蟹江 史郎(かにえ しろう、1827年文政10年3月[1]) - 1903年明治36年)12月12日[1])は、幕末尾張藩士明治時代の政治家神職貴族院多額納税者議員

経歴

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のちの愛知県出身[1]明治維新以前は鈴木重声と名乗り尾張藩主徳川慶勝に仕えた[2]。1873年(明治6年)以降、伊福部両社祠官、郷村社祠官掌取締などを務めた[1]

1890年(明治23年)愛知県多額納税者として貴族院議員に互選され[3]、同年9月29日[4]から1897年(明治30年)9月28日まで務めた[1]

脚注

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  1. ^ a b c d e 衆議院、参議院 1960, 188頁.
  2. ^ 水郷蟹江の人物編”. 蟹江町デジタルミュージアム. 2021年10月12日閲覧。
  3. ^ 貴族院事務局 1947, 3頁.
  4. ^ 『官報』第2179号、明治23年10月2日。

参考文献

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