ノート:男性差別/2006年12月

最新のコメント:17 年前 | 投稿者:鵺草

これは過去ログです、新たな書き込みはノート:男性差別へお願いします。--鵺草 2006年12月23日 (土) 14:51 (UTC)



書き込み時は必ず署名をお願いします

「法の下の平等」という節について、何となく雰囲気は分かるのですが、そのほかの節も、「法の下の平等」が問題となる事項が大部分なので、一部の項目を他の節に移動して、節の名前を変更してみました。また、「その他の法律や制度によらない社会的偏見・差別」については、「各種災害において、女性(と子供)が優先的に救助される法律がある。」という部分は、法律による差別のように思われるので、「その他の偏見・差別」としてみました。61.113.90.76 2006年10月1日 (日) 03:15 (UTC)

事実認識の間違い、バランスを欠く記述、および、印象を一般的事実として書く事項がみられるので、「観点」の表示を挿入しました。--Trn 2006年9月26日 (火) 12:19 (UTC)


>女性差別」と称されるものはほぼ完全に消滅し、見られなっており

脱字です。「見られなくなっており」に修正お願いします。--60.34.46.191 2006年8月3日 (木) 12:29 (UTC)

フォームの画像の右から2番目をクリックするか--~~~~で入力できます。--サトシ=アッシュ 2006年4月25日 (火) 08:21 (UTC)

過去ログ 編集

2006年4月25日までの議論は、ノート:男性差別/2006年4月へ移動しました。--サトシ=アッシュ 2006年4月25日 (火) 08:14 (UTC)

議論 編集

どこら辺が収束してるのか分かりません。どうも「個別の事例」という高レベルな話と、「中立性ってなんだろ?」という次元の低い議論とで、論点が分断されてます。
中立性の問題で「女性差別が完全に消滅した」については「どの分で?」「誰が言ってる?」を付け足せば済みます。さらに「○○の分野では女性差別があった」と史実にしてしまえば、よりスマートな記述にできます。POVの作業は、要は「書き方」いわば「技」なので、そんな議論する問題じゃないんですよ。論点が間違ってるので空転してるのです。220.148.67.204 2006年4月27日 (木) 14:21 (UTC)

ノート:男性差別/2006年4月の中の議論について 編集

藤沢奈緒氏の 2006年4月13日 (木) 01:29 (UTC) の発言で、「性別による職業の分化がおこなわれている」という男女観に基づく、

「○○という職業への女性の進出は阻害されている」=「性別による職業の分化がおこなわれている」=「○○という職業は男性におしつけられている」
「○○という職業への男性の進出は阻害されている」=「性別による職業の分化がおこなわれている」=「○○という職業は女性におしつけられている」

という記述がなされていましたが、現在の日本においては、女性に対するある種の職業の押し付けや、阻害は存在していません。男性に対する、阻害や押し付けなら存在しますが。

Quina氏の2006年4月13日 (木) 13:55 (UTC)の発言ですが、ある説明が信用に足るか足らないかという命題において、Quina氏の発言が 指標やインデックスなどの選び方が恣意的で科学的ではないという指摘に対して、信用できないと言われたならば、それに対して、キチンと 客観的・科学的に説明をしなおすべきであって、「どこが悪いのか、不十分なのか、指摘しろ」と開き直るべきではないと思います。

「GEMのどの部分を恣意的と考えているのか」が分からなかったため、このようにレスをつけました。開き直ったように受け取られたなら申し訳ありません。--Quina 2006年5月22日 (月) 16:56 (UTC)Quina
「GEMのどの部分を恣意的と考えていのか」というより、GEM自体恣意的な指標なのではないのでしょうか?詳しくは下のOve2mess氏の書き込みを参照ください。--真実を追究するもの 2006年5月22日 (月) 21:44 (UTC)

町田42系統(Machi42)氏の2006年4月15日 (土) 17:17 (UTC) の発言ですが、「中立的な観点から言えば、差別は女性・男性問わず存在する」という認識は間違いだと思います。 現在の日本では、男性差別は存在していますが、女性差別は存在しないからです。 「女性差別」(であると町田42系統(Machi42)氏が誤った認識を抱いておられる)の例として挙げられている、 1. 「女だから」と言う理由で、一部のスポーツ系部活動に参加出来なかったり、参加出来ても試合に出場できなかったりする。ですが、これは現状認識を誤っています。なぜならば、今の日本では女子だからという理由で、一部のスポーツ系部活動や大会参加から排除されることはありえないからです。 また、中高大社会人プロにおいても、野球やサッカー、ラグビーのプロリーグもありますし、現実に女子のオリンピックやプロ選手が誕生しています。 むしろ、スポーツに関しては男性差別の状況が存在しています。例えば、芸術系スポーツ(特にシンクロナイズドスイミングやバレエなど)では、男性の部が存在しなかったり、 存在しても出場可能な大会は極わずかです。 次に2. 女性労働者は、男性労働者と同じもしくはそれ以上の労働・階級であっても、多くの企業等で労働対価が低いことが多い。 ですが、これは完全に認識を180度誤っています。現実は逆です。すなわち、「男性労働者は、女性労働者と同じもしくはそれ以上の労働・階級であっても、多くの企業等で労働対価が低いことが多い。 」

町田42系統氏でなくて恐縮ですが、「男性労働者は、女性労働者と同じもしくはそれ以上の労働・階級であっても、多くの企業等で労働対価が低いことが多い。 」について、出典や調査数値を教えていただけますか?反論でも何でもなく、初耳なので、ぜひ数字が見たいです。--Quina 2006年5月24日 (水) 15:22 (UTC)Quina
「出典」とはどういうことでしょうか?ここは訓古学の場ではありません。現在の日本においては、特に、非頭脳労働の現場において、女性は楽な仕事、男性はキツイ仕事が強制されることが多い。それにも関わらず、両者の賃金は同じ場合が多い。あるいは、女性ばかり採用されている事務職の賃金と男性ばかり採用されている肉体労働の賃金を比較した際、何故か事務職の賃金の方が高いケースが多い。また、過労死するほど過酷な勤務に耐えている男性と、残業が少ない女性が同じ賃金だったりする。こういう現実があります。数値を知りたいなら、各種求人情報雑誌や求人情報サイトを参照して、研究してみてください。--真実を追究するもの 2006年5月24日 (水) 20:50 (UTC)

そして、3. どんなに寒い冬でも、高校や中学ではスカートが強制される。ですが、これは、女子生徒のみの不利益ではありません。男子生徒にはスカートの代わりに、どんなに暑い真夏でも詰襟という首を締め付ける窮屈な上着が強制されています。 男子生徒は自由なのに、女子生徒だけ強制なら、差別といえなくもないですが、男女とも強制がされていることなので、どちらかが差別的取扱いを受けているということには当たりません。 最後に、「女性は、上記の例1のように多くの運動系部活にも入れないor出場できないだけでなく、野球のように、規定や伝統などによって、プロ入りすら出来ない状況もあるのです。」 とありますが、これは上で述べたように間違いです。「やりたいことも性別と言う壁で出来ない。」これは現在の日本では男性にのみ存在する差別です。

219.109.228.99氏の2006年4月16日 (日) 07:26 (UTC)の発言ですが、男子大学は少ないのではなく、存在しないのですよ(私立短期大一校のみ)。 女子のサッカー部や野球部・ラグビー部の数と比較すること自体おかしいです。甲子園に女子が出られないと書かれていますが、 男子はオリンピックの新体操やシンクロナイズドスイミングに出られません(競技自体存在しない)。 女子だけ不当に差別されているわけじゃないのです。女子の場合、ごく一部といっても存在するだけマシです。男子は全く存在すらしないし、オリンピックでも競技として 男子新体操や男子シンクロナイズドスイミングは認められていないのです。男子新体操は本当に数えるだけの高校でしか部活が存在しません。 しかも、バトントワリングなどの部活やチアリーディングなどの部活動でも、部室が女子のみで男子は、どこか外で着替えをしなければならなかったりします。 禁止されているのではなく入部・出場が出来ない環境にあると言って良いと思います。 女性は学校を選ばなくても、入部できる新体操部・シンクロナイズドスイミング部・チアリーディング部・バトントワリング部はいくらでもあります。 でも、男性で入部や試合に出られる環境を求める人は、多くの高校等を探し回らなければなりません。大会がない競技すらあります。 そもそも性差別とは、法律や規定で禁止されているのではなく、常識や前例・無意識のうちにそう出来ない環境が作られていると言う事も言えるのです。

藤沢奈緒氏の2006年4月16日 (日) 14:48 (UTC) の発言ですが、上で述べたように、現在の日本では女子のみ排除するスポーツ競技はありませんし、 女子サッカーや女子野球など女性の競技・大会も数多くあるにも関わらず、男性の競技(男子野球など)にも参加させないと差別というのは無理があります。 実際に、男子野球に女子の門戸も開いています。これは、むしろ男性差別ではないのでしょうか? それから、「小学校まで男子にまじってやっていたけど中学で部活動がないからやめてしまう子も多いそうだし、それでも続けたいと思っても、 女子部のある学校への越境入学を12歳で決断させるのは無理がある。」と最後に書かれていますが、それを言うなら、 「小学校まで女子にまじってやっていたけど中学で部活動がないからやめてしまう子も多いそうだし、それでも続けたいと思っても、 男子部のある学校への越境入学を12歳で決断させるのは無理がある。」と書くべきでしょう。特にバレエなどは小学校から中学校・高校と進学するにつれ 小さい頃習っていても断念せざるを得ない状況に追い込まれる男性が多いものです。

Quina氏の 2006年4月17日 (月) 14:20 (UTC)の発言ですが、「女性差別については、完全に消滅しているという意見と、未だ継続しているという意見の双方がある」 という両論併記の提案をしていますが、偽りの事実を書くことを容認するわけにはいきません。女性差別は現在の日本では存在しないからです。 --真実を追究するもの 2006年5月14日 (日) 14:57 (UTC)

大変恐縮ですが「女性差別については、完全に消滅しているという意見と、未だ継続しているという意見の双方がある」と書かせていただきました。現在あるかないかについては見解の分かれる点で、これが不毛な論争の元だと思ったからです。私は「女性差別が未だ継続している」という意見を持っておりますし、他にも「完全消滅は言い過ぎでは」という意見の方はいらっしゃいました。このような意見が存在することは事実ではありませんか?この「意見」の両論併記はウィキペディアの中立的な観点を参考に発言したものです。
ただ、この辺りのことは上で220.148.67.204氏が言われているように「要は書き方の問題」かと思います。--Quina 2006年5月22日 (月) 16:56 (UTC)Quina
「意見」ならば、どんなに間違った荒唐無稽なものでも記述して良いのでしょうか?ある命題・・・例えば、数学で1+1の答えに関して、ある人はだという意見を言い、ある人はだという意見を言った場合、これは両論併記すべきことなのでしょうか?--真実を追究するもの 2006年5月22日 (月) 21:44 (UTC)
Wikipedia:中立的な観点をご覧ください。女性差別が完全に消滅しているという意見が多数派に支持されているという根拠を信頼できる情報源より提示できれば、「多数の人は女性差別が完全に消滅していると考えている」、といった記述をすることは出来るでしょう。
ですが、今までの議論を見る限りは一部の編集者が独自の研究で「女性差別は消滅した」と主張しているだけのように見受けられます。Wikipediaではそのような記述は排除することになっています。O^tsuka 2006年5月23日 (火) 16:03 (UTC)
客観的事実は多数決で決まる性質のものなのでしょうか?ここは国会じゃありません。事典です。--真実を追究するもの 2006年5月23日 (火) 18:55 (UTC)
真実を追究するもの(AQUA)氏は、Wikipedia:中立的な観点Wikipedia:論争の解決を読まれていますか?一般的な「中立」や「客観的事実」はどうであれ、ここはWikipediaですので。そして、ぜひ署名にリンクをつけて下さい。--Quina 2006年5月24日 (水) 15:22 (UTC)Quina
そもそもここは男性差別についての項目ですので、女性差別がどうしたという話は女性差別の項目でやれば良いと思います。O^tsuka 2006年5月24日 (水) 17:08 (UTC)
本文の『また、現在の日本においては、「女性差別」と称されるものはほぼ完全に消滅し、』から続く文章の扱いを巡る議論と申しますか、この文章をどうしても消したくない人がいるので、どうすれば良いか困っているわけです。--猫魂 2006年5月25日 (木) 15:14 (UTC)
というよりも、その文章を強硬に否定する人間(Quina氏)が約一名いると言った方がいいですね。--真実を追究するもの 2006年5月25日 (木) 18:25 (UTC)

