トゥール・ポワティエ間の戦い

トゥール・ポワティエ間の戦い(トゥールポワティエかんのたたかい、フランス語: Bataille de Poitiersアラビア語: معركة بلاط الشهداء‎)は、732年フランス西部のトゥールポワティエの間で、フランク王国ウマイヤ朝の間で起こった戦い。ツール・ポアティエの戦いと呼称することがある。その後も735-739年にかけてウマイヤ軍は侵攻したがカール・マルテルにより撃退された。

トゥール・ポワティエ間の戦い
ウマイヤ朝のガリア侵攻
Bataille de Poitiers.jpg
ヴェルサイユ宮殿美術館所蔵
732年10月10日
場所フランストゥールポワティエの間
結果 フランク王国の勝利
衝突した勢力
フランク王国
ランゴバルド王国
Umayyad Flag.svg ウマイヤ朝
指揮官
カール・マルテル
アキテーヌ公ウード
Umayyad Flag.svg アブドゥル・ラフマーン・アル・ガーフィキー英語版
戦力
15,000-75,000 60,000-400,000
被害者数
約1,500 不明(被害甚大)

備考編集

SF作家アーサー・C・クラークは『楽園の泉』の作中にて、もしこの戦いでイスラム側が勝利してヨーロッパを征服していれば、キリスト教支配による中世暗黒時代は回避され、産業革命は1000年早まって人類は既に他の恒星にまで到達していたかも知れないとして「人類史最大の悲劇の一つ」と評している。

参考文献編集

関連項目編集