セルゲイ・イワノヴィチ・シマトコシュマトコロシア語: Сергей Иванович Шматко、ラテン文字転写の例:Sergei Ivanovich Shmatko1966年9月26日 - 2021年11月7日)は、ロシア政治家実業家2008年5月12日から2012年5月まで第2次ウラジーミル・プーチン内閣エネルギー大臣をつとめた。スタヴロポリ出身。

セルゲイ・シマトコ
Сергей Иванович Шматко
セルゲイ・シマトコ(2011年撮影)
生年月日 (1966-09-26) 1966年9月26日
出生地 ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦 スタヴロポリ地方スタヴロポリ
没年月日 (2021-11-07) 2021年11月7日(55歳没)
死没地 ロシアの旗 ロシアモスクワ
出身校 ウラル大学マールブルク大学、高級軍事アカデミーコース
前職 アトムストロイエクスポルト会長

内閣 第2次ウラジーミル・プーチン内閣
在任期間 2008年5月12日 - 2012年5月21日
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経歴・人物 編集

ウラル大学で機械工学と経済学を学ぶ[1]1985年から1988年まで兵役に就き、北海艦隊原子力潜水艦勤務。1990年ドイツマールブルク大学に留学し経済学を学ぶ。 1992年BDO・ビンデル社(フランクフルト・アム・マイン)の監査役。1994年ロシアへの投資会社であるRFI社取締役。1995年6月ロシア地域開発銀行対外関係部長・投資研究所フェロー。1997年ロスエネルゴアトム経済戦略研究センター所長。1999年から2001年までKazUpack VNIIAES経済戦略顧問。2002年から2005年国家両替基金議長。2004年高級軍事アカデミーコースを修了。2005年2月からガスプロムバンク取締役会議長(会長)顧問、アトムストロイエクスポルト社副会長を経て、6月からアトムストロイエクスポルト会長。2008年5月12日ロシアエネルギー相に任命され[2]、2012年5月までつとめた。2021年11月7日、新型コロナウイルス感染症によりモスクワで死去した[3]。55歳没。

脚注 編集

外部リンク 編集

先代
新設
ヴィクトル・フリステンコ
産業エネルギー相)
ロシア連邦エネルギー相
2008年 − 2012年
次代
アレクサンドル・ノヴァク