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トレムカニ・アーメド・ジアード

チュニジアのサッカー選手

トレムカニ・アーメド・ジアードアラビア語: زياد التلمساني‎, ラテン語: Tlemçani Ahmed Ziad, 1963年5月10日 - )は、チュニジアチュニス出身の元同国代表の元サッカー選手トレムカニと呼ばれることが多いが、日本での登録名はジアード

ジアード Football pictogram.svg
名前
本名 アーメド・ジアード・トレムサーニ
ラテン文字 Hamed Ziad Tlemçani
アラビア語 زياد التلمساني
基本情報
国籍 チュニジアの旗 チュニジア
生年月日 (1963-05-10) 1963年5月10日(56歳)
出身地 チュニス
身長 186cm
体重 80kg
選手情報
在籍チーム 引退
ポジション FW
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1984-1990 チュニジアの旗 エスペランス  ? (?)
1990-1994 ポルトガルの旗 ヴィトーリア・G 119 (45)
1995-1997 日本の旗 ヴィッセル神戸 70 (37)
1997-1999 チュニジアの旗 エスペランス  ? (?)
代表歴
1990-1998 チュニジアの旗 チュニジア 20 (4)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

目次

経歴編集

1984年にエスペランス・スポルティーブ・ドゥ・チュニスでキャリアを始めると、6年間にリーグ戦3回(1985・1988・1989)とカップ戦2回(1986・1989)優勝した。1990年にスーペル・リーガヴィトーリアSCへ移籍。ここでは5年過ごし、119試合45ゴールを記録した。

1995年に旧JFLヴィッセル神戸に入団。長身のエースストライカーとして活躍、1996年Jリーグ昇格がかかったJFL最終戦のNTT関東戦ではハットトリックを達成するなど、JFLの得点王になる活躍で、Jリーグ昇格に貢献した。昇格後の1997年も神戸でプレイしていたが、翌年開催される1998 FIFAワールドカップのメンバー入りを目指し、母国チュニジアの古巣エスペランスに移籍した。

国内に復帰すると、1年目の1997-98シーズンは、チュニジア・リーグ優勝と得点王のタイトル獲得し、さらにアフリカンカップウィナーズカップでも優勝した。翌1999年はカップ戦優勝をし、同年に引退した。

引退後は、エスペランスのサッカー部門責任者を務めたり[1]、"Bitaka"という会社を設立している[2][3]

2011年4月9日、東日本大震災に際し、自身が阪神・淡路大震災直後の日本が復興していくのを目の当たりにし、今回も必ず復興するとエールを送った。また、母国チュニジアで起こったジャスミン革命から、境遇は違えど共に国家再建を果たしていくことを願った[4]

代表編集

1989年にチュニジア代表デビューをする。母国チュニジアで開催されたアフリカネイションズカップ1994に出場、1次リーグのマリ代表戦, ザイール代表戦と両方に出場するも1分1敗で最下位になり、早期敗退した。ブルキナファソで開催されたアフリカネイションズカップ1998では準々決勝まで進出。その間の全4試合に出場し、コンゴ民主共和国代表戦, トーゴ代表戦で、それぞれ1ゴールずつ決めた。

プライベート編集

父のアブデルマジード・トレムサーニフランス語版チュニジア代表でプレーし、1959年・1960年と2シーズン連続でチュニジア・リーグ得点王に輝いている[5][6]

個人タイトル編集

関連項目編集

脚注編集

外部リンク編集