平塚市

日本の神奈川県の市

平塚市(ひらつかし)は、神奈川県湘南地域に位置する人口約25.7万人の施行時特例市に指定されている。

ひらつかし
平塚市
Hiratsuka Tanabata 2008 daytime-1.jpg
Flag of Hiratsuka, Kanagawa.svg 神奈川県平塚市市章.svg
平塚市旗 平塚市章
日本の旗 日本
地方 関東地方
都道府県 神奈川県
市町村コード 14203-4
法人番号 3000020142034 ウィキデータを編集
面積 67.82km2
(境界未定部分あり)
総人口 257,619[編集]
推計人口、2020年6月1日)
人口密度 3,799人/km2
隣接自治体 茅ヶ崎市秦野市厚木市伊勢原市高座郡寒川町足柄上郡中井町中郡大磯町二宮町
市の木 クスノキ
市の花 ナデシコ
市の鳥 シラサギ(コサギ)
平塚市役所
市長 落合克宏
所在地 254-8686
神奈川県平塚市浅間町9番1号
北緯35度20分7.9秒東経139度20分58秒座標: 北緯35度20分7.9秒 東経139度20分58秒
平塚市役所
市庁舎位置
外部リンク 公式ウェブサイト

平塚市位置図

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町 / ― 村

特記事項 湘南平が大磯町との境界未定
 表示 ウィキプロジェクト
平塚市中心部周辺の空中写真。相模川河口の西側に市街地が広がる。1988年撮影。
国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成。
湘南平展望台より(画像左側が北、中央は平塚テレビ塔、右奥は相模湾と相模川河口)

地理編集

神奈川県のほぼ中央、相模川右岸(西側)に位置し[注釈 1]、南は相模湾に面する。相模川から金目川までの間は市域北端部まで平野となっており、南部には市街地が広がる。金目川より西側は大磯丘陵の一部となる丘陵地帯であり、緑も多い。南部は国道1号JR東海道本線が横断し、相模川沿いに国道129号が縦断する。北部から中西部にかけては、東海道新幹線小田原厚木道路が離れて横断している。

市勢編集

県下では横浜・横須賀・川崎に次いで4番目、湘南地区および相模川より西の地域では初めてとなるなど戦後早くから商工業都市として発展したため、リゾート地域としての湘南のイメージは無いが、かつて存在した湘南市構想では自ら中心的役割を買って出た。県内の市ではこの平塚市と厚木市だけが昼夜間人口比率が100%を超えているという事実からも商工業都市としての存在感が窺える[独自研究?]。道路の整備が進んでおり、早くから国鉄(現:JR)との立体交差を推進しているなど特筆すべき点がある街であり、自動車で通勤・通学する人も多い。都心にもほど近く、土地代も比較的安価である。市街地にはビルやマンションなどが立ち並び、ベッドタウンとしての面もあるが、郊外には緑も多い。東海道線を挟んで北側は宿場町が発展した今日の街であるが、南側はどちらかと言うと古くからのお屋敷町といった感がある[独自研究?]