GEMに関する議論 編集

::Quina氏へ もう此処にいらっしゃらないかもしれませんが・・・ 一ヶ月ほど前から、あなたの書き込みを見て是非反論したかったので遅ればせながらGEMがらみの話題について言及したいと思います。 あなたは、GEMの指標を出した後に、「入社時の男女比」と「役員人事の男女比」が同比でないのは女性差別だとおっしゃいましたが必ずしもそうではありません。 入り口が同じならゴールも同じであるべきというのは大きな誤りです。 何故誤りか、端的に結論から言えば“自由競争”だからです。 この辺がGEMのからくりです。 「印象操作・境界設定」、女性の利益に偏った理論を積極的に好む人達の意識の反映に過ぎません。 そういった落し穴にあなたは嵌っています。あるいは嵌めようとしているのかもしれませんが。 board memberまで女社員が生き残れなかったのは、“優勝劣敗”故に女側が全敗すれば普通に有り得ることです。そういった素朴な“端的な事実”を完全に見落としてませんか? GEMは“データ”は出しますが・・・それまでです。 そこにあるのは単なるロウデータと、それに対する恣意的で利己的な評価があるだけ。 解析前の生データと印象操作した結論でしかありません。 まず女に利するものであるべきと言う前提と生データと恣意的な結論の印象操作パッケージであるという作為性に敏感であるべきです。 そうでなければ権益・利益に敏感な輩に、差別を通してこちら側が食い物になるからです。 「女子差別撤廃」という美辞麗句が“権威”となって男性側への差別が隠蔽・正当化されてまかり通るなんて堪ったものじゃありません。 勿論ただの「優勝劣敗」ではなく「公正な自由競争」を担保しなければなりません、共生のルールから言えば。 スタートラインで差別があれば是正すべきです、過程で不平等な競争が有れば是正すべきです、当然です。 ・・・がしかし、何故に役員や議員・閣僚等の権力を帯びる社会的タイトルを男女同数にしなければならないんだか全く理解できません。 そういった姿勢は利己的な欲望以外見えませんが、どうでしょうか? ちなみに、優勝劣敗における「一属性の全敗の可能性」の例示ですが、 サッカーもワールドカップが迫っているのでサッカーを例えに使います。 例えば、本戦グループリーグまでは格大陸所属の国が必ず出場できます(オセアニアは例外ですが)。 アジア・アフリカ勢でも出れます。 しかし、ベスト16、準々決勝と進むにつれて欧州だらけになったりします、毎回です (2002ワールドカップでオセアニア勢を除く格大陸所属の国がベスト16に残れたのが大会史上初めてなぐらいですから)。 これは、アジア・アフリカ・オセアニアに対する人種差別でしょうか? 考えるまでも無く端なる優勝劣敗・自由競争の結果に過ぎません。 決して差別ではない、全敗すればアジア・アフリカは残れないのは自然です。 男女でも一緒です。 公正な自由競争の担保に関してのこちらの姿勢は前述しているのでここでは繰り返しませんが。--Ove2mess 2006年5月19日 (金) 22:54 (UTC)

GEMについては、あくまでHDIとGDIとの比較で出しました。能力においてはさほど差がないはずなのに、なぜ、ということです。最初から能力に差があることがわかっている(その国で競技されてきた歴史、予算、積み上げた技術等々がそもそも違う)サッカーとは前提が異なるように思いますが。私は、公正な自由競争が行われていない(=能力にほとんど差がないのに、結果に著しい差があるということは、競争の過程で女性に対して差別があるのでは)ことを示す例として、過去ログに収録されている3つの例を上げました。HDIとGDIの差は少ないのに、GEMがこのような数値になっていることについては、いかがお考えなのでしょうか。
「能力においてはさほど差がない」という前提が誤っているのでは?--真実を追究するもの 2006年5月24日 (水) 20:50 (UTC)
ただ、恐縮ですが、下で次のステップへの移行が目されておりますし、これ以上の議論はノート全体の動きを阻害しかねません。女性差別が完全に消滅したと考えられる数値や調査結果をお伺いできるのであれば、またそれについて論議もできるかと思うのですが、そうでないなら、ステップ移行についての話し合いが済むまでこれ以上の議論は避けたいのですが、いかがでしょうか。--Quina 2006年5月24日 (水) 15:22 (UTC)Quina
    • Quinaさん、HDI、GDIともに指標としては良いでしょう、文句言いません。

問題はGEMです。GEM自体がおかしい。 HDI・GDIの差が無いからこそ、GEMは。 そもそも、識字教育などの社会で生きる上で不可欠な教育水準を満たしているか、その最低限度の教育水準に男女差は無いか等と、女がどれだけ権力者に上ってるか、偉くなったかって指標とは全く質が異なるでしょうが。GEMはHDI・GDIとは全然違う。 何故平気で併記できるのですか?何故必ずGEMを出すの? 民族・国籍・人種・宗教・移民か否か・所得階層等の多様な差異も無視して、性別に固執するのは何故?女がどれだけ社会的なタイトルを取れたかだけに固執するのは何故? 日本等少数の国家を除き、どの国も多民族等の、多様な属性を持つ国家です。それらの国でどれだけ移民が、有色人種が、少数民族が、外国人が、所得の低い階層出身者が、職責あるポジションに着いたか?などという指標はありません。何故性別なら・・・GEMなら可能なのか?お聞かせ下さい。 HDI・GDIは言わばスタートラインが平等であるかどうかの調査です。 競争をする上で先にゲームに参加しているものも、後からゲームに参加するものも、知識・情報といった周囲が持つものと同じ道具をちゃんと持っている、それは(例えば)男女の性差等で漏れが無い上で競争しなければ公正な競争は保障されない。。。ということですが、 GEMは違います。結果なんてそろえられません。それこそHDI・GDIで保障した公正さを破壊するものです。 何度も言いますが、過程で全敗すればゴールまで生き残れません。当然です。 サッカーの例えはあってます。 オーストラリアもアメリカ合衆国もカナダも中米勢もアフリカ勢も、身体能力・戦術・予算面で、ヨーロッパ・南米に決して劣りません。 上記以外のパラメータで歴史がありますが、まぁせいぜいそれぐらいです。 これでも違うと言えるのでしょうか? 人種・国籍を性別に、 サッカーを会社でも議員でも、GEMの達成したいタイトルを持つ機関にお好きに置き換えて下さい。 ちなみにサッカーの話とはいえ、人種間だとそこまで敏感にパラメータを計算に入れるのに、どうして男女間ではそれが出来ないんですか? 男女間でもパラメータがあるから結果に差が出るんであって、必ずしも差別があるからではないでしょ。 まぁ、差別こそがパラメータだと言いたいのかもしれませんが。 大体、差別以外に媒介変数が全く無いと本気で思われてるのですか? 何よりHDI・GDI・GEMの限界を見据えてますか? 金科玉条のように捉えてますが。 これらは、 ①スタートと結果の限定的な姿を示しても、スタートと結果の全貌もそして何より、“過程”までも詳らかにはしていません。 過程には一切言及してませんからね。 そして、 ②男女間、識字率や、閣僚議員役員など、ごく限定的な条件を調べただけで、社会の全条件を調べたわけでは有りません。 よって差別以外の条件が介在していないことも示していません。 以上から「“過程”で“差別”が有る」というのはアナタの憶測に過ぎません。 社会の複雑性から見ればHDI・GDI・GEMは限界がある小さな指標に過ぎません。 何より“過程”も“差別”も一切言及していない指標では、あなたの「過程で差別が有る」という論理の証拠には一切成り得ません。 これは、ロジックが既にあなたサイドで結果ありきで考えられているからです。 ところで何故、閣僚・役員の“同数”にこだわるのですか? まぁ役員人事権は男が持っているから、女は排除されるんだおっしゃりたいのかも知れませんが。 ちなみに、ダーティーワークは堂々と男性だらけですがね。 女性は興味を示さない模様で。 ちなみにあなたの例えで挙がっていた、入社時と役員人事の男女比が同比でないのは、競争では当たり前です。 全敗の“可能性”も考慮に入れて下さい。 今回はHDI・GDI・GEMの示す情報の限界とGEM自体の存在意義への疑義について言及しました。--Ove2mess 2006年5月29日 (月) 22:15 (UTC)

ご回答ありがとうございます。なるほど。正直、議論したい部分はかなりあるのですが、今のノートの流れを阻害しそうなので、これ以上の議論は差し控えさせて下さい。ここで中心に議論したいことはGEMの正当性ではなく、「女性差別の有無」が客観的に証明できるかということなのですが、根本的に元の文章を削除した方が、という意見が出ている以上、有無を証明する議論を先にしても無意味かと思います。--Quina 2006年5月30日 (火) 14:56 (UTC)Quina
    • こちらこそ前回に引き続き今回も前回共々ご回答有難うございます。本当はもう見ていらっしゃらないから無駄な投稿かと思っていましたから感謝しています。Quinaさんは一家言お持ちなのでこちらに反論したいことが正直山程有られると思います。その上、こちらもまだまだ洗練から程遠い粗雑な論理なのでこちらの真意が伝わり辛いところはありますから、輪を掛けて異論・反論有るでしょう。噛み合い辛い所もありますが、がんばりますのでよろしくお願いします。ただ、一つ断っておきますが、女子差別完全消滅とはこちらは言っていません。それは別の方です。俺はそこまでまだ知識が完備していませんので、そこまで思い切って断言できません。考えられる範囲内で議論しています。例えばそれは今回のケースで言えば、入社時と役員人事の格男女比が異なるという情報“だけ”では女性差別が証明できない。論理に陥穽があると思ったわけです。そのあとに、HDI・GDI・GEMの示す情報の限界とGEM自体の存在意義への疑義に関して言及しました。女性差別が完全に無くなった事に関して言及していませんから、それに関して答えられません。そうではなくこちらは、アナタの女性差別の説明に難があると言ったまでです。「女子差別撤廃」という美辞麗句が“権威”となって男性側への差別が隠蔽・正当化されてまかり通って得するのは誰か?考えるとアナタに反論せずにはおられません。吐き出されたロウデータを利用した境界設定・印象操作等の作為性に敏感にならねばこちらが食い物になるという危機感から“データを利用している”アナタに反論しました。--Ove2mess 2006年5月30日 (火) 17:15 (UTC)

女性差別について 編集

昨年末に閣議決定された男女共同参画基本計画(第2次)について、猪口邦子・男女共同参画担当相は
男女共同参画の現状は先進国の中で最低レベルであり、一層の努力が必要」
と指摘した上で、2020年までに各分野の指導的地位に女性が占める割合を30%にするという目標について
「行政が率先して達成してほしい。その上で民間にも広げて欲しい」
と強調したそうです。(5月14日毎日新聞)


たとえば男性差別に関する上記ような報道(議員レベルでの発言など)や裁判があれば積極的に載せた方がよいと思いますが、「○○は男性差別である」といった個人の主観による主張の羅列は、控えるべきでしょう。

(以上の署名のない記述は 猫魂 氏によるものです。)

>男性差別に関する上記ような報道(議員レベルでの発言など)や裁判があれば積極的に載せた方がよいと思いますが、「○○は男性差別である」といった個人の主観による主張の羅列は、控えるべき
代議士の発言や裁判の事柄は、掲載すべきで、それ以外は掲載すべきではないという基準は不可解です。そういう基準こそ個人的主観に基づくのではないのでしょうか?--真実を追究するもの 2006年5月15日 (月) 12:32 (UTC)
Wikipediaは独自の調査結果の発表の場ではありませんので、あらかじめ信頼できる情報源から発表、出版されている事実、視点、理論及び議論だけを収録することが必要とされています。貴方の個人的な男女差別に対する考え方は、ご自分のHPなどで主張なさってください。あと、署名にはリンクをつけることが推奨されていますので、「リンクしない」の設定は解除していただけるようお願い致します。O^tsuka 2006年5月15日 (月) 16:09 (UTC)

