蕭 子貞(しょう してい、481年 - 495年)は、南朝斉皇族。邵陵王。武帝蕭賾の十四男。は雲松。

経歴編集

蕭賾と謝昭儀のあいだの子として生まれた。486年永明4年)閏1月、邵陵王に封じられた。492年(永明10年)、東中郎将・呉郡太守となった。493年(永明11年)、蕭昭業が即位すると、子貞は征虜将軍に進んだ。建康に召還されて後将軍となった。495年建武2年)6月、明帝の命により兄の西陽王蕭子明や南海王蕭子罕とともに殺害された。享年は15。

伝記資料編集