歴史編集

  • 縄文時代 - 市内五領ヶ台、万田に集落が発生する。五領ヶ台の縄文遺跡では住居跡、貝塚等が検出されている。この遺跡は「五領ヶ台貝塚」として、1972年、国の史跡に指定された。ここから出土した土器五領ヶ台式土器と称され、縄文時代中期の土器の代表的な様式のひとつとされている。
  • 弥生時代 - 中原上宿、南原、上之入(市内岡崎)に集落発生。
  • 4世紀後半 - 真土大塚山古墳塚越古墳が築造される。大塚山古墳は後に消滅。ここからは、三角縁神獣鏡やその他の貴重な遺物が出土している。塚越古墳は調査が続いている(2009年9月現在)。
  • 奈良時代8世紀ごろ)現在の平塚市四之宮周辺に下ノ郷廃寺が存在し、国厨・郡厨・大住厨と書かれた墨書土器が出土していることから、既にこの時期に相模国大住郡という行政組織が機能していたことが窺える[独自研究?]。また、相模国国府跡とも大住郡庁跡とも言われている[誰によって?]
  • 9世紀終から10世紀初頭 - 伝承によると、この頃平真砂子高望王の妹)がこの地で没する(「平塚の塚」の項に詳述)。
  • 11世紀から13世紀から前半(和田合戦まで) - 高望王を祖とすると号する中村党の土屋宗遠が土屋周辺を、同じく高望王系である三浦党の岡崎義実中村宗平の女婿)が岡崎周辺、その子佐奈田義忠が真田周辺を支配。
  • 建久9年(1198年) - 相模川に架けた橋を源頼朝が馬で渡ろうとしたところ落馬し、これが翌年の頼朝の死去につながったという説があり、以降の相模川は馬入川の別名で呼ばれることになる。ただし、当時の流域は茅ヶ崎市であったという説がある。詳しくは旧相模川橋脚を参照。
  • 応永23年(1416年) - 上杉禅秀の乱の功により中村党系の勢力は所領を失い大森氏の領するところとなる。
  • 永正9年(1512年) - 北条早雲三浦氏の岡崎城攻略。以降、小田原北条氏(後北条氏)の領するところとなる。
  • 天正18年(1590年) - 豊臣秀吉が小田原北条氏を滅ぼし、徳川家康が入封。
  • 文禄5年(1596年) - 徳川家康により中原御殿(現 平塚市立中原小学校 - 日枝神社)が造営される。現代の中原街道という街道名はこれに由来する。また、同時期に造営された小杉御殿は現在の川崎市 中原区にあった。伝承ながら御殿裏門が市内南原の善徳寺三門に移築され遺構として残る。
  • 1881年明治14年) - 湘南社結成。国会期成同盟が全国統一組織として自由民権運動を推進していたが、神奈川では独自に活動がおこなわれていた。その先鞭をつけたのがこの湘南社であり、現在の行政区分で言うと大磯町に本部を、秦野・平塚・伊勢原に支所(講学会場)を設置した。のちに県下初の盲学校・私立中郡盲人学校を設立した宮田寅治などが主要メンバーとして知られる。
  • 1945年昭和20年)7月16日 - 平塚大空襲陸軍戦闘機疾風」で有名な日本国際航空工業や、第二海軍火薬廠横須賀海軍工廠分工場、第二海軍航空廠といった軍直轄の軍需工場の密集する平塚市は、当時の市域(現在の東海道線平塚駅を中心として概ね半径2キロの地域。旧平塚市)における面積の約8割、戸数の約6割を焼失、死者237名、重軽傷者268名、罹災戸数7,678戸の大被害を受ける。このとき落とされた爆弾(主に焼夷弾)の数は1162.5トン、447,716本で東京都八王子についで第二位となった。
  • 1951年 - 第1回七夕まつり開催。前年に開催された(平塚大空襲の)復興祭りが起源とされる。集客数は約300万人であり、これは仙台の約220万を抜いて全国1位である。

行政区画の変遷編集

人口編集

 
平塚市と全国の年齢別人口分布(2005年) 平塚市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 平塚市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性

平塚市(に相当する地域)の人口の推移
総務省統計局 国勢調査より


地域編集

平塚市では、一部の区域で住居表示に関する法律に基づく住居表示が実施されている。

行政編集

 
平塚市役所旧庁舎(写真右、2015年6月解体)と平塚市議会旧議事堂(写真左、2011年10月解体)

先代の市役所は1964年に建設された。老朽化と容量不足のため新庁舎の建築を決定。2014年6月に新庁舎が一部完成し、上層階から入居が開始された。その後、随時新庁舎にて公務を開始予定。

歴代市長編集

氏名 就任日 退任日
初代 鈴木清寿 1932年8月 1933年8月
2 馬場義也 1933年8月 1935年8月
3 原田敬治 1938年10月 1942年10月
4 篠原忠次郎 1943年1月19日 1946年11月9日
5,6 柿澤篤太郎 1947年4月12日 1955年4月30日
7,8 戸川貞雄 1955年5月1日 1963年4月29日
9-11 加藤一太郎 1963年4月30日 1975年4月29日
12 加藤禎吉 1975年4月30日 1979年4月29日
13-16 石川京一 1979年4月30日 1995年4月29日
17,18 吉野稜威雄 1995年4月30日 2003年4月29日
19,20 大藏律子 2003年4月30日 2011年4月29日
21 - 22 落合克宏 2011年4月30日 現職