女性差別の項目を見ても解りますが現在の日本における男女平等は世界最低レベルのものです。「女性差別と称されるものはほぼ完全に消滅し」という記述は明らかに間違っていますね。古城 2006年5月26日 (金) 05:05 (UTC)

女性差別の項目を見ても解りますが現在の日本における男女平等は世界最低レベルのものです。「女性差別と称されるものはほぼ完全に消滅し」という記述は明らかに間違っていませんね。それから、ここは「女性差別」の項目ではなく、「男性差別」の項目です。「女性差別」に関して議論したいなら、そちらの本文かノートでお願いします。--真実を追究するもの 2006年5月26日 (金) 07:48 (UTC)
具体的にどう女性差別が消滅したとお考えになるのか解りませんが、どうも男性差別を頑固として主張する人は思い込みが激しいみたいですね。貴方から言わせればこれも差別の一種なのでしょうけど。古城 2006年5月26日 (金) 11:57 (UTC)
具体的にどう女性差別が消滅していないとお考えになるのか解りませんが、どうも女性差別を頑固として主張する人は思い込みが激しいみたいですね。貴方から言わせればこれも差別の一種なのでしょうけど。--真実を追究するもの 2006年5月26日 (金) 12:21 (UTC)
小学生じゃないんだから止めて下さい。古城 2006年5月26日 (金) 12:23 (UTC)
幼稚園児じゃないんだから止めて下さい。荒らしですか?--真実を追究するもの 2006年5月26日 (金) 20:19 (UTC)
それも小学生に失礼な気がしますが。私は女性差別は消滅したとは思いませんが、男性差別を主張する者の一人です。主張と思い込みは関係ありません。お2人とも、不毛な議論はやめてください。--鵺草 2006年5月26日 (金) 13:21 (UTC)


いくら議論しても女性差別が存在するか否かの見解が纏まるとは思いませんし、ここは「女性差別」の項に任せて、ここでの議論をやめては如何でしょうか。「女性差別は今尚続いているとする意見、既に消滅したとする意見があるが、統一的な見解は無い。」程度の文章にとどめて。さもないと、いつまで経っても保護解除がなされず、建設的な議論・編集ができません。これまでの議論から考えるに、ウィキペディアンの中だけでも両論で争いが続いているのに、「中立的な観点」としていずれかの意見が確固として確立してはいないでしょう。--鵺草 2006年5月26日 (金) 07:25 (UTC)

そもそも保護された理由というのは、「女性差別」なるものが現在の日本に存在するか否か、に関係しているのですか?--真実を追究するもの 2006年5月26日 (金) 07:48 (UTC)
関係していないとは言えないでしょう。女性差別についての議論はこの項目に於いてはあまり意味が無いのではないでしょうか。少しずつ論点を絞り、議論を縮小していって、保護解除を目指しましょう。--鵺草 2006年5月26日 (金) 10:14 (UTC)
下のステップ以降に関する論議にも書きましたが、全く同感です。これは編集合戦の中で出てきた文章で、全体の見直しを始めたときに、本項にふさわしいか否かで議論が始まっています。過去ログでも「女性差別に関することはリンクを貼って当該項目に任せては」→「いや、消すべきではない」→「では“完全に”を消しては」という流れでした(今回もほぼ同じですね)。そして女性差別の有無について論じると、本項と関係ないことをメインに話さざるを得なくなるので、議論がどんどん脱線して収集がつかなくなってしまうのです。私も、そもそもこの文章はいらないと考えています(どうしても残したい方がいらっしゃったので、残すなら少しでも正確にしないと本項の内容全体の信頼性にかかわると思って意見の投稿を始めました)。もしこの文章をまるごと削除して「女性差別については当該項目を参照」とできれば、それが記事の形式として一番スマートでいいと思います。--Quina 2006年5月26日 (金) 16:21 (UTC)Quina
どうしても、「現在の日本に女性差別がもはや存在しないという事実」を強硬に否定しようとする方(Quina氏)が、保護された後で突然、現れて来て、収集が付かなくなっている・・・。そもそも、この点に関して編集合戦が行われたから、保護になったのでしょうか?--真実を追究するもの 2006年5月26日 (金) 20:19 (UTC)
貴方が「現在の日本に女性差別がもはや存在しない」データを提示すればいいんですよ。個人的な経験ではダメですよ。(Dposse 2006年5月26日 (金) 21:00 (UTC))
貴方が「現在の日本に女性差別が未だに存在する」データを提示すればいいんですよ。個人的な経験ではダメですよ。--真実を追究するもの 2006年5月26日 (金) 22:07 (UTC)

あるにしてもないにしても詳しいデータがないなら女性差別云々の記述は消したほうがいいだろ。大体なんで男性差別の項目に女性差別があるんだよ。Yasaikyo 2006年5月27日 (土) 00:19 (UTC)

女性差別のデータが無いのなら、女性差別は存在しないとしか言いようがないのではないのでしょうか?--999777999 2006年5月27日 (土) 20:18 (UTC)
Yasaikyo様の仰るとおり、消せば問題ないのですよ。女性差別の存在の有無はこの項に関係ありません。もうこの議論はやめて次のステップに進みましょう。--鵺草 2006年5月28日 (日) 12:22 (UTC)
消さないで、このままで問題ないと思います。そもそも、このことが保護理由なのですか?--antidiscrimination 2006年5月28日 (日) 12:43 (UTC)
双方の意見が噛み合わない以上、何らかの対処が必要です。そもそも女性差別についての記述は必要ありません。消すことで何か問題が生じますか? 不毛な議論を続けるよりは、消す方が賢明ではないでしょうか。それと、999777999様、普通に署名していただけないでしょうか。--鵺草 2006年5月29日 (月) 08:10 (UTC)
個人的雑感:五輪種目に関して 編集

世界規模での競技人口が決定要素として最も大きな比重を占めますので、男子シンクロを引き合いに出して男性差別であると決め付けるのは如何なものかと思います。
たとえばボクシングとスキージャンプは男子のみですが、女子の競技人口が増えていけば種目に入る日も来るかもしれません。男子シンクロも同じことです。
また、差別視点だけでは2012年から野球とソフトボールが廃止される理由の説明が付きませんし、たとえば陸上3000m障害は男子のみの種目ですが、これは性差別にあたるのかどうかなど、ややもすればジェンダーフリー思想に傾倒した議論に発展して収拾が付かなくなってしまう恐れがあります。

(以上の署名のない記述は 猫魂 氏によるものです。)

競技人口が少ないという理由ですが、ボクシングやスキージャンプは女子競技もありますよ。ジェンダーフリー思想に傾倒することが何か悪いのでしょうか?猫魂氏は男性差別思想に傾倒しているのではないのでしょうか?--真実を追究するもの 2006年5月15日 (月) 12:32 (UTC)
ここは「事典」ですので。--猫魂 2006年5月15日 (月) 12:45 (UTC)

保護理由はなんだろう? 編集

まず前のノートで分かったのは「いくら議論続けても収束しない」という事です。ひとまず保護した理由を見つけましょう。もし無いのであれば、「無い」で合意形成をとり、保護を解除してもらい、記事を含めた議論をした方が無難です。220.148.67.204 2006年4月27日 (木) 14:21 (UTC)

  • (理由は無い)「無い」に一票。これまで保護されていたのは編集合戦・差し戻しが理由でしょうが、もう少しこのノートページで必要な項目について議論し(ログインユーザーでの投票も手段の一つ)、その上で保護解除してしまえば良いと思います。--鵺草 2006年5月7日 (日) 08:13 (UTC)
  • なぜ編集合戦が行われたのでしょう?
    「ダラダラと事例が列挙されすぎて見づらい」「事典というより論文のようだ」「主観的な文章が多すぎる」
    という指摘に全く耳を傾けない人がいたからではないでしょうか。--猫魂218.119.218.10 2006年5月11日 (木) 05:37 (UTC)

そろそろ、保護解除した方が良いと思いますが、どうでしょうか?保護期間が長過ぎるので、気になる所も全然修正できません。収束してるかどうかは別として、もう時効にできませんか?また編集合戦でも起きた時に、再保護にすればいいと思います。せめて半保護程度へ保護緩和して欲しいと思います。--サトシ=アッシュ 2006年5月14日 (日) 07:56 (UTC)

現状のまま保護解除を行っても、また編集合戦を経て保護に逆戻ししてしまうことは明らかだと思います。Wikipedia:論争の解決#ステップ2: 第三者を交えて議論するに移行する必要がありそうです。O^tsuka 2006年5月15日 (月) 16:09 (UTC)
そうですね。どうも合意形成は難しいようなので、ステップ2への移行に賛成です。--猫魂 2006年5月16日 (火) 04:46 (UTC)
同じく、ステップ2への移行に賛成です。--Quina 2006年5月24日 (水) 15:24 (UTC)Quina
論点の要約を考えなければならないのですが、セクション名の通りこれといったものが思いつきません・・・。「主観的記述の扱いについて」等でしょうか?O^tsuka 2006年5月24日 (水) 17:08 (UTC)
女性差別の存在の有無は議論の種となっているように思えますが、これは女性差別の項に任せてしまえばよいのではないでしょうか。--鵺草 2006年5月25日 (木) 07:13 (UTC)
議論をしている本人が言うのも何ですが、同感です。結局過去ログと同じ流れになっていて、不毛な論争の元だと思います。過去ログ時点では文を残すことにこだわった方がいらっしゃったようですが、この場で改めて「また、現在の日本においては~」の文章は本項には不要との合意が得られる(あるいはステップ2で合意が得られる)のであれば、その方が良いと感じます。--Quina 2006年5月25日 (木) 11:51 (UTC)Quina
とにかく早めに保護解除の方向に進むようにすべきですね。確実に存在している女性差別が一部のイデオロギーによって無いと断言されているのは大いに問題。--Dposse 2006年5月27日 (土) 09:26 (UTC)
現在の日本において、女性差別が存在していないことは明白です。それにも拘らず、一部のイデオロギーによって「有る」と断言されている状態は極めて深刻な問題です。そもそも、ここは男性差別の項目であり、一部論者の議論の対象となっている「女性差別」の項目じゃない。「女性差別」についてはその項目で議論すべき問題。--999777999 2006年5月27日 (土) 20:18 (UTC)
はい。仰るとおり「女性差別」についてこの項で取り上げるべきではありません。私は女性差別がなくなったとは思いませんが。女性差別の記述を削除して議論を収束させる、ということで如何でしょう。これ以上この議論を続けたくはありませんし、続けるだけ無意味です。--鵺草 2006年6月3日 (土) 12:18 (UTC)

>保護理由はなんだろう?
保護理由は女子校リストを記載するか否かではないですか(この編集を参照)? 自分は冗長だと思っているので詳細なリストは不要だと思いますが。「短期大学○校」程度にする分には構わないのですが。ノート:男性差別/2006年4月#女子校データについてに詳しくあります。--経済準学士 2006年6月3日 (土) 12:28 (UTC)

私も不要だと思います。--鵺草 2006年6月4日 (日) 05:45 (UTC)
女子大学のデータは必要だと思います。--antidiscrimination 2006年6月5日 (月) 03:00 (UTC)
それは全ての女子高のリストを羅列するという意味ですか?--鵺草 2006年6月7日 (水) 11:29 (UTC)
自分は全ては必要じゃないと思いますが、数を書く分は問題ないと思います。全て書いてたら冗長になり読みにくいと思います。--サトシ=アッシュ 2006年6月7日 (水) 12:49 (UTC)
とりあえず大半が解除賛成しているようなので誰か保護解除出してください。--Funbolt 2006年6月25日 (日) 20:19 (UTC)

