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若山 喜志子(わかやま きしこ、1888年5月28日 - 1968年8月19日)は日本の歌人。若山牧水の妻。旧姓は太田。本名は喜志。妹の潮みどりも歌人。

生涯編集

長野県東筑摩郡吉田村(現塩尻市)生まれ。高等小学校から補習科を終えて、島木赤彦が校長を務める広丘小学校に裁縫教師として奉職。今井邦子生田花世らを知り、「女子文壇」に投稿して横瀬夜雨から高い評価を受ける。信濃毎日新聞歌壇にも投稿した。明治44年(1911年)同郷の太田水穂を頼って上京し、その紹介で若山牧水と結婚し、その影響で『創作』に作品を発表した。牧水の死後、「牧水全集」(全12巻)を完成させ、『創作』を主宰したが、のち長谷川銀作に委任した。昭和43年(1968年)東京都立川市で没する。

昭和56年(1981年)「若山喜志子全歌集」が刊行された。

歌集編集

  • 無花集
  • 白梅集
  • 筑摩野 
  • 芽ぶき柳
  • 眺望

脚注編集

参考文献編集

  • もろさわようこ「信濃のおんな 下巻」未来社、1969年
  • 福田はるか「赤彦とアララギ 中原静子と喜志子をめぐって」鳥影社、2015年
  • 「美術人名辞典」思文閣、2016年