行政機構編集

  • 平塚市監査委員
  • 平塚市議会
  • 平塚市教育委員会
  • 平塚市選挙管理委員会
  • 平塚市農業委員会

財政編集

当初予算規模(2015年度)
808.50億円(一般会計)
819.07億円(特別会計)
197.51億円(病院事業会計)

2008年度当初予算における一般会計の歳入要求額は720億259万2千円であり、財源を移譲したにもかかわらず税収面が急速に厳しくなっているようである。

独立行政法人編集

国の行政機関編集

  • 関東地方整備局 横浜国道事務所 大磯出張所(住所は平塚市唐ヶ原無番地)

都道府県の行政機関編集

その他編集

  • 国税庁東京国税局平塚税務署
  • 平塚市民病院(市立)
  • 平塚市保健センター・夜間休日急患診療所
  • 公益財団法人 平塚市まちづくり財団
  • 公益財団法人 平塚市生きがい事業団
  • 社会福祉法人 平塚市社会福祉協議会

立法編集

市議会編集

  • 定数:26名[2]
  • 任期:2019年5月1日 - 2023年4月30日
  • 議長:片倉章博(清風クラブ、5期)
  • 副議長:秋澤雅久(公明ひらつか、4期)
会派名 議席数 議員名(◎は代表)
清風クラブ 8 ◎数田俊樹、佐藤貴子、野崎審也、諸伏清児、坂間正昭、須藤量久、片倉章博、黒部栄三
湘南フォーラム 5 ◎出村光、内堀祐一、小泉春雄、府川正明、山原栄一
公明ひらつか 5 ◎鈴木晴男、伊東尚美、小笠原千惠美、秋澤雅久、永田美典
平塚自民クラブ 4 ◎金子修一、柏木徹、臼井照人、吉野和美
日本共産党平塚市議会議員団 3 ◎髙山和義、渡辺敏光、松本敏子
無所属 3 江口友子、端文昭、府川勝

※2019年(令和元年)5月20日現在。

市議会の委員会編集

  • 議会運営委員会
  • 常任委員会
    • 総務経済
    • 環境厚生
    • 教育民生
    • 都市建設

神奈川県議会(平塚市選挙区)編集

  • 定数:3名
  • 任期:2019年(平成31年)4月30日 - 2023年(令和4年)4月29日
氏名 会派名
森正明 自由民主党神奈川県議会議員団
赤井かずのり 公明党神奈川県議会議員団
米村和彦 立憲民主党・民権クラブ神奈川県議会議員団

※2019年(令和元年)5月14日現在。

衆議院編集

選挙区 区域 議員名 党派名 当選回数 備考
神奈川県第15区 平塚市、茅ヶ崎市中郡 河野太郎 自由民主党 8 選挙区

司法編集

経済編集

産業編集

江戸時代には東海道7番目にあたる宿場町として栄え、広大な平野があることから農業も盛んであった。1887年(明治20年)に東海道本線が開通、さらに1905年(明治38年)に軍需工場の設置が行われると民生の近代工業も盛んとなり、数々の企業を生み出し、また誘致している。

工業都市としての発展は、相模川近辺を中心に所在する車両・化学関係の工場によるもので、特に日産車体が代表格といえ、工場施設の市外移転が発表されたものの、その後の計画見直しにより当地に残ることになった。その他、JT横浜ゴムキヤノン古河電工SUMCO TECHXIV関西ペイント三菱ケミカル田中貴金属JSP、ボールペン等の製造会社パイロット、丸紅建材リース、薬品の第一三共不二家高砂香料工業などの工場がある。これらの多くは、戦前から現在の市域に存在し戦後解体された巨大な軍需工場群の跡地に移転・新設されたものである。ちなみに平塚市総合公園・平塚市役所・市立江陽中学校・県立平塚中等教育学校もかつての海軍火薬廠の跡地に新設されたものである。