櫻井よしこ氏は書かれているような男性差別発言は一切していません 編集

1.3 日本国内の例  1.3.5 その他の法律や制度によらない社会的偏見・差別

(さかもと未明、櫻井よしこなど、一部の女性オピニオンリーダーに至っては、 「男性は強く逞しく弱音を吐かず、甲斐性があらねばならない」と男性にばかり 強さを求めることを当然視する男性蔑視思想を持ち、 「今の日本の若い男性が弱々しくて頼りがいがない」と詰り、誹謗中傷し、 韓国との対比で徴兵制がないことに原因を帰着させて、 徴兵制を強制することを主張する者さえいる。)


櫻井よしこ氏に関しては上にあるような主張は全くしていないはずです。 この櫻井発言とされるものは、週刊文春に載った野田聖子氏による記事と勘違いしている事は明らかなので、 「櫻井よしこ」を「野田聖子」に差し替えるようお願い致します! また、もし櫻井氏が上にあるような発言を確かにしたというのであれば、ソースを提示していただきたいです。

とんがり帽子2006-05-27 12:15:43 special:contributions/219.104.182.176(偽署名に打ち消し線、および履歴より署名追加--ikedat76 2006年5月27日 (土) 12:59 (UTC)

「週刊文春に載った野田聖子氏による記事」とはどのようなものなのでしょうか?前文を提示していただきたい。--999777999 2006年5月27日 (土) 20:18 (UTC)
もし間違ってたら大問題ですねこれは。早めに保護解除すべきかと-- Funbolt 2006年6月25日 (日) 19:43 (UTC)
櫻井よしこ氏が、『文藝春秋』紙上で、韓国の政治状況に関する小論を書いたときに、ペ・ヨンジュンを引き合いに出して、「あのヨン様も兵役を果たしていることを忘れてはならない」等と韓国の徴兵制度を賛美する記述をしていたのは事実です。(実際は、ペ氏は視力の関係で兵役を免除されているのに、そのことを知らないでいい加減に書いたようだ。)--abolitionist 2006年6月28日 (水) 04:54 (UTC)
(追記)おそらく、2005年3月号の『文藝春秋』に掲載された「ヨン様と靖国──韓国新実力者に聞く」という文章だったと思います。--abolitionist 2006年6月28日 (水) 05:08 (UTC)

AT限定運転免許にかかる固定観念 編集

保護が掛けられているようなのでこちらに書いていきますが、「AT限定運転免許にかかる固定観念」について一筆だけ加筆してみてはいかがかと考えています。オートマチック限定免許#限定の対象にも既に書かれてはいますが、こちらの記事でいずれかの部分を(合意の元で)編集する機会がありましたら、一緒に加筆していただくようご検討いただければ幸いです。加筆するなら、#両性に対する社会通念・イメージ・感覚・固定観念の部分でしょうか。--Tan90deg 2006年6月13日 (火) 11:59 (UTC)

コメント依頼について 編集

コメント依頼を提出してきました。数ヶ月に渡る編集保護は流石に問題があります。Wikipedia:論争の解決#ステップ2: 第三者を交えて議論するへ移行しようと思います。--サトシ=アッシュ 2006年7月10日 (月) 19:46 (UTC)

コメント依頼を見て来ました。議論をしにきたのではありませんので、よろしくお願いします。その前に、まずサトシ=アッシュさん、コメント依頼のところには署名をしないよう推奨されていますので、指摘させていただきます。また「査読をお願いします」ともあるのですが、査読は査読依頼に出すべきであって、コメント依頼に出すべきものではありません。「査読」の語の用法を間違われておられるのではないかと思うのですが、これも指摘させていただきます。
で、コメント依頼にあった説明の「女性差別」についてですが、私は女性差別のことは女性差別の項に書けばいいだろうと思います。男性女性は対になる言葉や概念ですのでまったく触れてはいけないとも思いませんが、詳細はいらないだろうと思います。しかしながら、上の議論などを拝見すると、「存在する」とか「しない」とかで紛糾されているようです。紛糾するのだったら、ここでは積極的に触れないようにしたほうが賢明かもしれません。とはいうものの、女性差別の項も差別の項もご覧のありさまですので、根本的な解決にはならないようにも思います。第三者として無責任な感想を述べさせていただければ、正直どうしようもないなと感じました。
そこで提案です。差別の項を見てもわかるように、その語にはいくつかの意味があります。しかし、この説明でも私は不完全であると思います。法の下の平等の項にあるように、「平等」というのは「形式的平等(機会の均等)」「実質的平等(結果の平等)」などがあります。これに至っていないことを「差別」というのではないかと認識していますが、そうであるならば、たとえば「形式的差別」や「実質的差別」のようなことがあるのだと思います。まず議論されている方に、自分のいう差別はどちらの意味での差別なのかということを考えていただきたいなと思います。その上で話し合われてみれば、もしかしたら「なるほど、どちらも正論だ」ということになるかもしれません。あるいは、「結果として男女の扱われ方が異なっている」ということのみで「差別」と言えるのだろうかということもありますが、これも差別として扱うべきかどうか話し合われるといいのではないかと思います(不利益をこうむらないと考えられる場合は差別ではないとの定義をしてみれば、単なる男女の区別は差別ではないかもしれません。そのいっぽうで、それは昔からの風習や慣習や既成概念にすぎないという指摘もあっていいとも思います)。
ただし、いずれにせよここは「自分の考えや研究」を書くべきところではないですので、できるだけ信頼性のある資料をもとにして記事を執筆されたほうがいいというのはいうまでもありません。「自分はこう思う」だけでは、この議論は終息しないように感じます。論文や書籍、あるいは報道などで誰かがこう述べているということがあるのなら、それを書けばよいと思います。反論もあるのであれば、誰かはこう言っていると書けばよいと思います。
記事については実例がひじょうに多く、まあ読んでみるとそれなりに「なるほど」と思わないではありませんが、さすがに多すぎやしませんか。また、個別の○○店○○社ではどうなっているかなどは、紹介する必要性があるかどうか疑問に思います。おかげで、「男性差別というのはどういうことを言い、現状はどうなっていて、どうしようとの動きがあるのか」などのことがかすんでいるように感じます。
たとえば「男は裸を見られてもかまわない」という既成概念にもとづく差別であるとか、「男は体力に優れている」という既成概念にもとづく差別であるとか、あるいは過去の家父長制度にもとづく「男は家を守るもの(稼ぐもの)」的な考えにもとづく差別であるとか、そのような観点で簡潔にまとめてみたらいかがでしょうか。しかし当然「男はこうあるべきだ」と考えている男性もいるでしょうし、それで問題ないこともあるでしょう。では、そうした差別があったとき、誰が不利益をこうむるのでしょうか。「男は体力に優れている」ということで差別が行われている場合に不利益をこうむるのは、体力がかんばしくない男性でしょう。ですが、これは男性差別という面といわゆる弱者の差別という面の2面があるようにも感じます。ちょっとむずかしいですね。あと、それらをなくそう、問題視しようとの動きがあるのかないのかなどについての言及が少ないなと感じました。
議論は個人の信念(?)のぶつかり合いのようにも感じましたので、たぶん短時間で八方丸くおさまるというのはむずかしいようにも思いましたが、以上のようなことをコメントさせていただきます。なにか勘違いなどありましたらごめんなさいです。よい記事をつくってください。222.158.122.64 2006年7月19日 (水) 03:25 (UTC)
ありがとうございました。ここを編集している他のウィキペディアンさんも読んでいただけると助かるなと思います。後、依頼の方法に結構ミスがあったみたいで済みません。お詫びいたします。--サトシ=アッシュ 2006年7月20日 (木) 11:44 (UTC)

どこに書いていいかわからなかったのですが、「男性学」を教えている大学はあります。 東京都町田市にある和光大学には「女性学」と並んで「男性学」の講義が存在します。 保護が解かれて編集できる状態になったら訂正していただけるとありがたいです。--222.225.188.74 2006年7月21日 (金) 20:06 (UTC)

取り上げ方に問題がある記述がある 編集

保護がかけられているようなのでここに書きますが、まず両性に対する社会通念・イメージ・感覚・固定観念で「女性は「処女」と呼ばれ、純潔であると肯定的に評価される」とありますが、これは一面的な見方で処女は失えば場合によっては人間としての価値さえ失うかのような扱いを受けます、処女の尊さというのは原始宗教と男性主体の女性の価値を値踏みする価値観を「肯定的」と見るのはあまりに一面的な見方で、これは童貞である事が劣等的に捉えられる事実のみを文章に記すべきではないかと思われます。同様に法の下の平等の「レイプの量刑が、女性が犯人の殺人事件の量刑よりも重いことがしばしばある」という記述も無意味だと思われます、女性によってはレイプは殺人に匹敵する犯罪だという訴えさえもあるのですが、この件も殺人罪の量刑は男女同様ににすべきだという記述で間に合う筈です。あと経済・商業活動に関連する差別の「事実上男性客を締め出すような新型コンビニ「HAPPILY(ハピリィ)」を開いた」というのも男性入店禁止でない限り差別ではなく、この記述自体が単なる僻みにしか見えません。--61.214.156.2 2006年7月19日 (水) 12:25 (UTC)

「処女は失えば場合によっては人間としての価値さえ失うかのような扱いを受けます」とありますが、「場合によっては」とは具体的にどういう場合のことなんでしょうか?それから、「女性によってはレイプは殺人に匹敵する犯罪だという訴えさえもある」との記述が見受けられますが、それは言いがかり・詭弁にしか感じられません。レイプは殺人とは異なって、時間がかかっても、後日、楽しい人生が再び訪れる可能性が残されています。殺人は被害を受けてしまえば、二度と、被害者が人生を謳歌することは不可能です。同等に捉えることは、断じて出来ない。--abolitionist 2006年7月23日 (日) 04:22 (UTC)
いや~、問題がある記述はてんこもりでしょう。211.133.6.218 2006年7月19日 (水) 15:20 (UTC)
取りあえず、これだけ記述があると読みにくいので、同類項は同類項でまとめてしまった方がいいのではないでしょうか?あとは余りにも一面的な文章は全て削除する方針で。--59.158.229.155 2006年7月20日 (木) 05:45 (UTC)

どこに書いていいかわからなかったのですが、「男性学」を教えている大学はあります。 東京都町田市にある和光大学には「女性学」と並んで「男性学」の講義が存在します。 保護が解かれて編集できる状態になったら訂正していただけるとありがたいです。--222.225.188.74 2006年7月21日 (金) 20:06 (UTC)

「差別を受けている側」が(例え主観であろうと)訴えている事例が『記述自体が単なる僻みにしか見えません。』で済まされてしまうのでは、どのような差別も無くならないと考えます。 「人を殺した男性の量刑、人を殺した女性の量刑」と「女性を強姦した男性の量刑、男性を強姦した女性の量刑」について、データの提出をお願いします。 両論併記のような苦肉の策には賛成できますが、誰かの主観で文章が闇雲に削除されることはとても怖い事だと思います。--219.11.252.1 2006年7月28日 (金) 15:25 (UTC)

「趣味に対する許容度の差。現在の日本では、女性の趣味に対してはかなり寛容である。その一方、男性の趣味に対しては極めて狭量である。例えば、いわゆるサブカルチャーに当たる趣味を持つ場合、それが男性の場合は「おたく」として異性はもちろん同性からも否定的に評価されることが多く、度合いによっては人間性さえ否定されることがしばしばある。」とありますが、それは言い切れることではないと思います。特に最近では女性の「おたく」のことを「腐女子」などと呼ぶ傾向もあるようです。男性のサブカルチャーを趣味に持つ人のみを否定的に評価し、女性に対しては寛容という内容が現状に合致しているならば「腐女子」などという表現は存在しないとおもいます。 以上の理由により1週間以内に反対意見等が出ない場合当該部分(上記)を削除したいと思います。--ゴリラッパ 2006年9月9日 (土) 04:18 (UTC)

保護解除依頼を出してもいいですか? 編集

取りあえず第三者の意見も聞き終わった所ですし、保護解除を希望している人も流れを見る限り少なくない様です。保護解除依頼を出そうと思うのですが、皆さんはどうお考えでしょうか?

