蕭 昭粲(しょう しょうさん、491年 - 498年)は、南朝斉皇族。桂陽王。文恵太子蕭長懋の四男。

経歴編集

蕭長懋と褚氏のあいだの子として生まれた。493年(永明11年)、兄の蕭昭業が即位すると、昭粲は皇弟として永嘉郡王に封じられた。494年隆昌元年)1月、南徐州刺史に任じられた。同年(延興元年)8月、使持節・都督荊雍益寧梁南北秦七州諸軍事・西中郎将・荊州刺史として出向した。同年(建武元年)、右将軍中書令に任じられた。495年(建武2年)9月、桂陽王に改封された。497年(建武4年)、太常に転じた。498年永泰元年)1月、殺害された。享年8。

伝記資料編集