い放射線感受性
- 一つの受精卵が10兆個の細胞に成長・分化する胎児は放射線の感受性が最も高く、被曝線量に対して発生する影響も成人よりも大きくなる。
- 影響の非可逆性
- 人体に備わった自然の治癒能力では回復しない非可逆的な障碍が発生するときがある。
胎児の週齢による差異(影響の時期特異性)
編集細胞死に関する放射線感受性は細胞分裂を繰り返す頻度が高い細胞ほど高い(ベルゴニー・トリボンドーの法則)ため、胎児は最も放射線感受性の高い個体である[注釈 31]。胎児の発生・分化は次の3つの時期に区分されるが、放射線被曝の影響はその時期に応じて異なる。
- 着床前期(pre-implantation period):受精後約9日間
- 器官形成期(organogenetic period):受精後2-8週間
- 胎児期(fetal period):受精後8週以降
障害を来す線量は、着床前期に閾線量0.05〜0.1Gyで胎児死亡(embryonic death/fetal death)、器官形成期に閾線量0.1Gyで奇形(malformation)[注釈 32]、胎児期に閾線量0.12〜0.2Gyで精神発達遅滞(mental retardation)である(ただし、精神発達遅滞は週期によって発生率が異なる)[41][42][注釈 33]。
妊娠2か月以降の胎児は既に臓器が形成された後であるから、奇形発生はないとされている[43]。ただし、胎児期以降の被曝について、小児白血病などの確率的影響が有意に高い(成人に比べて2-3倍と言われる)ことが知られている[44]。
確定的影響の診療・治療
編集症状の緩和、腫瘍や骨髄不全等に対する治療、および体内に取り込まれた放射性物質の排泄を促す治療を行う。被曝後すぐには症状が現れないことに注意が必要である。
放射線障害軽減剤の投与による治療が研究されているが、まだ研究途上の分野であり治療法が確立していない。
放射線障害の歴史
編集放射線障害の歴史は以下に示す四つの時期に区分される[45]。
- 急性放射線障害の発生した時期
- 晩発性放射線障害の発生した時期
- リスクが問題とされるようになった時期
- デトリメント(detriment;損害)が問題とされるようになった時期
放射線防護の概念についても上記時期に応じて変遷してきている。
(1)急性放射線障害の発生した時期
編集人工的に放射線が利用されるようになったのは、1895年のウィルヘルム・レントゲンによるX線を発見に始まる。放射線利用の歴史は放射線障害の歴史でもあった[注釈 34]が、その初期においては、放射線によって人体に悪影響が生じる(放射線障害が発生する)という認識が存在しなかった[注釈 35]。
1896年にはX線による急性の皮膚障害、目の痛み、皮膚炎を伴わない脱毛、火傷などの発生が報告された[注釈 36]。その後、白血球の減少、貧血など造血臓器の障害など今でいう確定的影響が認識されるようになった[注釈 37][注釈 38]。
- この時期以降の放射線防護
- この時期においては、そもそも放射線によって人体に障害が発生するという放射線障害の認識自体が希薄であり[注釈 39]基準も存在しなかった[注釈 40]。この時期以降の放射線防護とはおおむね X 線などの放射線を一気に閾線量以上に浴びない(早期の確定的影響を避ける)ということであったと言える[注釈 41]。
(2)晩発性放射線障害が発生した時期
編集急性放射線障害とまではいかなくとも、放射線診療の従事者は継続的に X 線被曝をしていたため慢性の放射線皮膚障害、あるいは再生不良貧血や白血病などの造血臓器の晩発性の障害が発生することが徐々に明らかとなった[注釈 42][注釈 43]。
さらに、1927年にはハーマン・J・マラー がショウジョウバエへのX線照射による遺伝的影響を明らかにし[46]、これ以降放射線による遺伝的影響も問題にされるようになった。
- この時期以降の放射線防護