  • 全面保護解除をするべきだ
  • 半保護に緩和すべきだ
  • まだ保護解除をするには尚早なので、現状のままで

色々な意見があると思いますが、ご意見よろしくお願いします。--サトシ=アッシュ 2006年7月29日 (土) 05:15 (UTC)

もう少しだけ話し合った上で、まずは「半保護」にするのが良いと思います。全面解除はその後でじっくり話し合ってから。--鵺草 2006年7月29日 (土) 06:19 (UTC)
わかりました。他の人のご意見もお待ちしております。--サトシ=アッシュ 2006年8月2日 (水) 05:43 (UTC)

膨大な女子校リストを作成しないことで合意として、保護解除をすればいいと思う。解除後、合意がなく、膨大な女子校リストを作成した場合は荒らしと認定して、対処すればいいと思う。--経済準学士 2006年8月2日 (水) 14:09 (UTC)

女子校については同感。女子校の数は如何しましょう。載せますか? あと、他に今話し合うべきことはあるでしょうか。--鵺草 2006年8月3日 (水) 04:18 (UTC)

女子大学と男子大学の数・種類の差が極めて大きいことを示すことは、事典として意味のある事ではないのでしょうか?数だけではいまいちイメージが掴めないのを、実際に具体的な学校名を挙げることで実感が沸く効果があると思います。どこの大学が女子学生だけを入学させて、男子は入学禁止にしているのか一目瞭然で分かりやすい方が良いと感じる。--abolitionist 2006年8月3日 (木) 08:50 (UTC)

女子校の数を個別に記載するので十分でしょう。ここは女子校が多くあることによる男性差別のみを記載する記事ではないし、膨大な女子校リストが存在したら読みづらく、百科事典としての機能を低下させてしまいます。百科事典には読みやすさという要素も必要なのではないでしょうか。--経済準学士 2006年8月3日 (木) 12:01 (UTC)
もちろん、女子大学のリストのみの項目ではありません。しかし、女子大学が数多く存在し、種類も多種多様にあるのにも関わらず、男子大学が私立短期大学一校のみという、極めて深刻な男性の単性教育を受ける権利の侵害状況をダイレクトに分かりやすく伝えるのは、リストアップしかないと思います。読みにくいという指摘ですが、女子大学のリストがあったからといって、特段、読みにくくなるとは思えません。それよりも、正確な詳しい情報が掲載されないことによる弊害の方が大きいと感じます。百科事典の機能には、読みやすさも重要ですが、正確な情報の提供という役割も極めて重要な要素です。--abolitionist 2006年8月3日 (木) 20:29 (UTC)
ウィキペディアはナレッジ・ベースではありませんから少なくともリストは不要でしょうし、男子大学が少ないことを男性差別と結びつけることは、Wikipediaが禁じる独自の調査に該当する可能性があります。従って男性差別と結び付けて記述する場合には、出典を示すことが不可欠であると思います。
保護解除に当たっては、執筆の際は検証可能性や独自調査の禁止の方針を守ると言うことも(当然ですが)確認したいと思います。O^tsuka 2006年8月4日 (金) 16:52 (UTC)
リストが不要だとは思いません。男子大学が私立短大一校だけで、女子大学が数多く存在することは、男性差別じゃないというのでしょうか?--abolitionist 2006年8月4日 (金) 18:08 (UTC)
投票で決めてはどうでしょう。論点は「女子大学のリストを掲載すべきか否か」で、期限は1週間ぐらいにして。どうします?--鵺草 2006年8月7日 (月) 02:30 (UTC)

この議論には初参加で、何故こういう議論になっているのかわからないので恐縮ですが。。。
まずは日本の女子大学一覧として一覧記事を作成するのが良いと思います。その一覧は男性差別という現象以外に対しても有用な項目でしょうから。また、この記事においてはオリジナルリサーチでないことを示すためにも参照文献を付けて、「○○[1]は、女子大学が○校存在することは男性差別であるとしている。」といった文章をまずは追記してみてはいかがでしょうか?(すみませんが、丸の箇所を埋めた文を作っていただけませんか?) Masao 2006年8月7日 (月) 03:29 (UTC)

既に男女別学校の一覧という記事がありますね。するとこの記事で女子大学を列挙する必要がありません。--鵺草 2006年8月7日 (月) 04:20 (UTC)

男性差別ノート / 履歴 / ログ / リンク元 編集

ノートにて合意されましたので、ページの保護解除をお願いします。--202.222.154.45 2006年8月11日 (金) 10:22 (UTC)


保護解除依頼に、以下のようにありました。

もうそろそろ保護を解除すべきだと思います。 --以上の署名のないコメントは、202.222.154.19会話投稿記録)さんが 2006年8月13日 (日) 10:55 (UTC) に投稿したものです(Dojo 2006年8月13日 (日) 16:37 (UTC)による付記)。

合意形成に努めましょう。まずは経済準学士様の仰るとおり、「膨大な女子校リストを作成しないこと」についての合意形成。前にも書きましたが、既に男女別学校の一覧という記事がありますので、リストはそちらに任せればよいと思います。如何でしょうか。--鵺草 2006年8月15日 (火) 05:59 (UTC)

一週間経過しましたが異議がないので、「膨大な女子校リストを作成しない」という合意がなされたと判断します。また、上の議論で「『女性差別』について言及しない」ということについての合意はなされています。他に保護を継続する理由は見当たらないので、保護解除依頼に出してきます。また、私の編集(引用)によりこのノートページの削除が提案されていますが、それについての議論・処分は他の方々にお任せします。--鵺草 2006年8月22日 (火) 08:06 (UTC)

編集理由 編集

2006/8/29編集について

  • ベックスコーヒーについては、リンク先に記載がなかったので削除。
  • 東横インについては、リンク先に記載がなかったので箇条書きにしました。たしか今年2月くらいのブロードキャスターか何かで、同様の趣旨を言っていたはずなのでこちらは残してあります。法令違反を起こした会社を「社員ほぼ女性!」って例にだしているのも皮肉がきいてるなぁ。
  • 男女雇用機会均等法ですが、これは男性に比べ女性は筋肉が少ない(70%くらい)から重量について規定があるわけで、これを差別って言うのは違うというか言いがかりになっちゃうでしょ…ということで削除しました。また「力仕事は男性に多い、過労死、過労事故が男性に多いのもこれに関係がある」という記述については、ホワイトカラーにも過労死はわらわらいるので削除しました。他、個別企業の事例についてはインデントを下げ、語尾など直しました。--Etoa 2006年8月29日 (火) 05:31 (UTC)
男性に比べて、女性が筋力が弱いという根拠はありません。平均値ではそうなるのかもしれないですが、個々人の筋力を見れば、男性の平均値以上の筋力を持つ女性も居るし、女性の平均値以下の筋力を持つ男性も居ます。男性か女性かで、一律に筋力の有無を決めて、男性にのみ重労働を押し付けることはナンセンスです。--革命的マスキュリストX 2006年8月30日 (水) 15:16 (UTC)
革命的マスキュリストX氏に賛成です。性差より個体差の方が大きいことは明白であり、言いがかりとは言えないでしょう。--鵺草 2006年8月31日 (木) 06:48 (UTC)
個々人の例を出されても…。男性・女性全体としてみたときにどうか、という話じゃ。文部科学省の体力テストの結果を見る限り、男性に比べて、女性は筋力が弱いということは明白なのですが。性差より個体差の方が大きいという明白な資料があれば、提示の方をよろしくお願いします。--Etoa 2006年8月31日 (木) 12:54 (UTC)
  • 細かいことですが、"2.3.3.1 教育"の学習院中等科の記述について、赤ふんどしを強要されるのは在校中1度行われる沼津遠泳という行事だけですので訂正しました。これは学習院院長の記述「赤ふんどしの沼津遠泳」[1]にも示されています。また訂正前は"男子生徒のみ強要"とありましたが、学習院中等科(訂正前は中等部、正しくは中等科)はそもそも男子校のため「女子生徒の前で男子生徒のみ強要」という意味はありませんので、記述を変更致しました。--219.15.116.89 2006年9月4日 (月) 09:04 (UTC) 履歴より付記。--Etoa 2006年9月8日 (金) 05:16 (UTC)

2006/9/8編集について

  • 「男性と言うだけで一律に生活保護を拒否~」は、出典が見つからなかったのでいったんコメントアウトしました。ただしこれが男性の自殺者が多い原因とするのは個人的な意見として削除しました。
  • 女性の支給年が早いのって年金制度設計の際に男女どちらが働いてたかという話で、平均寿命の男女差を比べたわけじゃないと思いましたが…
  • 母子家庭と父子家庭の公的支援に差があるのは、父子家庭に比べて母子家庭は経済状況が苦しい場合が多いからです。--Etoa 2006年9月8日 (金) 05:16 (UTC)
> 母子家庭と父子家庭の公的支援に差があるのは、父子家庭に比べて母子家庭は経済状況が苦しい場合が多いからです。
根拠または出典希望。--鵺草 2006年9月8日 (金) 12:45 (UTC)
母子家庭のほうが父子家庭よりも経済状況が苦しいというのは男性と女性の平均収入の差などからも読み取れるのではないでしょうか。また、女性の場合は男性と比べ結婚する際に仕事を退職する場合が多いと言えると思います。そういった場合、結婚する際にそれを理由として退職するケースが少ない男性と比べ収入の差がまた生じてしまうと思います。その二点より、「 母子家庭と父子家庭の公的支援に差があるのは、父子家庭に比べて母子家庭は経済状況が苦しい場合が多いからです。」ということの説明がつくのではないかと思います。--ゴリラッパ 2006年9月8日 (金) 12:54 (UTC)
男女で分けることに正当性はあるのでしょうか。経済的に余裕のある女性もいれば、余裕のない男性もいます。「起業家は金があるだろうから『起業家とその子からなる世帯』は優遇しない」「沖縄県民は平均所得が少ないから『沖縄県の母子家庭・父子家庭』は優遇しよう」などと言ってよいのでしょうか。何故分ける基準が「男女」であるのかの理由を明確にしてください。また、「結婚する際にそれを理由として退職する」か否かは本人の自由ですし、結婚の話は母子家庭・父子家庭の話とは直接関係はありません。--鵺草 2006年9月11日 (月) 08:28 (UTC)
確かに鵺草さんの言いたいことはわからなくはないが、「母子家庭と父子家庭の公的支援に差があるのは、父子家庭に比べて母子家庭は経済状況が苦しい場合が多いからです。」という内容に対しての根拠は記した。--ゴリラッパ 2006年9月11日 (月) 08:36 (UTC)
確かに「苦しい場合が多い」理由は記されています。それ故に「母子家庭と父子家庭の公的支援に差がある」という事実もわかります。ただ、これは公的支援に差があることの正当性を示しているものではありませんし、Etoa様による記述の削除の正当な理由ともなり得ません。あくまで事実は事実として記すべきでしょう。--鵺草 2006年9月11日 (月) 09:10 (UTC)

(インデント戻します)ゴリラッパさん、お疲れ様です。。
>鵺草さん
>経済的に余裕のある女性もいれば、余裕のない男性もいます。

男女間の体力の時にも言いましたが、個別の事例を出して何が言いたいのかと。男性差別は、男性というグループと女性というグループ間で男性に対する差別がある、という話でしょうに。

>「起業家は金があるだろうから『起業家とその子からなる世帯』は優遇しない」

母子家庭にのみ支給される児童扶養手当はちゃんと所得制限があって高所得者はもらえませんが?

>「沖縄県民は平均所得が少ないから『沖縄県の母子家庭・父子家庭』は優遇しよう」

その沖縄県内において、男女の所得格差が存在することはスルーですか?

