多田公煕
多田 公煕(ただ こうき、1923年〈大正12年〉3月18日 - 2019年〈平成31年〉3月13日[1])は、日本の実業家。元中国電力代表取締役社長、元中国経済連合会会長。
人物
編集山口県生まれ。旧制山口中学、旧制山口高等学校を経て、1947年(昭和22年)九州帝国大学法文学部卒業、同年中国配電入社。
1977年(昭和52年)中国電力株式会社取締役総合企画室第一企画室長、1979年(昭和54年)中国電力株式会社常務取締役、1981年(昭和56年)中国電力株式会社取締役副社長、1989年(平成元年)中国電力株式会社代表取締役社長、1995年(平成7年)中国電力株式会社代表取締役会長、同年中国経済連合会会長、2001年(平成13年)中国電力株式会社相談役。
この他広島県体育協会会長、中国生産性本部会長、財団法人中国技術振興センター理事長、財団法人中国産業活性化センター会長、社団法人中国地方総合研究センター会長、日本電気協会会長等も歴任した。
1999年(平成11年)勲一等瑞宝章受賞。
脚注
編集- ^ “多田公熙氏が死去 元中国電力社長”. 日本経済新聞. (2019年3月18日) 2021年3月3日閲覧。