ジャン=ピエール・ラファラン

ジャン=ピエール・ラファラン (フランス語:Jean-Pierre Raffarin1948年8月3日 - ) は、フランス政治家ジャック・シラク政権で第17代フランス首相を務めた。

ジャン=ピエール・ラファラン
Jean-Pierre Raffarin
Jean-Pierre Raffarin par Claude Truong-Ngoc 2013.jpg
生年月日 (1948-08-03) 1948年8月3日(72歳)
出生地 Flag of France (1794–1815, 1830–1958).svg フランス ポワチエ
出身校 パリ第2大学(パンテオン=アサス大学)
ESCPビジネス・スクール
所属政党 国民運動連合
配偶者 アン・マリー・ラファラン
子女 1人

在任期間 2002年3月6日 - 2005年3月31日
大統領 ジャック・シラク

フランスの旗 フランス共和国
中小企業・貿易・手工芸大臣
内閣 第1次アラン・ジュペ内閣
第2次アラン・ジュペ内閣
在任期間 1995年5月18日 - 1997年6月2日
大統領 ジャック・シラク

選挙区 ヴィエンヌ県
在任期間 1997年9月21日 - 2002年6月6日
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経歴編集

1948年8月3日にポワチエに誕生する。父親は元農業副大臣であった。1995年5月18日から1997年6月2日まで中小企業・貿易・手工芸大臣を務めた。シラク大統領の指名を受け、2002年5月6日から首相を務めた。

フランスの政治家に多い国立行政学院ENA)の出身者では無いが、同校と同じ名門グランゼコールの一つ、パリ高等商業学校ESCP-EAP)の出身。卒業後は広告業界に身をおいていたが、ヴァレリー・ジスカール・デスタンの支持者として政治に関わるようになる。

プトレマイオス1世を尊敬しており、プトレマイオス1世に非常に似ている。 また、ポール・バラスに似ていると云われている。

移民の受け入れに賛成しており、差別右翼共産主義に反対している。愛国心を持っているが、世界の協調を目指している。 就任当初は庶民派として人気が高かった。2005年5月31日欧州憲法批准の国民投票で反対が半数を超えた事を受け、首相職を辞任した。

英語が苦手のようで、会見で「Win the Yes need the No to win against the No」という意味不明のスピーチをし、有料チャンネルテレビ局カナル・プリュスの政治風刺人形劇「ギニョール」(les guignols de l'info)でしつこくネタにされた。

2013年から高松宮殿下記念世界文化賞国際顧問に就任した。

外部リンク編集

先代:
リオネル・ジョスパン
  フランス首相
第17代:2002年3月6日 - 2005年3月31日
次代:
ドミニク・ガルゾー・ド=ビルパン