>男女で分けることに正当性はあるのでしょうか。
>何故分ける基準が「男女」であるのかの理由を明確にしてください。

夫婦が離婚して一人親家庭が出来る際に、男女以外に区別する分類があったらぜひとも教えてもらいたいんですが。

>「結婚する際にそれを理由として退職する」か否かは本人の自由ですし、結婚の話は母子家庭・父子家庭の話とは直接関係はありません。

関係あります。女性は結婚の際に退職することが多いことも母子家庭の収入が低い要因の一つです。

>これは公的支援に差があることの正当性を示しているものではありません

鵺草さんは何を論点にしたいんですか?私は「経済的に苦しい状況にあるグループ(ここでは母子家庭)を行政が支援するのは妥当。ここで経済的に裕福なグループが「俺たちが支援を受けられないのは差別だ」と言うのは単なる言いがかり」と判断して記述を削りました。あと議論の対象は母子家庭、父子家庭への支援ですよ。--Etoa 2006年9月11日 (月) 09:59 (UTC)


何を言っているのか良くわからないのですが。

> 男性差別は、男性というグループと女性というグループ間で男性に対する差別がある、という話でしょうに。

だからこそ、その「差別」の不当性を示すべく、個別の事例を出すのでしょうが。現実に行われている「差別」の記述を消すわけには行きません。グループとして見るから、差別なのでしょう。

> 母子家庭にのみ支給される児童扶養手当はちゃんと所得制限があって高所得者はもらえませんが?

では、企業家ならば高所得者であるといえるのですか? 「男性ならば女性より所得が高い」と言えないのと同じことです。

> その沖縄県内において、男女の所得格差が存在することはスルーですか?

地域間格差も男女間格差も一緒です。男性の中においても、地域の所得格差が存在することはスルーですか? 男女で分けるのであれば、地域でも分けるべきであり、職業でも分けるべきであり、…… 際限がありません。

> 男女以外に区別する分類があったらぜひとも教えてもらいたいんですが。

区分しなければ良いのでは? どうしても区分したいのであれば、やはり地域でも、職業でも、……

> 鵺草さんは何を論点にしたいんですか?

言いたいことは一つです。「有用な記述を消すな」

> 経済的に苦しい状況にあるグループ(ここでは母子家庭)を行政が支援するのは妥当。

父子家庭ならば経済的に苦しくないと言えるのですか? 母子家庭ならば経済的に苦しいといえるのですか?

--鵺草 2006年9月11日 (月) 10:34 (UTC)

「有用な記述を消すな」とのことですが、父子家庭への支援体制が母子家庭と比べて少ないのは事実で、そのことを抹消しようとかそんなつもりはまったくありません(一人親家庭#行政支援に今後の支援の重要性についての部分を記載したりしてます)。で、少ないのが差別かどうかですが…その前に話の前提を確認したいのですが、母子家庭と父子家庭を比べた場合経済状況がどうなのか、鵺草さんは知っているのでしょうか?あるいは調べてますか?--Etoa 2006年9月12日 (火) 09:25 (UTC)
物事の感じ方は人それぞれですがこの場合やはり差別というよりは・・・と言った感じですね。それとEtoaさん「鵺草さんは知っているのでしょうか?あるいは調べてますか?」というのは多少挑発的なような・・・。鵺草さんも持論のもとで述べられておられるようなので・・・・。ここはみな中立でかつ平等な立場での議論ですから仲良くやりましょう。--ゴリラッパ 2006年9月13日 (水) 07:56 (UTC)

「母子とか父子とかで分けずに収入で分けろ」 以上は121.114.67.129 (2006年9月15日 (金) 09:34)(UTC)による編集。--Etoa 2006年9月15日 (金) 12:34 (UTC)

Etoaさんは、 「男性差別は男性というグループへの差別だから、個人について比べるのは間違っている」 とお考えになっているようですが、その認識は少しずれているのではないかと思います。

男性差別を含む多くの差別は、AとBというグループがあったときに、Aのグループであるというだけで(その他の事情などは考慮されずに)不利な扱いを受けることである、と言えます。 これに当てはめると、父子家庭は、父子家庭というだけで母子家庭と比べて(収入などの事情は考慮されずに)不利な扱いを受けている、となります。 このことを指摘しようとすれば、

「父子家庭でも収入が少ない場合もあれば、母子家庭でも収入が多い場合がある。しかし、実際は父子家庭は父子家庭であるというだけで補助が受けられないことが多い」

のようになります。121.114.95.197 2006年9月16日 (土) 10:45 (UTC)収入に関する話ですので、見やすさを考慮してそれに関連する編集の場所に移しました。--Etoa 2006年9月18日 (月) 03:10 (UTC)

「その認識は少しずれている」とのことですが、全体の傾向と大きく外れた特殊例同士を比べるのは不適切と思っています。母子家庭と父子家庭の高額収入について言えば、例えば就業構造基本調査(平成14年)を見ますと年間所得が500万以上の家庭については母子家庭、父子家庭ともに数はほとんど変わりません。一方で母子家庭のみ収入が下がるにつれて、加速度的に数が増えます。一人親家庭全体から見た構成比ですと、所得300万円未満の母子家庭は71%、父子家庭は3.4%となります。もう一点、上記発言を補足するなら、母子家庭に比べると、父子家庭において経済的支援はニーズが少なくなります(父子家庭は「家事」が一番困る。母子家庭は、家計等経済的困窮が一番困る)。少ないから無視して良い、というものではありませんが、父子家庭に対しては経済支援よりも他に優先順位が高い行政支援ニーズがある状況を無視して、二項対立の考え方のみでもって経済支援を男性差別だと叫ぶのは、現状と乖離した言いがかりだと思います。--Etoa 2006年9月18日 (月) 03:10 (UTC)

2006/9/15の編集について

  • 「配偶者からの暴力の実態」については、元の資料となる警察庁の資料でそうなっているため、ここで男女共同参画局のものとして言及するのは的はずれ。また、警察庁の統計で男性配偶者を別記しているが、配偶者は男性と女性しかおらず、男性を出せば女性も分かるし、統計で一番数が多いものを出すのは他の指標でも普通に行われている。ここで差別として挙げるのはちょっと違うので削除しました。
  • 「潜在する被害」については、言いたいことがかぶっている部分をスリムにしました。--Etoa 2006年9月15日 (金) 12:34 (UTC)

2006/9/26の編集について

  • シンボルマーク部分は書きぶりをすっきりさせました。女性への暴力を特設項目については、数が多い方を特設してるわけなので記述を削りました。そちらの方が多いからで各自治体云々については、男女共同参画局が音頭を取っているわけではないので削りました。
  • 配偶者からの暴力の実態については、男性が相談しづらくて潜在化している可能性についてはすでにそのすぐ上の部分で書いているのでないよう重複として削除しました。--Etoa 2006年9月26日 (火) 05:43 (UTC)

2006/12/8の編集について

  • 男女間の概念の項でテレビに言及している部分は根拠が不明であり、また断定的に書ける性質のものではないため削除しました。
  • 刑事裁判で女性の証言ばかりが取り上げられるというのが一般的実態ならセカンドレイプは問題にならないはずです。疑わしいのでコメントアウト。
  • 「法の下の平等」の節で誤解に基づいているもの、感情的なものを削除しました。
    • 「嫌がる性交を迫った場合強姦罪が成立する。が嫌がった場合は性の不一致の恐れが有るとされて離婚の正当な理由として認められる。」:まず、夫婦間で強姦罪が成立した判例は存在しますが特殊な事件です。次に、この事件と同様の状況で妻が夫に性交を強要すれば強制わいせつ罪が成立します。最後に、妻が性交に応じないのも離婚の正当な理由として認められており男女の差はありません。
    • 「男性が浮気をしたら責任の大部分は男性にあるとされ、女性が浮気をしたら男性にも責任があるとされる」:社会通念上の話であり「法の下の平等」の節にふさわしくありません。社会通念としても疑問なのでとりあえず消しました。
    • 「13歳以下の男女によるお互い合意性交では、男性だけがに訪われる。」:14歳未満の少年は刑事責任を問われません。また「以下」は「未満」の誤りでしょう。
    • 「男女合意の性交でも妊娠中絶費用は男性側が負担しなければならない。」:これも「法の下の平等」とは無関係なので「社会的偏見・差別」の節に移動した上書き改めました。
    • 婚約結婚)で男性がインポテンツ(性交不能)だった場合離婚は認められるが、女性が不妊体質の場合は認められない。」:男性不妊は離婚の理由になりませんし、女性の性交拒否は理由になります。女性が結婚後に何らかの理由で性交不能になった場合は分かりません。いずれにしても、性生活の問題は夫婦生活が破綻していることの一つの根拠に過ぎず、これだけで離婚が認められるわけではありません。
  • 丸刈り、ふんどし一丁の項から中立性に著しく反する部分を除きました。
  • 人事異動に関する差別について、総合職・一般職のコース別採用との関係が不明なのでコメントアウト。
  • 趣味の項で挙げられている例が少々的外れに思えるので書き直しました。
  • コンパにおいても基本的に学生であっても男性が大半~全部を払うことが多い。」は一般的傾向かどうか疑わしいのでコメントアウト。地域差でしょうか? --Ororon 2006年12月8日 (金) 17:24 (UTC)

2006/12/11の編集について

  • 男女共同参画局のホームページ構成が変わっていましたので、いったんコメントアウトしました。つうかこの部分について思うんだけど、被害者が多い方に焦点をあてることは差別なのかなぁ…?--Etoa 2006年12月11日 (月) 10:24 (UTC)

