サイバーパンク(cyberpunk)とは、レトロフューチャーや、1980年代に流行・成立したサイエンス・フィクションのサブジャンルまたは特定の思想・運動。

サイバーパンク風の近未来都市のイメージ

ウィリアム・ギブスンブルース・スターリングがこのジャンルの作家として知られる。

概要 編集

 
漢字ひらがなカタカナ看板ネオンサインが所狭しと並ぶ日本の繁華街東京都新宿歌舞伎町)。ブレードランナーにおけるスピナーで移動するシーンに酷似している。ニューロマンサーの作者であるウィリアム・ギブスンが"modern Japan simply was cyberpunk."と説明するように、SFのサブジャンルであるサイバーパンクの原風景にもなっている[1]

「サイバーパンク」という単語の初出は1980年代にブルース・ベスキが発表した短編小説のタイトルであり、未成年のハッカーを描いた内容であった。

1984年、新人作家ウィリアム・ギブスンが第一長編『ニューロマンサー』を発表し、ヒューゴー賞、ネビュラ賞など多くのSF賞を受賞した。ギブスンの友人であったブルース・スターリング、ルイス・シャイナーといった作家たちも次々と新作を発表し、大きな注目を集めた[2]

こうした動きを受けて、1985年にSF誌の編集者であり評論家であったガードナー・ドゾワによって、1980年代のSF界における思想、運動、スタイルを指す新語として「サイバーパンク」が用いられ[3]、定着した。このため、従来のサイエンス・フィクションに対するカウンターとして登場した若手作家たちを指して呼ぶことが多い。

1985年にアメリカで開催されたローカルSFコンベンションでのパネルディスカッションで、これらの若手作家たちが司会者に抗議して退場するという騒ぎを起こすなど、旧来のSFに対する反抗心が強いものだった[4]。また『ブレードランナー』や『ターミネーター』といった当時公開されたSF映画のイメージとの関連性も指摘されている[5]

典型的なサイバーパンク作品では、非現実性へのカウンターとしてよりリアルな現実性が意識され[注釈 1]、最も現実性を体現するモチーフとして人間や心理の描写に力点が置かれた作品が多い。作中では人間が持つ生体機能としての人体と、脳機能に基づく認知、思考、心理などを機械的ないし生物工学的に拡張し、それらのギミック、ないしはコンピュータネットワーク[要曖昧さ回避]による[注釈 2]模倣が普遍化[注釈 3]した世界社会の描写を主題のひとつの軸としている。さらに心理描写についても現実性をもたせるため、社会心理学異常心理学で現れる「対立」や「葛藤」の発展形と看做される構造・機構・体制に対する反発(いわゆるパンク)や反社会性を、主人公の言動や作品自体の主題のもう一つの軸として好んで多用されている。これらを内包する社会や経済・政治などを俯瞰するメタ的な視野の背景の提供と描写が加えられることで、作品をサイバーかつパンクたらしめ、既存のSF作品とは一線を画すことが認識されて成立し確立されている。

小説『ブラッド・ミュージック』や『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』等の作品もサイバーパンク(ないしはその前駆的作品)として列せられる。これらは根源的な意味でサイバーパンクであるとされており、疲弊した技術やコンピュータとの融合などの「サイバーパンク的ガジェット」は登場しないが、前述の要素を持つためサイバーパンク(または前駆的サイバーパンク)と解釈される場合がある。

チバシティなど、日本の地名が作中に登場するニューロマンサーの作者であるウィリアム・ギブスンが"modern Japan simply was cyberpunk."と説明[1]するように、ブレードランナーニューロマンサーの発表を経て完成形となったサイバーパンクは、日本の大都市の景観に大きな影響を受けている。特に暗く雑然とした繁華街のイメージは登場人物の移動シーンなどで頻繁に登場している。

由来と分類 編集

サイバーパンクの語源となるサイバネティクス(cybernetics)とは、本来はフィードバックの概念を核にして生理学機械工学システム工学情報工学を統一的に扱う学問領域であるが、これが転じて脳神経機能の電子的・機械的補完拡張やコンピューターへの接続技術を指すようになった。さらに、人体の機能の一部を機械的・電子的に拡張ないし置き換えたサイボーグ(cyborg: cybernetic organからの造語)という概念がSFで盛んに用いられるようになっていた。サイバーパンクではこれらの人体と機械が融合し、脳内とコンピューターの情報処理の融合が「過剰に推し進められた社会」を描写する。さらに、社会機構や経済構造等のより上位の状況を考察し、それらを俯瞰するメタ的な視点・視野を提供するという点で従来のSFと一線を画する。

これらサイバーパンクを含む「テクノロジーの過剰な発達を土台とした世界や作品」は、一部ではテックパンクスとも呼ばれ、蒸気機関が現実の絶頂期の様相を越えて発展した社会や世界を描くスチームパンクや、電気機器の(現実を越えた、過剰な)発展による社会や状況、鉄塔電線碍子真空管などのガジェットへの傾倒を描いたエレクトリックパンクなどといった類型も存在するが、これらはサイバーパンクからの派生ジャンルとみなされ、共に広義のSFに内包されるものとして取り扱われている。

