KC&ザ・サンシャイン・バンド

KC&ザ・サンシャイン・バンドKC and the Sunshine Band)は、アメリカ合衆国の音楽バンド。代表曲は「ゲット・ダウン・トゥナイト」「ザッツ・ザ・ウェイ」「ブギー・マン」など[2]

KC&ザ・サンシャイン・バンド
KC and the Sunshine Band at Loessfest 2017.jpg
2017年にカウンシルブラフスで開催された『Loessfest』にて
基本情報
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 フロリダ州
ジャンル
活動期間
レーベル
公式サイト KC and The Sunshine Band | The Official Website
メンバー
  • ハリー・ウェイン・ケイシー英語版
  • マリア・デ・クレシェンツォ
  • アニカ・ムンギン
  • フェルミン・ゴイティソーロ
  • デヴィッド・シモンズ
  • J・ウィット
  • スティーヴ・ラシュリー
  • ジョン・リード
  • シスコ・ディマス
  • マイルズ・フィールダー
  • フェリペ・ラモリア
  • ケネサ・モリス
  • ジャネル・バージェス
旧メンバー
  • ジェフリー・リーヴス
  • リチャード・フィンチ英語版
  • ジェローム・スミス英語版
  • ロバート・ジョンソン
  • オリバー・C・ブラウン英語版
  • マイク・ルイス
  • ヴィニー・タンノ
  • ユージン・ティモンズ
  • ケン・フォーク
  • マーガレット・レイノルズ
  • ローリー・フレーム
  • ティム・ピッチフォード
  • デンヴィル・リプトロット
  • ビヴァリー・チャンピオン
  • ジャネット・ウィリアムズ
  • ジェームズ・ウィーヴァー
  • チャールズ・ウィリアムズ
  • ノア・ベラミー

キャリア編集

1973年にフロリダ州で、スタジオ・ミュージシャンとレコードエンジニアを中心に結成された[2]

1974年、レコード・デビュー。初めにイギリスで人気に火がつき、翌1975年にアメリカに波及した[2]

破天荒に明るいダンス・サウンドが特徴で、「ブロウ・ユア・ホイッスル」「ファンキー・ホーン」が彼らの出発点になった。サンシャイン・バンドのデモに取り組んでいる間に、ジョージ・マクレエ[3]の曲「ロックユアベイビー」が、ケーシーによって書かれ、1974年半ばに多くの国でヒットした。ボーカルをフィーチャーしたバンドの「Queen of Clubs」は、英国でヒットした。1975年にはツアーを実施している。KCと他のバンドメンバーは、フロリダ南東部で最も強力なFMポップステーションの1つであるWHYI-FMに頻繁にゲストとして出演した。これは、音楽の震源地の1つでディスコのジャンルが台頭している間、バンドに重要な故郷のPRの場を与えた。

1975年にセルフタイトルのセカンドアルバム『KCとサンシャインバンド』がリリースされたことで、グループの最初のメジャーな米国ヒット曲「ゲット・ダウン・トゥナイト」が生まれた。4月にR&Bチャートを上昇し、8月にBillboard Hot100で1位になった[1]。「ザッツザウェイ(アイライクイット)」も1975年11月にナンバーワンヒットになり、グループは1976年のグラミー賞で好成績を収めた。1976年のアルバムは、「I'm Your Boogie Man」と「(Shake、Shake、Shake)ShakeYourBooty」の2つのナンバーワンシングルを生み出した。別なヒット曲「KeepItComin'Love」は、2位に達した。彼らの成功は1979年からの5枚目のアルバムまで続いた。彼らはディスコ・ブームに乗って1970年台後半に全盛を誇り、5曲がビルボード1位を獲得した[4][2]

主な楽曲編集

脚注編集

[脚注の使い方]
  1. ^ a b c d Prato, Greg. KC & the Sunshine Band Biography, Songs & Albums - オールミュージック. 2021年12月2日閲覧。
  2. ^ a b c d KC & The Sunshine Bandタワーレコード
  3. ^ グエン・マクレエと結婚。デュエット曲も出したが、後に離婚している。グエン・マクレエは「ロッキン・チェア」のヒットを出している
  4. ^ KC AND THE SUNSHINE BAND Chart Historybillboard

外部リンク編集