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鉄砲山古墳(てっぽうやまこふん)は、埼玉県行田市埼玉古墳群内にある前方後円墳である。別名御風呂山古墳。

鉄砲山古墳
Teppo-yama Kofun (Gyoda), zenkei.JPG
墳丘全景(左手前に前方部、右奥に後円部)
所属 埼玉古墳群
所在地 埼玉県行田市埼玉
位置 北緯36度7分25.73秒
東経139度28分41.56秒
形状 前方後円墳
規模 全長109m、高さ10.1m
埋葬施設 横穴式石室
出土品 埴輪須恵器土師器
築造時期 6世紀後半
史跡 昭和13年(1938年)国指定
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目次

概要編集

  • 墳丘長109メートル
  • 後円部径55メートル・高さ9.0メートル
  • 前方部幅69メートル・高さ10.1メートル

また、周濠を含めた全長は163メートルと推定されている。

古墳群中3番目の大きさの前方後円墳である。二子山古墳を80%に縮めた形をしている。1967年1983年2008年および2010年2015年までの予定で発掘調査がされており、円筒埴輪、朝顔形埴輪、土師器須恵器などが出土している。築造時期は6世紀後半。

鉄砲山古墳の際だった特徴として、二つのことが挙げられる。ひとつは全国的にとてもめずらしい三重堀を有する古墳であることで、古墳の西側の一部で三重目の堀が確認されている。ただし全周するのかどうかは明確でない[1]。三重堀をもつ古墳は、福岡県久留米市にある御塚古墳、同県うきは市月岡古墳のほか、千葉県山武市大堤権現塚古墳等に認められている程度である[1]

もうひとつは西側中堤から大きく突出する造出し状の施設が確認されていることで、同様の施設は稲荷山古墳二子山古墳将軍山古墳でも確認されている[1]。埼玉古墳群以外では群馬県藤岡市七輿山古墳福岡県八女市岩戸山古墳で同様の施設が確認されているものの、規模は小さく、位置や構造も異なる[1]

埋葬施設編集

後円部上で行われたレーダー探査と発掘調査の結果から、南に開口する横穴式石室が存在することがわかっている。ただし石室本体の発掘調査は行われておらず、未盗掘か否かは不明。南側くびれ部に石室へ向かう階段状の墓道が設けられていて、石室入り口は粘土で厚く覆われていた。前庭部から底部穿孔の須恵器大が出土している[2]

忍藩角場編集

「鉄砲山」という名前は江戸時代忍藩の砲術演習所(角場)があったことに由来する[3]が、発掘調査によりその具体的な姿が確認されている。訓練場があったのは北側くびれ部付近で、訓練場を造るために墳丘が改変されていた。銃砲弾が通る「矢道」、的を立てた柱穴、命中状況を見る者が隠れた「矢見塚」などが確認され、付近からは1~200匁の18種類・154点の銃砲弾が掘り出されている[4]

脚注編集

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  1. ^ a b c d 県立さきたま史跡の博物館 鉄砲山古墳で三重堀と中堤造出しを発見~現地説明会を開催~”. 県政ニュース. 埼玉県. 2016年5月22日閲覧。
  2. ^ 岩田明広「行田市埼玉古墳群(鉄砲山古墳・二子山古墳)の調査」『第46回 遺跡発掘調査発表要旨』 さきたま史跡の博物館 2014年7月
  3. ^ 「ガイドブックさきたま」28頁 埼玉県立さきたま史跡の博物館発行 2010年11月
  4. ^ 岩田明広「行田市埼玉古墳群(鉄砲山古墳)の調査」『第46回 遺跡発掘調査発表要旨』 さきたま史跡の博物館 2013年7月

関連項目編集

外部リンク編集