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ニセ「左翼」暴力集団(ニセさよくぼうりょくしゅうだん)とは、主に日本共産党による独自用語で、対立する日本の新左翼党派を指す用語として使用されている[1]マスコミ用語では「極左過激派」、警察用語では「極左暴力集団」に相当するが、「偽装左翼である」との見解が含まれている。

1930年代以降は主に「トロツキスト」または「トロツキスト暴力集団」などが使用されていたが[2]、1980年代後半以降はこの「ニセ『左翼』暴力集団」や「ニセ『左翼』集団」が主に使用されている。

概要編集

日本共産党を含むコミンテルン系譜の各国の共産党は、共産党と対立する共産主義者に対し、「トロツキスト」・「修正主義[3]・「左翼日和見主義者」[4]などの用語で批判していた。

1980年代以降の日本共産党は、従来「トロツキスト」と呼んで批判していた新左翼党派や集団に対して、「ニセ「左翼」暴力集団」との用語を使用するようになった。日本共産党は、これらは日本共産党に打撃を与える目的で「共産主義」を偽装する暴力集団であり、権力が影で支援している(「ニセ『左翼』泳がせ論」)、と主張している[5]

歴史編集

1930年代以降の「トロツキスト」編集

1934年に発生した、ソ連共産党政治局員セルゲイ・キーロフ暗殺事件を「トロツキー一派の仕業」とでっち上げ、1936年大粛清を開始したヨシフ・スターリンは、敵対者、あるいは潜在的な反対派とみなした人物に対して「トロツキスト」というレッテルを多用した。 世界各国の共産党は、自ら以外の共産主義組織および共産主義者、あるいは指導部の指導に従わない党員、党を離れたものに対する蔑称としてスターリンの定義を踏襲して「トロツキスト」を多用してきた。その場合は、「階級敵の側に転じた裏切り者」「左翼を装った挑発者」「スパイ反革命(集団)」を意味していた。

コミンフォルムは、ソ連政府およびスターリンの指導を拒否したユーゴスラビアチトーに対して、大々的な「チトー=トロツキスト・キャンペーン」を行った。日本では、同時期の1950年に日本共産党内部で分裂した「所感派」と「国際派」が互いを「トロツキスト」と罵り合っていた。60年安保闘争時は、決してトロツキーの思想の影響下にあったわけではなかった共産主義者同盟および全学連を「極左冒険主義のトロツキスト集団」と非難していた。また、「トロツキズムを乗り越えた新しい体系=反スターリン主義」を標榜する革マル派中核派、さらにトロツキズムのみならずレーニン主義すら否定する解放派まで、一括りに「トロツキスト」と規定していた。「トロツキスト」は、口語では(新左翼党派構成員を指して)「トロ」と略されて、下部党員や民主青年同盟員の間で一般的に使用されていた。

1980年代以降の「ニセ『左翼』暴力集団」編集

1980年代に入ると、日本共産党は不破哲三の著作『スターリンと大国主義』(新日本出版社、 1982年)でレフ・トロツキーの「ロシア革命への一定の貢献を認めるようになったため、公式には新左翼党派を指す「トロツキスト暴力集団」は「ニセ「左翼」暴力集団」と呼称するようになった。

現在、日本共産党が「ニセ『左翼』暴力集団」と名指しするのは、現在でも暴力的な活動を肯定・あるいは行っている中核派、革マル派、革労協各派で、現在は暴力を放棄し穏健な活動をしている第四インターナショナル統一書記局系各派に対しては、「暴力」の語を外して「ニセ『左翼』集団」としている[6]

類似用語編集

日本共産党による類似用語には、「反党脱党者(グループ)」(「日中友好協会脱走派」など)や、共産党に批判的な市民運動に対する「反共市民主義」もしくは「反共市民運動」、「中国盲従反党集団」「毛沢東盲従集団」(毛沢東主義派)、「反党修正主義集団」(親ソ連派、構造改革派など)、「金日成盲従集団」(親朝鮮労働党派)などがあるが、これらの用語は現在ではほとんど使用されることはなくなった。

他方、新左翼側も「反革命日共」「スターリニスト日共」「日共スターリン主義」(反スターリン主義党派)、「修正主義・日『共』集団」「宮修(宮本修正主義)」(毛沢東主義党派)などの蔑称を用いている。『共』及び『共産』に括弧(原文では鉤括弧)を付けるのは、「日本共産党は共産主義党派ではない」という意味を込めてのものである。

また他党派間による類似の用語には、コミンテルンによる社会ファシズム論、革マル派による「権力謀略論」や「権力の走狗論」、中核派による「ファシスト・カクマル」[7]や「KK連合」、革労協による「社会帝国主義」論、労働の解放をめざす労働者党による「国家資本主義」論などがある。

新左翼側の対応編集

日本共産党からひとまとめに「ニセモノ」と罵倒されている新左翼党派の日本共産党への態度はまちまちである。中核派、革マル派は全面対決姿勢を採っている。革マル派は機関紙「解放」で毎号のごとく日本共産党を激しく攻撃、批判の急先鋒である。中核派も極めて批判的である(ただ、革マル派と異なり、近年は機関紙上での日本共産党への言及はあまりない)。第四インターナショナルにシンパ組織として加盟している日本革命的共産主義者同盟は国政選挙や各種地方選挙の際には日本共産党への投票を呼び掛けることが多い。これは、いわゆる「批判的支持」の戦術であり、革労協に至っては、日本共産党にターゲットを絞って批判するということはしないが、総選挙の際には白票を投じるよう呼びかけており、日本共産党のみならず支持すべき対象がひとつもないという立場である。しかし、これは左翼共産主義反議会主義とは異なり、選挙・議会への参加をあらゆる場合に無条件に否定するものではない。日本共産党への接近を試みた党派(ブント系・毛沢東主義系の「マルクス主義青年同盟」や反スターリン主義の「政治グループ稲妻」など)もあるが、逆に「赤旗」で批判され、門前払いされた。

このように、日本共産党といわゆる新左翼勢力との関係は、敵対関係が続いており、お互いが「権力の手先」「修正主義」「反革命」などと非難しあっている。

出典編集

関連項目編集