グロリア・レナード

グロリア・レナード(Gloria Leonard、1940年8月28日 - )は、男性誌の出版者に転身したアメリカ合衆国ニューヨークブロンクス区出身の元ポルノ女優

グロリア・レナード
Gloria Leonard
Gloria Leonard CES 1999.jpg
プロフィール
別名義 C. Gale Leonard、
Gail Leonard、
Gayle Leonard
生年月日 1940年8月28日
現年齢 79歳
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国ブロンクス区 (ニューヨーク)
瞳の色 ブラウン
毛髪の色 ブラウンにゴールドのハイライト
公称サイズ([1]の時点)
身長 / 体重 173 cm / 71 kg
BMI 23.7
スリーサイズ 102 - 84 - 94 cm
カップサイズ D(米国サイズ)
靴のサイズ 26 cm
外部リンク
データベース IMDb
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アダルト業界以前編集

レナードはニューヨークで育ち、アダルト業界に入る前に、かつてウォール街にあり、現在は存在しない公認証券仲介業者シュワイカート・アンド・カンパニーで3年間働いた。彼女はまた、様々なピーアール会社で働き、エレクトラ・レコードコピーライターを務めた。

アダルト業界編集

レナードは1970年代中頃からハードコアポルノ映画に出演し始めた。そしてジョセフ・W・サルノ脚本・監督による『The Trouble With Young Stuff』、『SEXズームイン (All About Gloria Leonard)』やラドリー・メツガー監督の『ミスティ・ベートーベン』などの注目すべき作品に出演した。彼女は1980年代前半に引退するまでに、およそ36本の映画に出演し、コンスタンス・マネーレスリー・ボーベイシャロン・ミッチェルジェニファー・ウェルズサマンサ・フォックスなどの女優たちと共演した。

1977年から91年まで、レナードは「ハイソサエティ」誌の「出版者」を務めた。同誌は有名人のヌード写真やテレフォンセックスのような斬新な機軸を開拓した。

レナードは1989年から1992年の間、AFAA(Adult Film Association of America - アメリカの成人映画業界の同業者組合)の管理責任者を同組織が表現の自由連合(Free Speech Coalition)に併合されるまで務めた。1990年代に数年間離れた後、1997年に彼女は業界に戻り、1998年にFree Speech Coalitionの会長に選出された。彼女は映画『タブー・アメリカン・スタイル (Taboo, American Style)』でAFVA (American Film and Video Association)から最優秀女優賞を受賞し、後にAFVAの会長になった。

私生活編集

グロリア・レナードは、1980年代にポルノ映画監督のボビー・ホランダーと結婚していた。彼らは1990年に離婚した[1]

テレビ出演編集

  • Simon & Simon』 女性販売員役 - エピソード「Manna from Heaven (天の恵み)」(1984年)

受賞編集

  • 1985年 AFAA 最優秀主演女優賞 『タブー・アメリカン・スタイル』[2]
  • 1985年 CAFA 最優秀主演女優賞 『タブー・アメリカン・スタイル』[2]
  • 1985年 XRCO 最優秀主演女優賞 『タブー・アメリカン・スタイル』[2]
  • 1989年 XRCO殿堂顕彰[3]
  • AVN殿堂顕彰[4]
  • Legends of Erotica[5]

出演作の一部編集

  • 1976年 - 『ミスティ・ベートーベン (The Opening of Misty Beethoven)
  • 1977年 - 『ウォーターパワー/アブノーマル・スペシャル (Water Power)
  • 1977年 - 「クライマックス・パート4 (Joy)
  • 1977年 - 『The Trouble with Young Stuff
  • 1978年 - 『マラスキーノ・チェリー/夢性 (Maraschino Cherry)
  • 1978年 - 『SEXズームイン (All About Gloria Leonard)
  • 1981年 - 『ROOM MATES/ブルーコア (Roommates)
  • 1985年 - 『タブー・アメリカン・スタイル1 - 4 (Taboo American Style 1 - 4)

脚注編集

外部リンク編集