久馬 悠(きゅうま はるか[3]1993年12月20日[2] - )は、京都府綾部市出身の陸上競技選手。専門は5000m10000m[1]一卵性双生児の姉であり、妹のと合わせて久馬姉妹と呼ばれている[3]

久馬悠 Portal:陸上競技
選手情報
ラテン文字 Haruka KYUMA
国籍 日本の旗 日本
競技 陸上競技
種目 長距離走
所属 ダイハツ工業
大学 筑波大学体育専門学群[1]
生年月日 (1993-12-20) 1993年12月20日(30歳)
出身地 京都府綾部市
居住地 茨城県つくば市[1]
自己ベスト 3000m:9分12秒91
(2010年)[2]
5000m:15分39秒87
(2012年)[2]
10000m:32分59秒64
(2012年)[2]
獲得メダル
女子陸上競技
日本の旗 日本
アジアジュニア選手権
2012 コロンボ 5000m
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経歴 編集

小学校時代に綾部市の駅伝大会に出場したのを、地元中学の陸上部顧問が見てスカウトされたことから、本格的に陸上競技を始めた[1]綾部中学校2年時の2008年1月、初めて姉妹同時に全国都道府県対抗女子駅伝競走大会(全国女子駅伝)京都府代表に抜擢される[4]。中学校3年時の同年8月21日新潟スタジアム(東北電力ビッグスワンスタジアム)で行われた第35回全日本中学校陸上競技選手権大会女子1500mに出場、3位入賞を果たす[5]。この時、萌は優勝し、大会新記録を出している[5]。同年12月、綾部中学校で出場した全国中学校駅伝大会では、5区3kmでマークした9:38のタイムは区間最高タイムになる(2021年現在)。2009年1月、全国都道府県対抗女子駅伝競走大会(全国女子駅伝)で京都府代表として3区に出場、京都チームを2位に押し上げ区間賞を獲得した[3]。綾部中学校卒業後は、陸上競技の強い地元立命館宇治高等学校には進学せず[3]京都府立綾部高等学校に進学した[6]

2010年カナダモンクトンで開かれた世界ジュニア陸上競技選手権大会3000mに出場する[1]。ここでアフリカ勢との力の差を感じる[6]

2012年に萌とともに筑波大学へ進学[6]。姉妹ともにアジアジュニア陸上競技選手権大会女子5000m日本代表に選ばれ、6月9日、同種目で優勝する[7]。この時の記録16分07秒74は大会記録を更新した[7]。同年の全日本大学女子駅伝対校選手権大会(杜の都駅伝)では筑波大学代表として3区に出場、妹の萌から5位で受け取ったたすきを3位まで上げ、9年ぶりに筑波大がシード圏内に入る原動力となった[1]

2016年に筑波大学を卒業し、萌とともにダイハツに入社した。

萌との関係 編集

筑波大学に進学後、つくば市内で姉妹で同じ部屋に住んでいる[1]。姉妹そろって家事を行い、私服も共有する仲である[1]。高校3年生の時(2011年)には、姉妹ともにスランプに陥り、最後の高校総体では2人とも決勝に進むことができなかった[1]

脚注 編集

  1. ^ a b c d e f g h i 市原ひかり (2013年2月19日). “陸上競技部 久馬悠(体育1)久馬萌(体育1)「ライバルはいつも隣に」” (日本語). つくばスポーツ. 2013年8月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年8月22日閲覧。
  2. ^ a b c d "Profile of Haruka KYUMA"All-Athletics.com(英語、2013年8月22日閲覧。)
  3. ^ a b c d 京都5連覇!“スーパー双子”久馬姉妹が快走 駅伝”. スポニチ大阪 (2009年1月12日). 2013年8月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年8月22日閲覧。
  4. ^ 久馬 悠選手(14) 綾部中2年”. 京都新聞 (2008年1月8日). 2013年8月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年8月22日閲覧。
  5. ^ a b 全日本中学陸上 久馬萌さん 大会新で1500メートル“金”悠さんも堂々の“銅””. あやべ市民新聞 (2008年8月22日). 2013年8月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年8月22日閲覧。
  6. ^ a b c 連覇へ 京都チームの顔ぶれ(3)”. 京都新聞 (2012年1月13日). 2013年8月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年8月22日閲覧。
  7. ^ a b 久馬悠優勝!久馬萌2位/陸上”. ニッカンスポーツ (2012年6月10日). 2013年8月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年8月22日閲覧。

関連項目 編集

外部リンク 編集