- この時期以降に認知されたのが晩発影響及び遺伝的影響である。つまり、一気に閾線量を超えない線量被曝に抑えれば早期の確定的影響は防げても、その後に晩発的影響及び遺伝的影響が発生してしまうということが明らかとなった[注釈 44]。すなわち、この時期以降の放射線防護とは、とりあえずその時点で判明している知見を基に、閾線量というものがないという前提で、放射線誘発ガンや遺伝的影響が現れないと思われる量[注釈 45]以下の放射線被曝に抑えるというものであったと言える[注釈 46]。
(3)リスクが問題とされるようになった時期
編集放射線被曝によって確定的影響のみならず閾線量以下でも確率的影響(放射線誘発ガンや遺伝的影響など)が発生しうるということが認識された。しかしながら、その閾線量以下の放射線被曝と障害の発生する確率(リスク)[注釈 47]との間にはどのような相関関係があるのか、リスクは具体的にどの程度なのか、などについてはまとまった疫学的データが存在しなかったため不明であった。
1945年の広島・長崎への原爆投下において日本の医療機関の他にアメリカは広島と長崎にABCC(後の放射線影響研究所)を設置し、原爆被爆生存者(atomic bomb survivors)の健康調査、寿命調査などの疫学的調査[注釈 48]を行った。この調査によって多くの知見が得られ放射線障害の研究が進むこととなった。
- この時期以降の放射線防護
- 疫学調査のデータの集積によりそれまで判明していた赤色骨髄以外の臓器における放射線誘発ガンの発生確率が明らかになった[49]。ICRPの1977年勧告はこれを反映して、それまで主要な臓器に対してのみ定義されていた防護のための基準量に加えて、実効線量当量(現:実効線量)という被曝したすべての臓器の影響を考慮した量(個人の被曝によるリスク量)を定義することができるようになった。
(4)デトリメントが問題とされるようになった時期
編集ICRPは1990年勧告において、有害な健康影響を定量化するための概念としてデトリメントを導入した。それまでのリスク評価でも用いられた致死ガンと重篤な遺伝的影響の発生確率が主要な因子であるが、デトリメントにはその他の因子も考慮されている。デトリメントの定量化の方法は単一ではないが、ICRPは致死ガンと重篤な遺伝的影響の発生確率に加えて、非致死ガンの発生確率と余命損失の相対的な大きさを考慮している。デトリメントに基づき組織加重係数が導出され、実効線量の評価に用いられている。 [50][51]
脚注
編集注釈
編集- ^ ほか参考:
放射線障害の分類 影響の出現する個体に
着目した分類疾患名 しきい線量の有無に
着目した分類身体的
影響早発性(急性)障害 急性放射線症候群、不妊 確定的影響 晩発性障害 放射線性白内障、胎児への影響(胎児の奇形など)、加齢(老化)現象 悪性腫瘍(癌、白血病、悪性リンパ腫) 確率的影響 遺伝的影響 染色体異常(突然変異) - ^ 1977年のICRP勧告においては確率的影響と非確率的影響という名称であったが、1990年の勧告で、非確率的影響は確定的影響と改称された。
- ^ ガンマ線、X線であれば物質との相互作用は、光電効果、コンプトン散乱、電子対生成の3つが主なものである。
- ^ ガンマ線・X線のコンプトン効果によりはじき出された電子と周りの水分子との反応などによって生成された超酸化物やOH(ヒドロキシラジカル)のような活性種(水和ラジカル、Hラジカル、過酸化水素)が問題であり、これらがDNAと化学反応することで損傷を引き起こすとされる[5][6]。
- ^ 低いエネルギーの放射線の場合、直接作用が発生する頻度は少ない。
- ^ 影響自体は鎖の切断以外にも
- 塩基の損傷(塩基:DNA情報を構成するA:アデニン、T:チミン、G:グアニン、C:シトシン)
- 塩基のポリヌクレオチドからの遊離(DNAはヌクレオチドとそれに結合するATGC塩基からなる)
- 架橋形成(DNA鎖間架橋、DNA鎖内架橋、DNA-蛋白間架橋)
