筑井 甚吉(つくい じんきち、1926年 - 2010年3月5日)は、日本経済学者大阪大学名誉教授。日経・経済図書文化賞受賞。

人物・経歴編集

東京吉祥寺生まれ。1956年中央大学経済学部を優等の成績で卒業。1958年一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。同年東京経済大学助手に着任[1]。1961年一橋大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。指導教官は山田雄三[2]。同年「動学的投入産出体系における産出量の変動径路の分析」により一橋大学経済学博士[3]

1961年東京経済大学専任講師に昇格。ハーバード大学経済研究所留学を経て、1964年東京経済大学助教授。1967年成蹊大学政治経済学部教授。1968年成蹊大学経済学部教授。1972年大阪大学社会経済研究所教授。1974年から1975年まで大阪大学社会経済研究所所長。1982年から1983年まで再び大阪大学社会経済研究所所長。1989年大阪大学定年退官、大阪大学名誉教授。1987年から山田勇(一橋大学名誉教授)の後任として亜細亜大学客員教授を務め、大阪大学定年退官後の1989年から亜細亜大学教授となり、1996年定年退職[1]

最適多部門動学モデルの構築及び日本経済成長への応用などを行い、1980年"Turnpike Optimality in Input-Output Systems: Theory and Application for Planning"で日経・経済図書文化賞受賞[4][5]。また、1989年には一橋の先輩にあたる中山素平(元経済同友会代表幹事)ら財界の協力を得て、環太平洋産業連関分析学会設立に尽力した[5]

脚注編集

  1. ^ a b 「筑井甚吉先生を送るの辞」
  2. ^ 「本年度学位授与論文および単位修得論文」
  3. ^ 一橋大学 , 経済学博士 , [報告番号不明] , 1961-09-30
  4. ^ [1]日本経済研究センター
  5. ^ a b 「筑井甚吉教授を偲ぶ」