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荒川文六

荒川 文六(あらかわ ぶんろく、1878年11月18日 - 1970年2月9日)は、日本の電気工学者。九州帝国大学総長工学博士(1911年)。

人物編集

神奈川県横浜生まれ。1886年日本組合番町教会で小崎弘道から受洗。高等学校時代に信仰告白をなし、日曜学校教師、オルガニストとして活躍。後に福岡組合基督教会(現、日本基督教団福岡警固教会)に移り、福岡女学院理事長、日本基督教団常議員をつとめた。

九州帝国大学教授、同大総長の他、九州タイムズ社長も歴任する等、西日本での電気工学界の中心人物として、活躍する。1946年貴族院議員1965年文化功労者。主著に『荒川電気工学』等。妻は井深梶之助の長女チヨ[1]

略歴編集

  • 日本中学卒業。同期に渋沢元治など
  • 1897年7月:第一高等学校卒業
  • 1900年7月:東京帝国大学工科大学電気工学科首席卒業
  • 1901年4月:東京帝国大学工科大学助教授
  • 1911年1月:九州帝国大学工科大学教授(電気工学第二講座)
  • 1931年7月:九州帝国大学工学部長(1933年7月まで)
  • 1936年11月:九州帝国大学総長(1945年3月まで)
  • 1945年12月:九州帝国大学名誉教授

出典編集

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  1. ^ 『大衆人事録 東京篇(第13版)』「井深梶之助」
学職
先代:
納富磐一
電気学会会長
20代:1933年 - 1934年
次代:
小平浪平