- ^ DNAは遺伝子の媒体であるため、DNA鎖の損傷は、遺伝情報の損傷と同義である。
- ^ 以前は、放射線の影響はそのまま蓄積されるとされていた。
- ^ 線量率効果が顕著にみられるのは低LET放射線(エックス線やガンマ線)による生物効果であり、これは低線量率の場合は放射線による細胞の障害が照射中に回復するからと考えられている。一方、高LET放射線(中性子線、アルファ線など)では低LET放射線のような回復は生じず、線量率効果はみとめられない[10]。 また、稀に高線量率より低線量率の方が効果が大きくなる場合もあり、これを逆線量率効果と呼ぶ[11]。
- ^ ただし、線量率効果については現在でも十分に解明されていないため、放射線防護の立場からは、急性被曝の場合でも慢性被曝の場合でも、線量当量が同じならば放射線被曝によって受ける人体の影響は同じであると見なされる[12]。
- ^ 閾線量の存在しない直線関係(linear no threshold:LNT)仮説。閾線量が存在しないという仮定のもとでは、ガン及び遺伝的影響はどんな低い線量の被曝の場合でも発生する可能性があることになる。それに対して閾線量が存在する確定的影響は、人々の被曝線量をその閾線量以下に抑えることで障害を完全に防止できる[14]。
- ^ なお、まず、東京電力福島第一原発事故の影響で公衆が受ける被曝としては、確定的影響(急性の放射線障害)のしきい線量を超える被ばく線量は確認されていない。そのため、まず事故による放射線障害として確定的影響に分類されるものについては考慮する必要はない[18]。
- ^ なお、その障害発生の仕方から確定的影響は確率的影響と独立ではない。確定的影響から回復したとしても、確率的影響のリスクは抱えることになる。
- ^ 影響の発生する最低の線量である閾線量は、人での生涯事例を元に放射線を受けた人々の1-5%に影響が出る線量として定められている[19]。
- ^ 特徴として、身体的影響は被曝時の年齢に関係なく発生する可能性があるが、遺伝的影響は生殖能力をもっているかまたは今後持つ人々(子供)が被曝したときでないと発生しない。
- ^ 被曝後に速やかに生じ、因果関係も明確である早発性障害とは異なり、晩発性障害は、長期間経過したあとの発癌など(被曝と関係なくとも一定頻度で生じうる)であるため、その因果関係を示すには統計的、疫学的な取り扱いを要する。
- ^ 一つあるいは複数の細胞が、なんらかの要因により変化し、無制限に増殖能力を獲得したものをガン(cancer;癌)または悪性腫瘍(malignant neoplasm)と呼ぶ。そのメカニズムから白血病も含まれる。
- ^ 広島・長崎の原爆被害者を対象に放射線影響研究所で行われている寿命調査(LSS:Life Span Study)のデータがこの種の疫学調査で最大のものであり、ICRPもこのデータを基本に計算している[20][21]。
- ^ 放射線誘発ガンについて以下のような特徴が判明している[22]。
- 放射線誘発ガンには長い潜伏期間(latency)がある(白血病:2-40年、その他のガン:10年-生涯)
- 放射線被曝によってガンの発生率が増加する
- ガンの発生率は線量の増加に比例して増加する
- 被曝時年齢が若いほど、生涯のガン発生率が高い
- 放射線被曝によるガンの誘発率は女性の方が高い
- ^ 長期的・慢性的に年 100mSv を被曝した結果ではない。 放射線影響研究所の資料によれば原爆被曝者の受けた被爆線量は、爆発時における外部被曝のみで算定している[24][9](線量率効果と呼ばれる効果も紹介されている)。
- ^ ちなみに、日本人の生涯ガン死亡リスクは約20%である(2009年データより)[25]。 放射線誘発ガンのリスクのモデルなど細かい考え方については草間(2005)[26]を参照。
- ^ 生涯ガン死亡リスクではなく、発ガンのリスクとしては野菜摂取量が非常に少ないことに起因するガンのリスクの増加(1.06倍)よりやや高い程度(1.08倍)である[27][28]。
