米山義則

米山 義則(よねやま よしのり)は、アルゼンチンで活躍した日本人バンドネオン奏者。

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略歴編集

1955年生まれ。東京都出身。1970年千代田区立麹町中学校卒業。

1972年にバンドネオンを入手。日本大学櫻丘高等学校卒業[1]1974年アルゼンチンに渡る。カルロス・フィガリ(Carlos Figari)楽団のバンドネオン奏者となる。その後、レオポルド・フェデリコ楽団の第一バンドネオン奏者を務めることもあった。1993年、『米山義則とオルケスタ・ティピカ』(Yoshinori Yoneyama y Su Orquesta Típica)を結成する。カルリートス(Carlitos) の愛称があった。

2006年6月5日、アルゼンチンの病院で、心不全で死去する。51歳であった。

タンゴの当地ブエノスアイレスを本拠地として、プロのバンドネオン奏者として活躍した日本人は、米山義則が最初である。また、アルゼンチンでのタンゴ楽団代表にまでなった日本人は、米山義則のみである。

CD編集

脚注編集

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