2006/12/12の編集について

  • 法律部分
年金は以前ノートで言ったとおり。嫌がらせはその他に移しました。セクハラは男女雇用機会均等法の改正で男性も対象になったので削除。
  • 教育部分
女子大部分は言いぶりを簡素化。採用での女子特別枠は後述。
  • 勤労部分
シャープの女性枠部分削除。後述。
  • 経済部分
経済産業省の女性の起業支援部分削除。上の理工系、シャープの女性枠でもそうなんだが、客室乗務員を引き合いに出して「女性ばっかで男性が採用されてない。差別だ」と言っておいて、男性が多いところでは「男性ばっかで女性が採用されてない。差別だ」と主張していないのはなぜ?整合性が取れてないです。プリクラはその上の女性用サービスで同じこと言ってるから削除。サービスエリアのトイレに入ってくるって…その入ってくる個人の問題で施設が認めてる訳じゃないので削除。
  • 報道部分
化粧部分は、その他で同じことを言っているので統合。
  • 男女共同参画局
被害者の要望別支援で夫と妻両方書いてるし、どっちかだけといこともないでしょう。あと昨日も書いたが、被害者が多い方に焦点をあてることが差別というのには違和感があります。削除しました。--Etoa 2006年12月12日 (火) 04:42 (UTC)
シャープの女性枠や経済産業省の起業支援については、女性特有のハンデを除こうというものではなく典型的なアファーマティブアクションなので、アファーマティブアクション自体の是非という視点からも、また男性へのアファーマティブアクションが事実上認められないという視点からも取り上げる価値があると思います。それと「男性ばっかで女性が採用されてない。差別だ」は肉体労働のところにちゃんと書いてありますよ。
被害者が多い方に焦点をあてることの是非ですが、単に典型的なケースとして男→女の暴力を挙げるようなことは必ずしも差別とは言えないと思います。しかし少数派が不合理な損害を被ることになれば不平等にあたり、それが法や社会通念で正当化されれば差別にあたります。あとは合理性の基準ですが、学者などが問題にしていたり社会運動が起きていれば不合理な差別の候補として取り上げていいと思います。例えばDVでは、妻から夫への暴力が多くの統計で無視できない数字として出てきますが、支援が不足しているという専門家の意見はなかなか見当たりません。一方、父子家庭支援が足りないという専門家の意見は多数あるので、ここで取り上げる価値は十分にあります。 --Ororon 2006年12月12日 (火) 08:50 (UTC)
男性差別に書くなら、他の記述との間で整合性を取って欲しい(女性ばっかの環境に男性が登用されないのは男性差別と言い、一方で男性が多い環境で女性が登用されないのは女性差別と言わず、逆に女性が積極的に登用されようとすると男性差別と言う)なと。それと、「男性ばっかで女性が採用されてない。差別だ」と書いたのは雇用の人数についての話としてです。肉体労働となると性差とか法律とか社会的慣習とかが入ってくるので、雇用人数の是正についての話と一緒に語るのは不適切だと思います。
男女共同参画局については、DVへの支援方法について夫婦を片方に限定せず記載しているのは前述したとおり。これが妻だけに限定していれば突っ込みどころもあるでしょうが。で、男性被害の2倍の構成比となっている女性被害にまずは焦点が当ててあっても良いんじゃ。父子家庭支援については、国会答弁でも支援の必要性が話題になったことがありますね。経済的なニーズよりも家事の支援の方がニーズが高いですが。そこら辺は上の方の9月18日付けの編集ですでに述べたとおりですので、ご参考にしていただければと思います。つうか男性差別が無いなんてかけらも思わないし実際あると思うけど、この記事に関して言えばもうちょっとこう、言いがかりみたいな記述が減って「うんうん、そうだよね」と納得できる記述になって欲しい。。--Etoa 2006年12月12日 (火) 10:54 (UTC)
「女性ばっかの環境に男性が登用されないのは男性差別と言い、一方で男性が多い環境で女性が登用されないのは女性差別と言わず、逆に女性が積極的に登用されようとすると男性差別と言う」ですが、特に整合性に問題は無いと思います。管理職などに女性が少ないのは、労働環境の問題で女性を使いにくい、育てにくいといった理由が大きく、意図的に女性を避けているケースは少ないかと思います。企業の側も性役割(これは男女双方にとっての差別である)の被害者とも言えるわけです。男女共同参画の観点からは望ましくない状況ですが、男性が事実上排除されている客室乗務員や、男性が偏見を受やすい保育士などとは差別の程度が異なります。そして、性別で異なる基準を適用するアファーマティブアクションは、男性を故意に不利に扱うタイプの差別です。
DVについては私も取り上げる必要をあまり感じていません。
父子家庭支援ですが、母子家庭は一般的に経済的に困っていて父子家庭は一般的に家事で困っているというだけでは支援の内容を変える理由にはなりません。貧しい父子家庭を支援するコストが貧しい母子家庭を支援するコストに比べてかなり高いという理由が必要です。ところが、母子家庭支援の多くは家庭の経済状況に合わせたものなので、父子家庭の方がスポイルされやすいとか不正利用が多いというような理由がない限り親の性別とコストは関係ないはずです。--Ororon 2006年12月12日 (火) 14:44 (UTC)
う~ん、女性の管理職への登用については、間接差別のやり玉にもなったりするので議論のネタにはしない方が良いと思います。積極的格差是正措置については法律に一文記載してみました。個別の例をズラズラ並べるよりはスッキリと問題点を言えると思うのですが、いかがでしょうか。
支援の内容を変える理由ではなく、支援をする必要性の問題です。父子家庭への経済的支援は、ニーズの問題がねぇ。母子家庭というグループよりも父子家庭というグループの方が経済的に豊かなわけだし。行政ってニーズが少ないところに資源を投入すると「税金の無駄遣い!」と叩かれるわけで。ニーズ少なくても支援しなければならないっていう政治とかの合意がないと、なかなかねぇ。コストについてはあんま問題にならないというか、民間がやったらコストの割が合わない、けど必要なものを国がやるってのがあるわけだし。まぁ父子家庭への経済的支援については、ここでこのまま話を進めるよりも誰かが出典付きで記載すればウィキペディアとしてはOKでしょう。逆に出典が無くちゃここで意見合意をみて記載しても、他の人に「出典無し!」と一撃で削除されてしまうなと。--Etoa 2006年12月13日 (水) 10:07 (UTC)
積極的差別是正措置については一般化の方向で賛成です。支援の必要性ですが、母子家庭に対して一律に行っている措置については単純に父子家庭に拡大すると税金の利用効率は下がってしまいます。しかし、児童扶養手当などの中核的なサービスは所得水準に応じたサービスになっていますから、比較的豊かな母子家庭への支援を削ってでも貧しい父子家庭に税金を回した方が一般論としては効率的になります。ただ、言論としては確かにあまり出ていませんね。Web上では出典として弱いものが多少見付かるだけで[2][3]、学者からの明確な反対意見もあります[4]。この他、児童扶養手当に準ずる手当を独自に支給している自治体があります[5][6]。--Ororon 2006年12月13日 (水) 14:44 (UTC)

この記事、どこかから観察されてません? 編集

何らかの干渉を受けてるとしか思えない様な記事なんですけど、まるでプロパガンダですよ。政治的な要求がむき出しになってます。参考図書もその部類のようですし。詳しくは知りませんが、もし男性差別という言葉自体が政治を発祥としていたとしても、記事に主張をそのまま書くのではなく、メタ化するなどして中立に近付けるべきです。220.148.75.231 2006年9月7日 (木) 17:32 (UTC)

具体的にどういった記述が中立的でないと思われるのか書いてください。--鵺草 2006年9月11日 (月) 08:28 (UTC)
男性があらゆるジャンルから不遇な扱いを受けているのは男性の本質が糞であるから という現実に目をそむける人々が、プロパガンダという手段を取っているのです。--マサユキ 2006年9月19日 (火) 01:11 (UTC)
本質が糞であるというのは、何を根拠に言ってるの?60.34.220.163 2006年9月26日 (火) 17:00 (UTC)
マサユキ氏が言ってるのは、どう見ても煽りですね...ただの。全うな回答を期待する方が馬鹿を見そうです。--サトシ=アッシュ 2006年9月29日 (金) 09:54 (UTC)
男性が薄汚く利己的であるという点は同意致しますが、先進国の日本において公然と性差別が行われている点は許しがたいのであります。不当な性差別は女性にもはね返ってきます。--かびお 2006年10月16日 (月) 05:29 (UTC)

女性優遇の統合について 編集

内容の重複から男性差別への統合を女性優遇ノートにて提案しております。お知らせいたします。--Sae 2006年9月23日 (土) 06:30 (UTC)

統合いたしました。--Sae 2006年10月5日 (木) 18:31 (UTC)

H.souichiro氏へ 編集

~という見方もあるという文章をどうしても残しておきたいようだが、ウィキペディアの1利用者がそう感じたことを「~という見方もある」といった文章にするのは明らかにルール違反である。記事に対する意見は著名人や団体の発言をそのまま引用しなくてはならない。ブログ、掲示板、個人の思想の類はソースにはならない。単なる1利用者の意見をあたかも大衆の意見のように書き加えるのは読者を洗脳する偏見記事となってしまうだろう。--かびお 2006年10月16日 (月) 05:40 (UTC)

まず、リバートしたことについては、「支配されている」と断言するに足る根拠の提示が無いことを挙げます。「~という見方もある」とも「されている」とも記述できるように思えなかったので、まずはあなたの編集をリバートし、その後私の編集を行いました。(ミスによりリバートと要約に記入できませんでした。)今の版を見ていただければわかると思いますが、その文章自体に特筆性が見出せないと私は考えています。H.souichiro 2006年10月16日 (月) 05:51 (UTC)
ゴールデン番組の殆どの観客は女性であって、見世物の観客というのは極めて重要な地位を占めるのである。海外のテレビ番組は観客には老若男女存在するが、日本だけは観客を女性に限定したがる傾向が根強い。これを性差別と言わずして何と言うのか。--かびお 2006年10月16日 (月) 17:33 (UTC)
検証可能な根拠をご提示されることをお勧めします。H.souichiro 2006年10月16日 (月) 17:38 (UTC)
老若男女が見ている筈のテレビ番組の観客を若い女性に限定する事は紛れもない差別。これ以上何をご提示しろというのか。--かびお 2006年10月17日 (火) 06:04 (UTC)
信頼できる情報源によった検証可能性 のある資料です。
貴方の編集内容を記載するならば、以下の5つ全ての根拠・研究等の提示が必要です。また、それらは全て、信頼できる情報源による物でかつ検証可能な物である必要があります。
  1. 「テレビ番組の観客」が「若い女性に限定」されているという根拠
  2. 「若い女性」が主たる視聴者である番組において観客が「若い女性に限定」されていた場合の差別性に関する研究等
  3. 「老若男女」が主たる視聴者である番組において観客が「若い女性に限定」されていた場合の差別性に関する研究等
  4. 選考に放送局等の介入があったとする根拠(観客への応募の多数が「若い女性」だったのではく「老若男女」が等しく応募していたとする根拠)
  5. 選考に放送局等の介入があり「テレビ番組の観客を若い女性に限定」することが差別であるとする研究等
以上が提示の必要な資料となります。いずれについても貴方の独自の調査ではないことを証明するための物でもあります。それらを踏まえた上で、中立的な観点に則った記述を心がけてください。H.souichiro 2006年10月17日 (火) 09:27 (UTC)


観客として女性が利用されているのは「性の商品化」という視点が良いのではないか、と考えます。「画面作り」に商業利用されているならば、むしろ女性差別でしょう。個人的には許容範囲ですが。--Album 2006年10月17日 (火) 01:22 (UTC)
観客は番組内においては出演者よりも地位が高い。彼女等の反応は視聴者の感情と一致する。ましてやテレビ視聴時間世界一の日本においてテレビ番組というのは国民の総意見と同等なのである。国民の総意見を判断するのが女性に限定されているのは問題である。おまけにその女性は殆どがサクラでありバカであり下品である。つまり若い女性でバカで下品なほど地位を得るのである。すべての性差別の根源はテレビからきているといっても過言ではない。--かびお 2006年10月17日 (火) 06:04 (UTC)
「観客が出演者よりも地位が高い」とはどういう意味でしょうか?番組における報酬も権利も出演者よりは下だと思うのですが?それから、あまり「バカであり下品である」という表現はどうでしょうか。2ちゃんねるならともかく、ウィキペディアの上では、皆、お互いに監視下にあります。誰がどこで何を書いているか、は常にオープンです。「明日、相手に直接会うことになるかもしれない」という感覚で書きませんか?私も時々忘れてしまうのですけれども。--Album 2006年10月17日 (火) 10:05 (UTC)
差別は差別でしょうけれども、企業が他者に対抗にて顧客獲得のために差別化を計るというのは仕方のないことでは。というか、民主主義の競争社会で、いち企業が、他者との競争のために差別化を計ることで利益を得ることを、非難できるかという問題になると思います。そのほうがお金になるからやっているわけで映画館でレディースデーがあるのもカップル割引があるのも売れるからですよね。 顧客ターゲットを女性にすると利益があがるのはどうしてかという経済的な問題を論議したいなら別ですが。だいたい企業において女性が寄り集まって「女性に得なプラン作ろうぜ!」ってやってるわけじゃないでしょう。お金にならなければ即廃止ですもん。男性にお金が集まる市場では当然のごとく女性の嗜好は無視されているのではないですか?繰り返しますが、企業は差別してお金を勝ち取るものですよ。それは当たり前のことです。221.40.16.40 2006年10月26日 (木) 02:52 (UTC)
我々の書いた記事をカットしていますが、具体例を挙げてどこが悪いのですか?確かに主観的な意見でしかない部分もあるかもしれません。しかし一応は事実を述べているのであって、決して誹謗中傷や名誉毀損につながるようなことはやっていませんよ。それがH.souichiroさんにとっては不都合なことなのですか?とにもかくにも、「臭いものにふたをする」ようなことはやめてもらいたい。炉傘寿

インデントを戻します。具体的に何がいけないのかというと、下記の公式な方針に反しているからです。特に『検証可能性』をご覧下さい。Album 2006年11月3日 (金) 23:37 (UTC)

「公式の方針」を遵守する件 編集

出典の無い記述が増えているようです。検証可能性がないと、せっかくの記述を削除されても文句は言えませんので、お気をつけ下さい。参考までに、下記の方針を挙げておきます。