- ^ 細胞の放射線に対する感受性は、活発に分裂している細胞ほど高くなり、造血器などの細胞再生系が最も影響を受けやすくなる。
- ^ 眼の水晶体への閾値を超えた被曝は放射線白内障(水晶体混濁)を引き起こすとされる。放射線白内障(radiation-induced cataract)は、放射線被曝による水晶体上皮細胞(LEC)のプログラム細胞死と、これに引き続く線維化によって生じる。0.5〜1.5Gyの被曝で水晶体混濁(opacity)が認められ、5Gy以上の被曝で、視力障害を伴う白内障(cataract)となる。混濁は後極後嚢下に現れる[29][30]。
- ^ これら臓器に対する放射線障害を防ぐため法令においていくつかの臓器に対する等価線量限度が定められている。たとえば、電離放射線障害防止規則(第5条・第6条)[31]など。
- ^ 1Gy(グレイ)以上被曝すると、一部の人に悪心、嘔吐、全身倦怠などの二日酔いに似た放射線宿酔という症状が現れる。 1.5Gy以上の被曝では、最も感受性の高い造血細胞が影響を受け、白血球と血小板の供給が途絶える。これにより出血が増加すると共に免疫力が低下し、重症の場合は30-60日程度で死亡する。 皮膚は上皮基底細胞の感受性が高く、3Gy以上で脱毛や一時的紅斑、7-8Gyで水泡形成、10Gy以上で潰瘍がみられる。 5Gy以上被曝すると小腸内の幹細胞が死滅し、吸収細胞の供給が途絶する。このため、吸収力低下による下痢や細菌感染が発生し、重症の場合は20日以内に死亡する。 15Gy以上の非常に高い線量の被曝では、中枢神経に影響が現れ、意識障害、ショック症状を伴うようになる。中枢神経への影響の発現は早く、ほとんどの被曝者が5日以内に死亡する。
- ^ 身体的影響とは異なり、遺伝的影響は次世代以降に発現する可能性のある影響であり、ガンに比べてさらに長い期間に渡った十分にコントロールされた調査が必要となる。人でこのような調査を実施することは不可能に近いと言われる[33]。
- ^ なお、長期的な研究体制については、原子力白書[34]を参照。
- ^ ただし、放射線防護上はガン同様に、閾線量の存在しない直線関係仮説(LNT仮説)が取られる[33]。
- ^ これは時期特異性(stage difference)と呼ばれる。ただし、時期特異性は、成長・発育している胎児の特徴であるので、放射線に限らず様々な薬剤などの科学的要因、ウイルスなどの生物学的要因に暴露した場合も同様に適用される[38]。
- ^ このため、妊娠中の女子については腹部の被曝および放射性物質の摂取による内部被曝についてより厳しい防護基準が適用されている。例えば、電離放射線障害防止規則第6条[39]。
- ^ 受精から8週間までは、受精卵は活発に細胞分裂しながら胎児の体を構成するさまざまな臓器に分化していくので、この時期が放射線に対する感受性が高い。この時期に100ミリシーベルト以上の被曝をすると、奇形発生、精神発達遅延が確定的に生じることが知られている[40]。
- ^ これらの時期は、胎児の神経系が急激に発達する時期であるので、被曝によって神経細胞がプログラム細胞死を来すことによって障害を来すものと考えられている。発達段階によって奇形、知能障害、発育障害などの障害も発生する。
- ^ 人工的に放射線が使われるより以前の16世紀後半から、ウラン鉱山で働く作業者の肺がん発生率が高いことが着目されていた。しかしながら、当初は原因不明の奇病として扱われており、放射線誘発ガンと判明したのは1920年以降である。従って、実際に放射線障害が問題にされるようになったのは、人工的に放射線が使われるようになった19世紀末以降である。
- ^ 実際、レントゲンは X 線の発見とともに X 線照射による指の火傷を経験したが、それはオゾンによるものと考えた。
- ^ この時期に皮膚障害が多かったのは、初期の X 線発生装置の出力可能な X 線のエネルギーが低かったためであると言われる。
