高橋匡哉
高橋 匡哉(たかはし まさや、1986年10月14日 - )は、日本の男性プロレスラー。東京都江東区出身。血液型O型。大日本プロレス所属。
高橋 匡哉 Masaya Takahashi | |
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プロフィール | |
リングネーム |
高橋 匡哉 高橋 星人 |
本名 | 高橋 匡哉 |
身長 | 170cm |
体重 | 100kg |
誕生日 | 1986年10月14日(38歳) |
出身地 | 東京都江東区 |
所属 | 大日本プロレス |
スポーツ歴 | 柔道 |
トレーナー | TAJIRI |
デビュー | 2012年5月24日 |
来歴
編集TAJIRIが主催するSMASHトレーニングキャンプに参加し、2012年3月3日のJML決勝戦にて公開スパーリング[1]。
4月5日、TAJIRI以下元SMASH所属全選手、レフェリー、他の練習生とともに、新団体「Wrestling New Classic (略称:WNC)」に移籍[2]。プレ旗揚げまではSMASH常連であった雫あき(現:雫有希)が主宰する「お寺プロレス」でエキシビション。
4月26日、新宿FACEでのプレ旗揚げ戦で木藤拓也相手に公開プロテストを行い、1フォールを奪う[3]。
5月24日後楽園ホールでの旗揚げ戦でデビューが決まっていたが、消息を絶ってしまい、デビューが危ぶまれる事態となった(親友のソフト今井レフェリー曰く「UFOにさらわれた」)[4]。
その後、宇宙人ギミックで現れ、高橋星人(たかはし ほしと)としてデビューすることになった[5]。試合は割り込みで入った今井レフェリーの贔屓もあり勝利[6]。
7月15日、後楽園大会で木藤、リン・バイロンとの初のハードコア3WAYに挑戦して勝利し、デビューからの連勝を7に伸ばした[7]。
8月2日、新宿大会では初めて自分より後にデビューした選手となる篠瀬三十七と対戦。おなじみだった今井レフェリーの割り込みが失敗に終わるものの勝利してシングル8連勝[8]。
8月30日、後楽園大会でVENENOと対戦するが、ダイビング・セントーンでフォールされ、さすがの今井レフェリーも3カウントを入れざるを得ず、シングルの連勝も12で止まった。試合後、VENENOによりギミックと決別、高橋匡哉に戻された[9]。
翌31日の大阪ミナミ ムーブ・オン アリーナ大会で「高橋匡哉デビュー戦」として木藤と対戦して勝利で飾る[10]。
2013年に入ると憧れの関本大介のいる大日本プロレスに参戦。その中でデスマッチファイターを志望する様になる。手始めとしてWNCのリングで金村キンタローによるハードコアの基礎教育を受けた後、6月2日大日本プロレス名古屋大会でデスマッチデビューを果たすと、新参ながら激しいファイトが評価を受け、同団体で『7番勝負』が組まれることになる。
- 第1戦 - 9月1日大会 vs 竹田誠志
- 第2戦 - 9月9日大会 vs 伊東竜二
- 第3戦 - 10月3日大会 vs 佐々木貴
- 第4戦 - 10月5日大会 vs 木高イサミ
- 第5戦 - 11月4日大会 vs 宮本裕向
- 第6戦 - 11月7日大会 vs "黒天使"沼澤邪鬼
- 第7戦 - 11月24日大会 vs 葛西純
第3戦での自身の負傷によるレフェリーストップを含め7戦全敗に終わる。
また、中継されることを考慮しない試合での"裏"7番勝負も並行して行われ、
- 第1戦 - 10月15日大会 : vs ダニー・ハポック
- 第2戦 - 10月18日大会 : vs 石川修司
- 第3戦 - 10月26日大会 : vs 星野勘九郎
- 第4戦 - 12月15日大会 : vs 稲葉雅人
- 第5戦 - 2014年1月4日大会 : vs 稲松三郎
- 第6戦 - 1月5日前半大会 : vs MASADA
- 第7戦 - 1月5日後半大会 : vs 塚本拓海
こちらも7戦全敗で終了した。
これらの試合では結果は出せなかったが、内容は高い評価を受け、日本インディー大賞でニューカマー賞を受賞している。