サイバーパンクが成立した1980年代前半は、北米や欧州を中心にパーソナルコンピュータが一般家庭にも普及を開始し、原始的なネットワーク(パソコン通信)を伴って身近なものとなり[注釈 4]、また各種の電子機器が民生機器として隆盛していた時代でもあり、一方で軍学共同の広域ネットワーク(インターネットの直接のルーツとなるARPAネットなど)の研究と普及も始まっていた[注釈 5]。これら実在のガジェットや概念に触れる機会が増大したことで、それらが「過剰に発展した(近)未来への着想」をもたらしたという点でも、同時代の社会および科学・民生技術の状況がサイバーパンク成立の母体となったことは確かである。

一方、1990年代に入りインターネットの商用利用解禁や、ITバブルによるパーソナルコンピュータや携帯電話などの普及によってこれらが身近なものとなり陳腐化すると、サイバーパンク・ムーブメントの存在感や刺激は相対的に後退し、沈静化する。現在ではギブスンらの元祖サイバーパンク的な作品世界やガジェットはレトロフューチャーの文脈で語られる物となっている。しかしこれは言い換えれば、90年代以降は、サイバーパンクの着想が大衆的に広く浸透し、あえてジャンル化する意義が見いだせないほど当たり前なものになった時代でもあるということである。さらにインターネットの普及、ユビキタス社会、AI社会の進展により、サイバーパンク的な感覚は一般的になった。

サイバーパンクの系譜 編集

「サイバーパンク」というジャンルを打ち立てた作品としては、前出のギブスン『ニューロマンサー』を始めとするスプロール・シリーズ(電脳空間三部作)がまず挙げられる。

日本語への翻訳では、黒丸尚ルビを多用した独特の文体を用いた。また柾悟郎はこの特徴的な文体を活用して『ヴィーナスシティ』を書いた。

ジェイムズ・ティプトリー・Jr.の短編「接続された女」はサイバーパンクの成立以前(1974年)に書かれた作品だが、後にサイバーパンクの先駆的作品として認められるようになった。また、フィリップ・K・ディックの小説『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』も同様に作品(小説)自体はサイバーパンクとは見なされていないが、これを原作とした1982年の映画『ブレードランナー』において描かれた退廃的で無国籍な人口過密の大都市、空飛ぶ車(スピナー)、高度な科学技術で作られた人造人間(レプリカント)等のビジュアル・舞台設定は、後発の創作に多大な影響を与え、「サイバーパンクとは『ブレードランナー』のような近未来社会を描いた作品である」と形容されることもある。

トマス・ピンチョンの『V.』『重力の虹』なども前サイバーパンク的小説といえる。これらは時代設定的に高度ネットワークをもたない世界を描いた作品であるが、機械との半融合、システムと人間など、サイバーパンクのテーマに連なる内容が特徴である。

テレビゲームにおけるサイバーパンク作品には『サイバーパンク2077』がある。

日本のサイバーパンク 編集

日本のサイバーパンクとしては、冲方丁マルドゥック・スクランブルシリーズを挙げることができる。漫画・アニメにおいては、士郎正宗の漫画『攻殻機動隊』およびそのメディアミックス作品が挙げられる。

脚注 編集

注釈 編集

  1. ^ ただしハードSFのような確立された自然科学の理論には必ずしも基づかない。このことは、さらに厳密化したハードコアSFが、ノンフィクション的な傾向や映像を伴ってドキュメンタリー的な傾向に寄って台頭をはじめており、それに対してフィクション性を堅持しようとするカウンターでもあった。
  2. ^ これが「サイバー」と呼ばれるゆえんである。
  3. ^ 現実性の追求により、最終的には模倣といえども現実と区別ができなくなるほどにまで方向性は向かってゆく。
  4. ^ 原始的な8ビットコンピュータではあったが、ホワイトカラー層を中心に税の申告に活用された。
  5. ^ サイバーパンク作品でないが、映画『ウォー・ゲーム』は、同時代のテクノロジーに敏感な若年層の状況と、当時の技術水準をよく描いている。

出典 編集

  1. ^ a b GIBSON, WILLIAM (2001年4月30日). “The Future Perfect” (英語). Time. ISSN 0040-781X. http://content.time.com/time/subscriber/article/0,33009,1956774,00.html 2020年10月22日閲覧。 
  2. ^ 巽孝之「サイバーパンク革命」(旺文社『ez』1997年9月号収録). 旺文社. (1997年) 
  3. ^ 巽 1988, p. 22.
  4. ^ 巽孝之『サイバーパンクアメリカ』. 勁草書房. (1988年) 
  5. ^ 大森望「現代SF観光局」. 河出書房新社. (2016年) 

参考文献 編集

関連項目 編集