- ^ 原因としては、より高圧の X 線発生装置が開発されたことがあったと言われる。
- ^ 他には、1901年にはモルモットの死亡、動物実験での流産、1902年には慢性X線潰瘍から皮膚がんへの悪性転化、1911年には白血病の誘発、1919年には胎児へのX線照射による奇形の発生が報告された。
- ^ 放射線障害が認知されるまでは、多くの医者や企業が放射性物質を使ったまがい物の治療法や薬を、特効薬(en:Patent medicine、en:Radioactive quackery)として処方・販売した。例えばラジウムを使った浣腸、ラジウム入りトニックウォーターなどが販売された。これらに対し1898年にラジウムを発見したマリ・キュリーはラジウムの人体に対する影響はよく解っていないので止めるべきだと警鐘を鳴らした。彼女自身も放射線障害の再生不良性貧血で1934年に死亡した。1930年代には多くの放射性物質服用者の死亡や障害が明らかになり、放射性物質入りの薬の販売は途絶えた。しかしながら、それでも放射線の影響は完全には理解されておらず、1945年と1946年にはデーモン・コアによって科学者が死亡した。
- ^ 基準めいたものが出てきたのは1925年のMutschellerによるものからである。
- ^ 1934年のIXRP(国際エックス線ラジウム防護委員会;ICRPの前身)の初めての数値勧告も皮膚の急性障害を防ぐという目安で定められた。
- ^ 他にも例えば、1924年にはシュネーベルク病(シュネーベルク地域の鉱山労働者におけるラドンによる肺がん)が報告された(奇病が発生するということは16世紀後半から知られていた)。ほか、時計の文字盤にラジウムを塗っていた女子作業者(ダイアル・ペインター)においては、1923年にはラジウム顎、1926年には再生不良性貧血、1929年には骨肉腫の発生などが報告された。
- ^ 1927年、マリ・キュリーに師事しフランスへ渡っていた日本人物理学者の山田延男が、帰国後間もなく放射線障害と見られる症状を呈し死亡した。これは、日本人として初めての放射線障害の犠牲者となった。当時は放射線障害、ひいては放射能に対する知見がまだまだ浅く、死後相当の間は正体不明の奇病として扱われた。
- ^ 実際、1928年に IXRP が発足し、放射線防護に関する関心も高まり技術的に放射線被曝を軽減するためのさまざまな努力がなされたことから、1940年以降は放射線被曝との因果関係が明らかな放射線障害の発生は減少した。
- ^ 放射線被曝とその影響の因果関係を表すデータが存在しない時期においては推定するしかないためである。
- ^ 実際、IXRPからICRPに改称した際の1950年の勧告における防護基準は「現在の知識に照らして、生涯のいずれかの時期においても感知される程度の身体的生涯があらわれないであろうと思われる量」として決められたものであり、ガン、遺伝的影響を考慮して決定された[47]。
- ^ 具体的には放射線によって誘発される致死ガンと重篤な遺伝的影響の発生確率を当初は意味していた[48]。
- ^ 広島・長崎における原爆被曝生存者集団の疫学調査の母集団としての特徴
- 調査対象が大きく、男女を含めた広い年齢範囲にわたっている
- 放射線治療患者を対象とする調査と異なり、基礎疾患をもった患者ではないこと
- 全身被曝をしていることから多くの臓器を対象としたリスク評価ができる
出典
編集- ^ 草間(1995) p.77
- ^ 草間(1995) pp.77-78
- ^ アイソトープ協会(1992) p.141
- ^ 草間(1995) p.72
- ^ 三橋 pp.107-108
- ^ a b c ATOMICA 放射線のDNAへの影響
- ^ 草間(1995) pp.72-73
- ^ a b 三橋 p.108
- ^ a b 原子力委員会平成23年度第二回資料 p.4
- ^ ATOMICA 線量率と生物学的効果 (09-02-02-14)