日本ムーグやマクダーミッド・パフォーマンス・ソリューションズ・ジャパンなど外資系企業も立地している[3]

商業では、平塚駅にJR系駅ビルのラスカや平塚唯一の百貨店であった梅屋(2012年からはファッションビルに転換)が所在するほか、近年では[いつ?]市内にある食品が主力のスーパーに加え、オリンピックウォルマート傘下の西友イオン系列のマックスバリュ、三井ショッピングパークのららぽーと湘南平塚、埼玉発祥のヤオコーなどの大型SCが進出している。過去には十字屋長崎屋(1948年1月、岩田孝八が平塚市内で創業した衣料品店が同チェーンの第一号店である。2008年9月30日休業、2013年に解体)・ダイクマが本社や本店を平塚市に置いていた。また大型家電量販店ケーズデンキ、テックランド(ダイクマ=ヤマダ電機)、コジマや国道129号などの沿線にみられる外食チェーンなど店舗なども多い。TRIバンクの提携する平塚信用金庫も本店を置いている。農業協同組合はJA湘南が担っている(本店も平塚市内にある)。

市内を走る路線バスは、全て神奈川中央交通グループが担っている。本社は平塚市八重咲町に所在しており、平塚駅南口には神奈中グループのグランドホテル神奈中平塚がある(元々の名称は平塚グランドホテル)。

本社・支社・営業所・工場を設置している企業編集

姉妹都市・提携都市編集

日本国内編集

友好都市

日本国外編集

姉妹都市

教育編集

小学校編集

  • 平塚市立旭小学校
  • 平塚市立大野小学校
  • 平塚市立大原小学校
  • 平塚市立岡崎小学校
  • 平塚市立勝原小学校
  • 平塚市立金田小学校
  • 平塚市立金目小学校
    • 五領ヶ台分校
  • 平塚市立神田小学校
  • 平塚市立吉沢小学校
  • 平塚市立城島小学校
  • 平塚市立相模小学校
  • 平塚市立真土小学校
  • 平塚市立崇善小学校
  • 平塚市立土屋小学校
  • 平塚市立豊田小学校
  • 平塚市立中原小学校
  • 平塚市立なでしこ小学校
  • 平塚市立花水小学校
  • 平塚市立富士見小学校
  • 平塚市立松が丘小学校
  • 平塚市立松延小学校
  • 平塚市立松原小学校
  • 平塚市立みずほ小学校
  • 平塚市立港小学校
  • 平塚市立南原小学校
  • 平塚市立山下小学校
  • 平塚市立八幡小学校
  • 平塚市立横内小学校

中学校編集

  • 平塚市立大住中学校
  • 平塚市立大野中学校
  • 平塚市立春日野中学校
  • 平塚市立金目中学校
    • 五領ヶ台分校
  • 平塚市立神田中学校
  • 平塚市立旭陵中学校
  • 平塚市立金旭中学校
  • 平塚市江陽中学校
  • 平塚市立神明中学校
  • 平塚市立太洋中学校
  • 平塚市立土沢中学校
  • 平塚市立中原中学校
  • 平塚市立浜岳中学校
  • 平塚市立山城中学校
  • 平塚市立横内中学校

高等学校編集

中等教育学校編集

特別支援学校編集

短期大学編集

大学編集

知的障害児通園施設編集

  • アグネス園

心身障害児通園事業関係施設編集

  • 平塚市福祉事業センター

肢体不自由児養護施設編集

  • 精陽学園

その他編集

  • 進和学園
  • 麦の家

図書館編集

  • 平塚市北図書館
  • 平塚市中央図書館
  • 平塚市西図書館
  • 平塚市南図書館

博物館・美術館編集

 
平塚市美術館
  • 平塚市博物館
  • 平塚市美術館

公民館編集

  • 市内に25か所

交通編集

鉄道路線編集

市内に所在するのは平塚駅のみだが、北端市境を越えた位置に小田急小田原線が通っており、北部から東京・横浜方面へ向かうには同線の利用が最短経路となる。東海大学前駅は市境に最も近い。

