豊田 圭史(とよだ けいし、1984年2月4日 - )は、日本学生野球指導者。富士大学硬式野球部のコーチ・監督を経て、現在は武相高等学校硬式野球部監督。

豊田 圭史
武相高等学校硬式野球部 監督
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 神奈川県
生年月日 (1984-02-04) 1984年2月4日(36歳)
身長
体重
179 cm
75 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
監督・コーチ歴
  • 富士大学
  • 武相高等学校

来歴・人物編集

現役時代編集

神奈川県出身。武相高校から富士大学に進み、卒業後の2006年フェズント岩手に入り、エースとして活躍した。

武相高校時代は外野手として活躍し、投手とは縁がなかった。富士大学に進み本格的に投手を始める。4年生の秋季リーグ戦では防御率0.50の成績を収め、ストレート岩手県営球場での八戸大学戦で145㎞を計測。声を出して投げる投球スタイルであった。

大学卒業後フェズント岩手に入社が決まっていることから、クラブチャレンジニッポンの日本代表メンバーに選ばれる[1]ホワイトソックスマイナーとの試合に4試合登板し、失点0の好成績を残す。この時の監督江本孟紀コーチ大矢明彦が務めた。

米国での経験で自信をつけ、フェズント岩手ではストレートが最速148㎞/hまで成長する。しかし、2007年千葉ロッテマリーンズプロテストを受けるが不合格。その後も目立った結果を残せず、肩の故障から2008年で現役を引退した。

指導者として編集

現役引退後は母校である富士大学硬式野球部のコーチを2009年から務め、2013年12月から青木久典より同大学の監督を引き継いでから5年間で10季連続優勝に導き連盟記録を更新。大学では全体練習を短くし、個々の長所や自主性を養って成長を促す練習法を取り入れ、選手育成に定評があった。そのため、同大学は地方大学ながら多くの選手を抱えており、コーチ時代には中村恭平山川穂高、監督になってからは外崎修汰多和田真三郎小野泰己鈴木翔天佐藤龍世といった選手をプロ野球界に輩出している[2]

2020年の6月末に富士大学の監督を退任して[2]、8月より同じく母校である武相高校の監督に就任[3]

脚注編集

[脚注の使い方]

関連項目編集