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経歴編集

長野県北佐久郡志賀村(現・佐久市)生まれ。神津清三郎の四男[1][2][3]1905年東京帝国大学地質学科を卒業[2][4]。大学院に学んだ[3]1907年、農商務技師に任じ[1]、地質調査所技師などを経て1916年東北帝国大学教授となり、岩石鉱物鉱床学教室を設立した。1917年、理学博士の学位を授与された[1]1932年帝国学士院会員[1][3]1942年、退官[2]

火成岩溶融現象を研究した。月長石X線による研究で世界的に知られるようになった。日本岩石鉱物鉱床学会日本火山学会の設立にも貢献し、日本の岩石学の近代化を推し進めた。

なお、1969年岩手県田野畑鉱山(田野畑村)で発見された新種の角閃石には神津閃石の名が献名されている[5]。ただし、神津閃石の英名は2012年に Mangano-ferri-eckermanniteと名称変更されている。

人物編集

1929年、兄で長野電鉄創設者の神津藤平方より分家した[3]

家族・親族編集

神津家

長野県北佐久郡志賀村[2]、宮城県仙台市[1][3]

1897年 -

出典編集

  1. ^ a b c d e f g 『人事興信録 第10版 上』カ123頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年12月10日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h 『人事興信録 第15版 上』カ43頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年12月9日閲覧。
  3. ^ a b c d e f g h i 『人事興信録 第13版 上』コ115頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年12月9日閲覧。
  4. ^ 『東京帝国大学一覧 明治39-40年』学士及卒業生姓名 理学士 地質学科227頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年12月9日閲覧。
  5. ^ Kozulite 神津閃石”. 2007年3月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年7月20日閲覧。

参考文献編集

  • 『東京帝国大学一覧 明治39-40年』東京帝国大学、1886-1912年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第10版 上』人事興信所、1934年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第13版 上』人事興信所、1941年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第15版 上』人事興信所、1948年。

外部リンク編集