スクループ・エジャートン (初代ブリッジウォーター公爵)

初代ブリッジウォーター公爵スクループ・エジャートン英語: Scroop Egerton, 1st Duke of Bridgewater1681年8月11日1745年1月11日)は、グレートブリテン王国の貴族、廷臣、地主。エジャートン家英語版出身の人物で、1687年から1701年までブラックリー子爵儀礼称号を、1701年から1720年までブリッジウォーター伯爵の称号を使用した。

チャールズ・ジャーヴァスによる肖像画、1710年。

生涯編集

第3代ブリッジウォーター伯爵ジョン・エジャートンと2人目の妻ジェーン・ポーレット英語版(1655年頃 – 1716年5月23日、初代ボルトン公爵チャールズ・ポーレット英語版の娘)の息子として1681年8月11日に生まれ、14日に洗礼を受けた[1]。1701年3月19日に父が死去すると、ブリッジウォーター伯爵の爵位を継承した[1]

1702年から1711年までと1714年から1728年までバッキンガムシャー統監英語版を、1703年から1705年までジョージ・オブ・デンマーク寝室侍従英語版を、1705年から1708年までジョージ・オブ・デンマークの主馬頭を、1714年から1717年まで王太子妃キャロライン・オブ・アーンズバックの宮内長官を、1719年から1727年までジョージ1世寝室侍従英語版を務めた[1]

1720年6月18日、ブラックリー侯爵ブリッジウォーター公爵に叙された[1]

議会ではブラックリー選挙区英語版を掌握していた[2]

1745年1月11日に死去、息子ジョンが爵位を継承した[1]

家族編集

 
ジョン・エジャートンとアン・エジャートン、チャールズ・ジャーヴァス作、1716年。

1703年2月9日、エリザベス・チャーチル(Elizabeth Churchill、1714年3月22日没、初代マールバラ公爵ジョン・チャーチルの娘)と結婚[1]、下記の子女を儲けた。

1722年8月4日、レイチェル・ラッセル(Rachel Russell、1777年5月22日没、第2代ベッドフォード公爵ライオセスリー・ラッセルの娘)と再婚[1]、下記の子女を儲けた。

脚注編集

  1. ^ a b c d e f g Cokayne, George Edward; Gibbs, Vicary, eds. (1912). Complete peerage of England, Scotland, Ireland, Great Britain and the United Kingdom, extant, extinct or dormant (Bass to Canning) (英語). 2 (2nd ed.). London: The St. Catherine Press, Ltd. pp. 313–314.
  2. ^ Sedgwick, Romney R. (1970). "METHUEN, Paul (c.1672-1757), of Bishops Cannings, Wilts.". In Sedgwick, Romney (ed.). The House of Commons 1715-1754 (英語). The History of Parliament Trust. 2019年7月22日閲覧
宮廷職
新設 キャロライン王太子妃の宮内長官
1714年 – 1717年
次代:
グランサム伯爵英語版
名誉職
先代:
ニューヘイヴン子爵
バッキンガムシャー統監英語版
1703年 – 1711年
次代:
ケント公爵
バッキンガムシャー統監英語版
1714年 – 1728年
次代:
コバム子爵
グレートブリテンの爵位
爵位創設 ブリッジウォーター公爵
1720年 – 1745年
次代:
ジョン・エジャートン
イングランドの爵位
先代:
ジョン・エジャートン
ブリッジウォーター伯爵
第2期
1701年 – 1745年
次代:
ジョン・エジャートン