- ^ 理科年表オフィシャルサイト 宇宙放射線
- ^ 放射線防護の基礎知識を学ぼう 急性被曝と慢性被曝
- ^ 草間(1995)
- ^ 辻本(2001) p.26
- ^ 草間(1995) p.103
- ^ 動物実験に関する情報(放医研:研究基盤センター内リンク)
- ^ 環境科学技術研究所:低線量生物影響実験施設
- ^ 東京電力福島第一原子力発電所の事故に関連する健康管理のあり方について(提言)<原子力規制委員会> (PDF)
- ^ アイソトープ協会(1992) p.142
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- ^ 放射線の影響 広島・長崎の長期調査からわかったこと(朝日新聞2011年4月7日)
- ^ 草間(1995) pp.89-90
- ^ 放影研における原爆被爆者の調査で明らかになったこと(放射線影響研究所)
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- ^ 低線量放射線の健康影響について
- ^ 草間(2005) pp.29-33
- ^ 年間100mSv以下の発がんリスクについて教えてください。(放射線医学県民健康管理センターQ&A)
- ^ がんのリスクの大きさ<何倍程度大きいか>(ガン研究センター)
- ^ 草間(1995) p.87
- ^ 放射線白内障(水晶体混濁)
- ^ 電離放射線障害防止規則(第5条・第6条)
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- ^ 昭和51年版 原子力白書(第4章2節 環境放射能調査(4)環境放射能等の安全研究 )
- ^ 草間(1995) pp.90-92
- ^ 衣笠達也「放射線障害」『新臨床内科学 第9版』医学書院、2009年。ISBN 978-4-260-00305-6。
- ^ 草間(1995) pp.93-100
- ^ 草間(2005) p.62
- ^ 電離放射線障害防止規則第6条
- ^ 山下 一也 (著) 『医療放射線技術学概論講義 放射線医療を学ぶ道標』本放射線技師会出版会 (2007/10/25)
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- ^ 放射線の影響がわかる本『第10章』(放射線影響協会)
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- ^ 放射線被ばくに伴う損害(デトリメント) (09-04-02-08) - ATOMICA -
参考文献
編集- 草間 朋子、甲斐 倫明、伴 信彦『放射線健康科学』杏林書院、1995年。
- 草間 朋子『あなたと患者のための放射線防護 Q&A』(改訂新版)医療科学社、2005年 。
- 草間 朋子(編) 編『看護実践に役立つ放射線の基礎知識―患者と自分をまもる15章』医学書院、2007年。
- 三橋紀夫『がんをどう考えるか 放射線医からの提言』新潮社、2009年。
- 日本アイソトープ協会(編) 編『放射線・アイソトープ 講義と実習』丸善、1992年。
- 辻本 忠, 草間 朋子『放射線防護の基礎』(第3版)、2001年。
- 放射線医学総合研究所(編著)『虎の巻 低線量放射線と健康影響―先生、放射線を浴びても大丈夫? と聞かれたら』(改訂版)医療科学社、2012年。 旧版(2007)
- わかりやすい放射線と健康の科学, (公財)放射線影響研究所, (2008)
- 低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループ 報告書, 原子力委員会, (2011)
関連項目
編集- イースタンツリーフロッグ(東部アマガエル) - 事故を起こしたチェルノブイリ原発に近いほど表皮のメラニン色素が多くなる傾向が見られた。