藤沢市湘南台駅から相鉄いずみ野線を延伸する計画もあるが、免許は保有するものの開業の目処は立っていない。

近隣自治体への連絡編集

バス路線編集

道路編集

高速道路・有料道路編集

※予定区間である海岸沿いの地元住民の反対(景観が悪くなる等)が根強く、着工に至っていない。ただ国道1号国道134号の慢性的な渋滞緩和解消の為に望む声は平塚市民も含め周辺住民より多数あり、反対住民案である半地下化など、施工方法も含めて協議中である。

一般国道編集

県道編集

スポーツ編集

 
平塚競技場

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事編集

 
旧横浜ゴム平塚製造所記念館

レジャー編集

祭り編集

伝統芸能編集

著名な出身者編集

芸能、マスメディア関係編集

スポーツ関係編集

その他編集

平塚を舞台にした作品編集

小説編集

  • 邪魅の雫京極夏彦、2006年) - 平塚市・大磯町を舞台とした長編推理小説。
  • ライオンの棲む街 〜平塚おんな探偵の事件簿 1〜(東川篤哉、2013年)
  • ライオンの歌が聞こえる 〜平塚おんな探偵の事件簿 2〜(東川篤哉、2015年)
  • ライオンは仔猫に夢中 〜平塚おんな探偵の事件簿 3〜(東川篤哉、2017年) - 平塚市を舞台に、抜群の推理力と奔放さを持った女探偵とその仲間たちが活躍する推理小説。「平塚おんな探偵の事件簿シリーズ」。

映画編集

  • 一番美しく(監督:黒澤明、1944年) - 第二次世界大戦の最中、兵器に搭載される光学機器を生産している軍需工場(東亜光学平塚製作所)で働く女子挺身隊員たちの姿を描いたヒューマンドラマ。
  • 歩いても 歩いても(監督:是枝裕和、主演:阿部寛、2008年) - 家族のドラマ。平塚海岸や、国道134号に架かる袖ヶ浜歩道橋などがシーンに登場する。
  • 八日目の蝉(監督:成島出、主演:井上真央、2011年) - 角田光代による小説を映画化。主人公の住んでいる町の撮影場所が、平塚市日向岡の住宅街である。

テレビドラマ編集

  • 怪獣マリンコングフジテレビ、1960年) - ニッサンプロダクション製作の特撮テレビ番組。謎の怪獣マリンコングが平塚海岸に現れ、大暴れする。

楽曲編集

漫画編集

ナンバープレート編集

平塚市は、湘南ナンバー(神奈川運輸支局)を割り当てられている。

湘南ナンバー割り当て地域

  • 平塚市・藤沢市・茅ヶ崎市・小田原市・秦野市・伊勢原市・南足柄市・高座郡(寒川町)・中郡(大磯町、二宮町)・足柄上郡(大井町、開成町、中井町、松田町、山北町)・足柄下郡(箱根町、真鶴町、湯河原町)

脚注編集

[脚注の使い方]

注釈編集

  1. ^ 須賀・馬入(かつての須馬町)地区の一部は相模川左岸(東側)に所在。

出典編集

  1. ^ a b 平塚市の郵便番号一覧”. 日本郵便. 2017年8月26日閲覧。
  2. ^ 定数2減で26議席へ”. タウンニュース. 2019年5月1日閲覧。
  3. ^ 会社概要”. マクダーミッド・パフォーマンス・ソリューションズ・ジャパン株式会社. 平成29-07-12閲覧。
  4. ^ 乃木坂46伊藤かりん& 梅澤美波が“茶道”で女子力アップ!”. ORICON NEWS. oricon ME (2018年1月30日). 2018年3月21日閲覧。
  5. ^ HAND SIGN(ハンドサイン)がメジャーデビュー「手話をもっと広める」 | 平塚 | タウンニュース」『タウンニュース』、2018年9月20日。2018年9月30日閲覧。
  6. ^ 2016年インタビュー・八戸学院光星高等学校 田城 飛翔選手”. 高校野球ドットコム (2016年11月19日). 2017年4月14日閲覧。

関連項目編集

外部リンク編集