メインメニューを開く

神奈川県立五領ヶ台高等学校(かながわけんりつ ごりょうがだいこうとうがっこう)は、かつて神奈川県平塚市片岡にあった県立高等学校

神奈川県立五領ヶ台高等学校
2009/6/27撮影
国公私立の別 公立学校
設置者 神奈川県の旗 神奈川県
設立年月日 1977年
共学・別学 男女共学
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科
高校コード 14197G
所在地 259-1213
神奈川県平塚市片岡991-1
Portal.svg ウィキポータル 教育
Project.svg ウィキプロジェクト 学校
テンプレートを表示

高校百校新設計画により設立された学校であったが、2009年4月に神奈川県立神田高等学校と統合し、単位制普通科高校の神奈川県立平塚湘風高等学校に再編されて閉校した。

目次

概要編集

旧学区制度のもとでは、平塚学区のうち学力的には中下位校の順位にあった。一般コースと外国語コースがあり、「一般コース」では、2学年で文系、理系を選択し、3年生では3類型がある。「外国語コース」では、二人の外国人講師による楽しい英会話、LL教室、大型テレビ等を備えた教室で少人数授業を展開している。在校生は約356名。 設立当初は、普通科のみの高校だった。 最盛期には、1学年500人12クラス、全学年合計1500人超の大規模校であった。 体育の授業では、1学年の半分、6クラス合同での体育を行ったりと、一部実験校としての扱いもあった。 設立当初のランクは、江南高校大磯高校の次で、中学によっては、大磯高校が無理ならば、五領ヶ台、神田高校二宮高校の好きなところへ行っても大差はないと言われていた。 後年、市中心部に神奈川県立大原高等学校が新設され、大原高校近辺から海岸部にかけての中学生が大原高校を受験した為、五領ヶ台は、地元の金旭中学校金目中学校等からの生徒が大多数を占めるようになった。 自転車通学の生徒が大多数だった為、急坂を自転車で下り、坂の下の民家の生垣に突っ込む生徒が続出し、自転車に突っ込まれる民家が生垣を諦め、ブロック塀に変更したことがある。 冬場、金旭中学から回りこむ坂道が凍結し、自転車が登れない事態が発生したりした。 また、校門が北側を向いており、冬場、校門前の坂が凍り、校舎に遮られて太陽光が届かないために凍結した坂が溶けずに、校門前で転倒する生徒が後を絶たない事があった。 開校以来数年間、校歌が制定されなかった為、卒業式では平塚市歌が歌われていた。

進学編集

  • 指定推薦校

神奈川大、神奈川工科大、産能大、玉川大、湘南工科大、国士舘大、東京工芸大、和泉短大、田中千代学園短大、小田原女子短大、産能短大、湘北短大、湘南国際女子短大、他 

  • 4年制大学

東京理科、立教、明治、明治学院、日本、神奈川、國學院、他

同窓会編集

2009年4月29日の第23回総会をもって同窓会は終了した。神田高校同窓会と協議のもと、平塚湘風高校同窓会準備会五領ヶ台部会に引き継がれた。

跡地編集

跡地には県の児童福祉施設が建設される予定である。2017年度(平成29年度)開設の予定[1]。また、地元住民よりその施設を緊急避難場所にしてほしい、との要望がある[2][3]

歴史編集

  • 1977年昭和52年) - 平塚市立太洋中学校(神奈川県平塚市高浜台7-1)の校舎一棟を借用し開校。一期生は4クラス約180名
  • 1978年(昭和53年) - 本校舎が完成し移転。二期生を迎える。神奈川県立二宮高等学校が同校で開校。
  • 1983年(昭和58年) - 校歌制定
  • 2009年平成21年)3月7日の完校式、同4月29日の同窓会総会をもって閉校。残された校舎は県・市によって再活用の検討が進められる。
  • 2011年(平成23年) - 校舎解体。

著名な出身者編集

交通編集

脚注編集

関連項目編集

外部リンク編集