2014年のWNC活動停止においては、団体と相談した結果、WRESTLE-1には合流しないことを選択。これにより7月1日をもってWRESTLE-1に移籍した選手の中には含まれず [11]、「WNC-REINA預かり」という形を取り、7月以降も大日本に継続して参戦。その後も「預かり」と言う形になっていたREINAのほか、WNCを独立した篠瀬三十七のASUKA PROJECTにもホライゾンなどと共に参戦していたが、9月3日よりASUKA PROJECTに所属することが決定した。
以降も大日本などの他団体に継続参戦、大日本では2016年より植木嵩行をパートナーに迎え、「三代目血みどろブラザーズ」を結成。BJW認定タッグ王座にも挑戦するなど実績を重ね、2017年には大日本主催一騎当千に出場し優勝、BJW認定デスマッチヘビー級王座への挑戦権を獲得し、5月5日横浜文化体育館で王者・アブドーラ小林に勝利、第35代王者に輝く。その後も塚本拓海(6月10日札幌・ススキノマルスジム)・植木嵩行(7月17日両国国技館)を相手に防衛した。
2017年8月1日、団体間の合意を得て同日付でASUKA PROJECTから大日本プロレスへ移籍[12]した。8月19日、大日本プロレス名古屋国際会議場大会にて竹田誠志に敗れ、王座陥落。12月にデスマッチヘビー級を賭けて竹田に再戦を挑むも惜敗。
2018年11月、大日本プロレス両国大会にて2度目の竹田との再戦を制しデスマッチヘビー級王座に返り咲く。
2022年11月28日、国指定の特定疾患であるスティーブンス・ジョンソン症候群に罹患したことを公表し、入院療養することとなった[13]。
戴冠歴
編集- BJW認定デスマッチヘビー級王座(2回:第35代、第37代)
- 横浜ショッピングストリート6人タッグ王座(5回:第8代。パートナーはアブドーラ小林&植木嵩行→第19、21、23、25、27代。パートナーは植木嵩行&佐久田俊行)
- 一騎当千 DEATH MATCH SURVIVOR 優勝(2017年)
- ニューカマー賞(2013年)
- ベストバウト(2017年)
得意技
編集入場テーマ
編集- ロストプロフェッツ『Bring 'Em Down』
- 中村"Anija"隆宏『Madman Begins』 -現在使用中
脚注
編集- ^ スマッシュ. “3・3『JML決勝戦』新木場大会でSMASH提供による公開スパーリング敢行!”. 2012年10月21日閲覧。
- ^ TAJIRI新団体発表「若手を海外に」 - 日刊スポーツ・2012年4月6日
- ^ Wrestling New Classic. “2012-4-26-3rd-match”. 2012年10月21日閲覧。
- ^ Wrestling New Classic. “旗揚げ前のWNCに大事件発生!新人・高橋がUFOにさらわれた!?”. 2012年10月21日閲覧。
- ^ Wrestling New Classic. “宇宙人となって帰還した高橋星人が無重力殺法の披露を予告!さらに、木藤が新団体クズプロ旗揚げへ!!”. 2012年10月21日閲覧。
- ^ Wrestling New Classic. “2012-5-24-match-2nd”. 2012年10月21日閲覧。
- ^ Wrestling New Classic. “2012-7-15-match-4”. 2012年10月21日閲覧。
- ^ Wrestling New Classic. “2012-8-2-match-1”. 2012年10月21日閲覧。
- ^ Wrestling New Classic. “第4試合:シングルマッチ 30分1本勝負”. 2012年10月21日閲覧。
- ^ Wrestling New Classic. “今度はTAJIRIが有刺鉄線地獄の餌食に! 8・31大阪ムーブ・オンアリーナ大会レポート”. 2012年10月21日閲覧。
- ^ “TAJIRI、児玉らW-1所属に”. デイリースポーツ (2014年6月18日). 2014年6月18日閲覧。
- ^ “高橋匡哉選手 入団のお知らせ”. 大日本プロレス (2017年7月18日). 2017年7月19日閲覧。
- ^ プロレスラー・高橋匡哉、国の指定難病「スティーヴンス・ジョンソン症候群」で即入院へ - Sponichi Annex 2022年11月28日
関連項目
編集外部リンク
編集- 選手プロフィール 高橋匡哉 - 大日本プロレス公式サイト
- 高橋匡哉 (@masabobu) - X(旧Twitter)