アンヘル・ニエト・ジュニア

この名前は、スペイン語圏の人名慣習に従っています。第一姓(父方の)はニエト第二姓(母方の)はアギラールです。

アンヘル・ニエト・ジュニアAngel Nieto Jr. 本名 : アンヘル・ニエト・アギラール Angel "Gelete" Nieto Aguilar, ヘレテ・ニエトとも、1976年11月19日 - )は、スペインマドリード出身の元オートバイレーサーロードレース世界選手権で延べ13回のチャンピオンを獲得したアンヘル・ニエトの息子。弟のパブロ・ニエト、いとこのフォンシ・ニエトと同じくロードレース世界選手権に参戦した経験を持つ。

アンヘル・ニエトJr.
(ヘレテ・ニエト)
Angel Nieto Jr.jpg
グランプリでの経歴
国籍 スペインの旗 スペイン
活動期間 1995年 - 2001年
チーム ヤマハ, アプリリア, ホンダ
レース数 88
通算獲得ポイント 178
初グランプリ 1995年 125cc チェコGP
最終グランプリ 2001年 125cc リオGP
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アンヘル・ニエトJr.(1998年)

経歴編集

キャリア初期編集

父アンヘルは当初ヘレテにオートバイレーサー以外の道を歩んでほしいと願っていた。しかしヘレテは父と同じ道を望み、1993年からホルヘ・マルチネス監督の下、スペインの125cc国内選手権を戦うことになった。

世界選手権125ccクラス編集

1995年のロードレース世界選手権第10戦ブルノで、マルチネス率いるアスパー・チームのセカンドライダーとして世界デビューを果たした。翌1996年にはGPと並行して参戦したヨーロッパ選手権でシリーズ4位の成績を残した。

1997年にはGPにフル参戦し初ポイントを獲得。1998年には父アンヘルの Via Digital チームに移籍しエミリオ・アルサモラのチームメイトを務めた。この年は41ポイントを獲得しシリーズランキング19位に入った。

1999年にチームはマシンをそれまでのアプリリアからホンダにスイッチした。このシーズンはチームメイトのアルサモラが活躍してチャンピオンを争っていたが、シーズン終盤となった第13戦フィリップアイランド、残り数周となった時にアルサモラは日本の上田昇と絡んで転倒してしまい、復帰したもののポイント圏外の16位まで落ちてしまう。その時15位を走っていたのはヘレテだった。父ニエト監督はピットサインボードをつかんで大騒ぎし、アルサモラに順位を譲るよう、息子に指示を送った。ヘレテはフィニッシュラインぎりぎりで停止し、15位を譲られたアルサモラは1ポイントを獲得することができた。そして最終戦で、アルサモラはまさにこの1ポイント差で逃げ切り、ワールドチャンピオンに輝いた。ヘレテのチームプレイがなければ、同ポイントに並び、勝利数で上回る[1]マルコ・メランドリがチャンピオンになっていただろう。重要な役割を果たしたヘレテだったが、自身の成績はシリーズランキング22位に終わった。

2000年は57ポイントを獲得しシリーズ15位、これがヘレテのGPでのベストシーズンとなった。2001年は56ポイントでシリーズ16位、このシーズン限りでヘレテはGPを去ることになった。

4輪へ転向編集

2002年、ヘレテは4輪に転向し、ワールドシリーズ・バイ・ニッサンに参戦した。翌2003年はF3のウィンターシリーズに出場した。その後も挑戦を続け、2007年にはMitjet Seriesで好成績を残した。

MotoGPチーム運営へ編集

2008年、ヘレテは父アンヘル、弟パブロと共にロードレース世界選手権125ccクラスを戦う新しいチーム「オンデ2000」を立ち上げた。ヘレテがチーム監督に就き、パブロはライダーとしてイタリアのラファエル・デ・ロサと共にKTMのマシンを走らせた。

2009年にチームは最高峰MotoGPクラスに移り、現役復帰したセテ・ジベルナウをライダーにドゥカティ・デスモセディチを走らせていたが、スポンサーのグループ・フランシスコ・エルナンドが資金難に陥ったため、シーズン途中で撤退の憂き目にあってしまった。

2010年は弟パブロと共に「G22レーシング」を立ち上げ、新たに始まったMoto2クラスにモリワキのシャシーで参戦、いとこのフォンシ・ニエトがエースライダーを務めた[2]

ロードレース世界選手権 戦績編集

シーズン クラス バイク 出走 優勝 表彰台 PP ポイント 順位
1995年 125cc ヤマハ 1 0 0 0 0 -
1996年 125cc アプリリア 12 0 0 0 0 -
1997年 125cc アプリリア 15 0 0 0 8 26位
1998年 125cc アプリリア 14 0 0 0 41 19位
1999年 125cc ホンダ 15 0 0 0 16 22位
2000年 125cc ホンダ 15 0 0 0 57 15位
2001年 125cc ホンダ 16 0 0 0 56 16位
合計 88 0 0 0 178

脚注編集

  1. ^ この年メランドリは5勝、対するアルサモラは0勝だった。
  2. ^ http://www.motogp.com/ja/news/2010/Holiday+GymG22+presentation

外部リンク編集