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谷 素外(たに そがい、1717年享保2年) - 1809年文化6年))は、日本の江戸時代の文人俳人談林派七世。号は一陽井

人物編集

本姓は池田氏。大阪鰻谷の商家出身で、建部綾足の門下で俳諧を学んだ。後に江戸に出て談林派に転じ、七世宗家を継ぐ。尼崎藩松平忠告など多くの門人を育て、寛政期の文化に影響を与えた。東京都品川区利田神社に残る鯨塚には「江戸に鳴る、冥加やたかし、なつ鯨」という素外の句が刻まれている。

酒井藤吉日本浮世絵博物館旧館長)は、東洲斎写楽の正体の一人とする説を提出している。[1]

台東区慶養寺にその墓が残っている。

脚注編集

  1. ^ 『"写楽"実は俳人"谷素外"』(『読売新聞昭和44年10月16日号)

関連項目編集