松田訓
松田 訓(まつだ さとる、1968年 - )は、元アマチュア野球選手・指導者である。ポジションは内野手。
基本情報 | |
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生年月日 | 1968年(55 - 56歳) |
身長 体重 |
183 cm 80 kg |
選手情報 | |
投球・打席 | 右投右打 |
ポジション | 内野手 |
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
選手歴 | |
監督・コーチ歴 | |
この表について
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来歴・人物
編集PL学園高等学校では4番打者を務めた経験がある[1]。高校での1学年上に桑田真澄、清原和博らがいた[2]。高校卒業後には同志社大学に入学し、5番打者として活躍する[3]。
大学卒業後は1991年から1993年までに社会人野球の熊谷組に所属し、そこで4番打者を務め、1994年から日本通運チームに入団する。1994年の都市対抗では、川崎製鉄千葉の補強選手として出場し、優秀選手に選ばれた。同年の日本選手権では、決勝戦で2打席連続本塁打を放つなどの活躍により、チームの優勝に貢献し、最高殊勲選手賞を受賞した[4]。また、同年に社会人ベストナインに選出された[4]。
その後、流通経大柏高等学校の監督を務め[2]、2016年発行の高校野球ノンフィクション『その壁を越えろ!』にも取り上げられた[5]。
脚注
編集- ^ “流通経済大学付属柏高等学校(千葉)”. 高校野球ドットコム. 僕らの熱い夏2016 (2016年6月9日). 2021年12月6日閲覧。
- ^ a b “流通経大柏コールド負け PL出身監督悔やむ/千葉”. 日刊スポーツ. (2016年7月22日) 2021年12月6日閲覧。
- ^ 「日本社会人野球協会会報1992」日本社会人野球協会 1993年
- ^ a b 「日本社会人野球協会会報1994」日本社会人野球協会 1995年
- ^ “その壁を越えろ! 〜彼らはどこを目指し、何と闘っているのか〜”. ミライカナイ出版. 2021年10月13日閲覧。