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クイーンコーラルは、マリックスラインが運航していたフェリー。現在はDBSクルーズフェリーがイースタン・ドリームとして運航中。

クイーンコーラル(2代)
DBSクルーズフェリー.jpg
「イースタン・ドリーム」となった本船
基本情報
船種 フェリー
船籍 日本の旗 日本(1993-2009)
パナマの旗 パナマ(2009-)
所有者 マリックスライン(1993-2009)
船舶整備公団
DBSクルーズフェリー(2009-)
運用者 マリックスライン(1993-2008)
DBSクルーズフェリー(2009-)
建造所 林兼造船
信号符字 3FSP9(パナマ)
IMO番号 9066710
MMSI番号 372009000
改名 クイーンコーラル(1993-2009)
イースタン・ドリーム(2009-)
経歴
起工 1993年
進水 1993年7月
竣工 1993年9月28日[1]
就航 1993年10月7日[1]
運航終了 2008年
現況 就航中
要目
総トン数 4,924 トン[1]
全長 140.0 m[1]
20.5 m[1]
深さ 14.0 m[1]
喫水 6.2 m[1]
機関方式 ディーゼル
主機関 NKK 9PC2-6L 2基[1]
推進器 固定ピッチプロペラ 2軸[2]
バウスラスタ 1基
出力 13,500馬力[1]
最大速力 22.4ノット[1]
航海速力 20.2ノット[1]
旅客定員 500名[1]
積載能力 10フィートコンテナ236個[1]
車両搭載数 トラック27台、乗用車66台[1]
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概要編集

ニュー・クイーンコーラルの代船として林兼造船で建造され、1993年10月7日に鹿児島 - 奄美 - 那覇航路に就航した[1]

共有建造制度を利用して建造された船舶整備公団との共有船である。

2008年クイーンコーラルプラスの就航により引退した。

DBSクルーズフェリーに売却され、イースタン・ドリーム(Eastern Dream)となり、2009年6月29日から日韓露の三カ国を結ぶ航路に就航した。DBSクルーズフェリー#船舶

航路編集

マリックスライン

就航時はクイーンコーラル71999年以降はクイーンコーラル8と2日に1便を運航していた。

DBSクルーズフェリー(環日本海横断定期航路)

週1往復を運航する。2015年7月3日から隔週で、11月5日からは毎週、境港での停泊時間を利用して舞鶴港への延長運航を行っている。舞鶴港では貨物のみの取り扱いとなる。

設計編集

トラック、乗用車などをロールオン・ロールオフ方式で車両甲板に搭載する。車両甲板の天井高さの拡大、ピラーを減らすことで、コンテナシャーシの搭載能力を強化している[1]。船首甲板はコンテナスペースとなっており、コンテナをデリックによるリフトオン・リフトオフ方式で搭載することが可能であった。イースタン・ドリームとして就航するにあたり、デリックを撤去、船首のコンテナ搭載スペースに船室を増設している。

事故・インシデント編集

強風による乗揚編集

2005年4月2日、14時32分ごろ、与論島・与論港から沖永良部島・和泊港へ向かっていた本船は、強風下の和泊港へ着岸を試みたが、圧流され後部の係留策が取れなかった。そのため、着岸を断念して港外に退避する際、右転するため後退したところ強風により圧流され、船尾部が港湾入口のさんご礁付近の浅所に乗り揚げた。事故発生当時、天候は雨で風力7の北東の風が吹いており、付近は波高1.5メートルで東南東寄りのうねりがあった。乗り揚げ後、風が弱くなるのを待って着岸、その後、鹿児島港まで運航されたが、ダイバーによる潜水調査で、船底全般にペイント擦過傷および凹損、推進器翼および舵に曲損を生じていることが判明した。事故原因は、十分な操船水域がない和泊港で強風下に入港中、船体が大きく圧流された際に入港を中止することなく、接岸作業を継続した結果、港内で操船困難となり浅所に著しく接近したため、とされた[2]

脚注編集

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  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p 世界の艦船(1993年12月号,p121)
  2. ^ a b 那覇地方海難審判庁 (2006-03-23) (PDF). 平成17年那審第24号 旅客船クイーンコーラル乗揚事件 (Report). 海難審判・船舶事故調査協会. http://www.maia.or.jp/pdf/17nh024.pdf 2016年7月4日閲覧。. 

外部リンク編集