  1. Wikipedia:検証可能性
  2. Wikipedia:事実を確認する
  3. Wikipedia:言葉を濁さない
  • 一例を転載します。

「検証可能性」

  1. 記事には、信頼できる情報源が公表・出版している題材だけを書くべきです。
  2. 記事に新しい題材を加筆するときは、信頼できる情報源―出典―を明らかにすべきです。出典が明示されていない編集は、誰でも取り除くことができます(出典のない記述は除去されても文句は言えません)。
  3. 出典を示す義務を負うのは、書き加えようとする側であり、除去を求める側ではありません。

--Album 2006年10月26日 (木) 07:32 (UTC)

昨日、上記の記述をしましたが、個人の主観的な被差別意識から来る記述が増えているためです。公式の方針Wikipedia:検証可能性の無い記述は、来週から削除していきますので、連絡しておきます。消されたくない方は、出典を記述しておいて下さい。--Album 2006年10月27日 (金) 00:40 (UTC)
最初に、上の一覧のスタイルを調整いたしました、ご容赦くださいませ。さて、できれば具体的にどの記述が対象になるのかコメントアウト等で予めお知らせ願えないでしょうか?本来は全ての記述に必要なわけですが、残念ながらそこまで時間は無いのでお知らせ願えると幸いです。また、こまごまとはっきりわかる主観的な部分をコメントアウトして理由を追記していましたが、これは次に同じ記述をしようとした人に以前あった記述が削除された原因を解決しない限り追記しないでいただきたい旨をお伝えするためであります。このような項ではそうしておかなければ無意味なリバートを繰り返すことになるので、予定されている編集についても削除ではなくそのような注意書きを追記したコメントアウト処理をされてはいかがでしょうか?コメントアウトを多数残す編集となりますが、版を浪費せず編集合戦を避けるための策です、ご考慮いただければ幸いです。H.souichiro 2006年10月27日 (金) 03:44 (UTC)
了解いたしました。30日より、まずコメントアウトから始めさせていただきます。--Album 2006年10月27日 (金) 03:48 (UTC)
上記の「検証可能性」の無い記述をコメントアウト。公式方針の遵守を。「信頼おける情報源(査読制度のある出典)」から事例を出して下さい。それが公式方針でもあり、そうでないと被害者意識から来る愚痴の羅列だけになってしまう。恥ずかしくない記述、議論の余地の無い記述を。--Album 2006年10月30日 (月) 08:21 (UTC)

該当するとされる部分を確認しました、出典を追記していきたいと思います。確認しておきたいのですが、現在コメントアウトされていない部分については全て出展を確認していただけたのでしょうか?最下部に書かれている関連図書は持っていないですし、参考文献でもないので判断に迷います。現在の基準で減らすならばまだまだ減らさなければならないので、確認できていればいいのですが。特に出典を確認すべきだと考える部分についてはコメントアウトしておきます。--H.souichiro 2006年10月30日 (月) 10:46 (UTC)

コメントアウトしたのは【「検証可能性」の無いもの+視点を変えれば単に商業サービスと言い得ると判断したもの等】です。すべてを削除するのも問題だと考えましたので。差別例のリストアップに関しては、最終的には出典が付けられないものは全て、ではないでしょうか。「差別」はもともと主観的なものなので、言い出したらきりがないからです。百科辞典としてふさわしい形を模索したいと思います。真面目な学生が検索してきて「うわ!愚痴だらけ。」と思われたら恥ずかしいですからね。差別例を追記する方も、第三者的に見れば、書けば書くほど逆効果になるということを知って欲しいです。--Album 2006年10月30日 (月) 12:28 (UTC)
何を持って差別というのかが問題だよね。女性差別はどういうものが差別なのか、女子差別撤廃条約などで国際的に定義がなされてるけど、男性差別なんて聞いたことがない。第一その差別のほとんどを男性が行っているというのも矛盾点だね。--Vlp 2006年11月4日 (土) 21:05 (UTC)
別に矛盾してないよ。加害者のカテゴリが同じでも差別には違いないし。Yasaikyo 2006年11月6日 (月) 13:37 (UTC)
出典の明示が無いまま「妨害」等の記述がなされました。「信頼おける情報源」の提示を求めます。--Album 2006年11月17日 (金) 13:31 (UTC)

出典の明示の無い追記が、また最近、見られるように思います。以下に抵触するものは、削除を行ないますが、何かあればノートに書いて下さい。自分が「差別だ」と感じることではなく、「差別だ」と出典に明記されたものを書いて下さい。--Album 2006年12月7日 (木) 11:10 (UTC)

  1. Wikipedia:検証可能性
  2. Wikipedia:独自の調査
  3. Wikipedia:中立的な観点

男性差別なんてものは何処にも定義されてないですし(性差別ならあるけど)、それらを厳守するとこの記事自体が消滅してしまうと思う。--Wrath 2006年12月12日 (火) 09:19 (UTC)


男性差別の実情は暗に隠蔽されているようなものなのですから、「根拠が無い、だからウィキペディアに書くな」では、フェミニストの思う壺なのですが。 この前書き込んだ内容もあっさり削除されていましたが、本当に残念です。 妨害工作により、悲痛の声が汲み上げられていないのですから、根拠もソースもなくて当然なのに・・・ NHKに「男性差別を取り上げないのか?」と電話した人がいましたが、「今も、今後も取り上げるつもりは有りません。」とバッサリ・・・ 民放にいたっては、「女性からのヒステリックな苦情」と「スポンサー離れ」を警戒して、尚更取り上げられません。

男女雇用機会均等法の項目削除について 編集

2006年8月29日 (火) 05:29にEtoaさんによって削除された(「*アルバイト等の労働において、……」の項目)[7]について、おかしいと感じましたので、昔の議論の蒸し返しとなりますが、意見を申し立てたいと思います。以前の議論は「編集理由」にあります。

ここで、Etoaさんは、「女性である」→「力が弱い」を体力テストの結果で証明されているつもりなのでしょうが、問題は「重労働している者とそうでない者の賃金の悪平等」であって、「仕事内容の違うのに賃金が同じ」ということに、何ら関係していません。

また「女性である」→「力が弱い」は、成り立ちません。これを証明するには、対偶を証明すればいいわけで「力が弱くない」→「女性でない」つまり、「力が強い」→「男性である」が成り立てばいいわけです。具体的に見るために、ここでは、Etoaさんが挙げた体力テストを使いましょう。文科省のページ[8]より、H17年度の年齢別の平均値を見てみると、19歳の50m走の全体平均は8.27秒です。つまり、これが「男女の差」であり、このタイム以上が「男性」と定義されるわけです。では、女子100m走の記録はと言うと、世界記録がフローレンス・ジョイナーの10.49秒です。19歳と28歳、50mと100mを単純に比較できませんが、これは明らかな差であり、フローレンスも「男性」と定義されます。しかしこれは、生物学上の定義と異なります。ゆえに、「力が強い」→「男性である」は偽であり、その対偶である「女性である」→「力が弱い」も偽である、が導き出されます。

よって、これを根拠にする該当項目の削除には妥当性がなく、記事の復活を求める次第であります。Bow 2006年11月17日 (金) 15:08 (UTC)

その論法でいくと、オリンピックの「男女別」の区別の意味が無くなり、したがって、男女同等基準ではジョイナー選手は予選落ちでオリンピックに出場出来ません。・・・あくまでも「平均値」で考えないと、大多数の「平均的男性」「平均的女性」が無理をすることになります。ジャガー横田を基準にして労働強度等を決めてしまったら、大多数の女性が不利益を被るでしょうね。(ちょっと論点がずれているかもしれませんが)--Album 2006年11月17日 (金) 15:25 (UTC)
私はあくまで「女性である」→「力が弱い」を偽と証明しただけで、「ジャガー横田を基準にして労働強度等を決めてしま」おうとはしていません。削除理由となっていた上述の論理を否定しただけです。命題についての反例は1つ以上挙げれば済むので、どんな論法で結論にたどり着こうと、(その過程が間違いでない限り)結果は変わりありません。証明過程に「大多数の女性が不利益を被る」ことは、証明に直接関係のないことであり、考慮に入れる必要はありません。
では、Albumさんの主張を(証明という観点を離れて)お答えしていきます。まず「ジャガー横田を基準にして労働強度等を決めてしま」うということについて言えば、誰がそのような主張をされたのでしょうか。削除された項目にも、私の証明にも「女性は力があるのだからもっと労働させてもいい」とは出てきておらず、それよりも、「力の強弱には個人差があるのだから、賃金はそちらを基準として決めるべきで性別を基準にするのはおかしい」としています。Etoaさんも、Albumさんもそうですが、そのような論点の履き違えをしているために、「男性平均」「女性平均」の言葉が出てくるのです。削除された項目には、「本来であれば男女の性別で一律に力の有る無しを決め付けるのではなくて、個々人の力があるかどうかで判断すべきことである」とされています。「男性だからこれだけ仕事しろ」「女性だからこれだけ仕事しろ」、「男女の境がなくなったら、力のない女性が苦労する」という理論は、削除された項目で批判されている正にそれであり、それこそ男性差別(あるいは女性差別)ではないでしょうか。
長くなってしまいましたが、言いたいのは、「個人の能力によって賃金が決まる」ということで、そもそも性別が出てくる余地はなく、「男性平均」や「女性平均」を挙げる事の意味が分かりません。Bow 2006年11月17日 (金) 16:07 (UTC)
私自身、フェミ出身で、お話は分かります。どう言えば、いいのかな。。もちろん男女平等は当然なのですが、能力だけで判断するならジョイナーはオリンピック選手として低いんです。男女別がなく、男性と比べればね。男女で分けて出場基準記録を男性より低く設定してあるから、平等なんです。そのかわり女性には男性には出来ないことがたくさんあります。おたがいの特性を活かすことが大切です。若いときは、よく分からなかったけれど。Album 2006年11月17日 (金) 17:34 (UTC)

例えば、男性と女性がコンビニでアルバイトをしていました。男性は、荷物運びなどの力仕事を、女性は、接客、店内の細やかなことに気付き、男女が助け合って仕事をする。と、「おたがいの特性を活かす」ということを解釈してよろしいのでしょうか。しかし、こうすると「男性的でない男性」や「女性的でない女性」は、どうなるのでしょうか。クラインフェルター症候群、ターナー症候群など、遺伝的に起こる場合もありますし、後天的に起こる場合もあります。先の例で言えば、アルバイトに来た2人が「女性的な男性」「男性的な女性」になる可能性が充分あり得るのです。そのような場合、「男性的な女性」の力仕事が「禁止」されているということは、彼女の能力を活かすことにならず、女性的な男性に力仕事を押し付けてしまうわけです。その逆もしかりで、彼女に不向きな細やかな仕事を押し付けてしまうのです。「男らしさ」「女らしさ」を強要する点もまた性差別の一種と言えるのではないでしょうか。「おたがいの特性を活かすことが大切」ならば、同法はそれを活かした分業を認めていないばかりか、ある偏狭な面においてのみ「男性らしさ」「女性らしさ」を求める歪んだ法律と解釈できます。Bow 2006年11月18日 (土) 02:05 (UTC)

Album様の揚げ足を取るような書き方になってしまいますが、「男女で分けて出場基準記録を男性より低く設定してあるから、平等なんです。」と仰るならば、「人種で分けて黄色人種の出場基準記録を黒色人種より低く設定する」と平等ということなのですね(黒色人種の方が運動能力が上である者が多いと仮定した場合)。上の生活保護のところにも書きましたが、何故「男女」で分けるのかが明確でない限り、男女での区分に正当性があるとは言えないでしょう。--鵺草 2006年11月18日 (土) 12:23 (UTC)

黄色人種の男性でも男性の出場基準を満たす人はいますが、女性ではいません。一方、子供を産める男性はいません。私が言っている特性とはそういうことです。どちらかが劣っているのではなく、「ただ違う」ということです。個人的には、女性が女王蜂で、男性が補完的な役割であるとすら思っています。命を産む女性は世界の頂点であり、その他の仕事はその公僕である、と。男女の子を持つ父ですが。Album 2006年11月18日 (土) 16:15 (UTC)

まず、生物学的に見て「男女」という違いはいかなるものから来ているか。一般的に性染色体に起因するものですよね。XXなら女、XYなら男です。しかし「一般的に」ですから、これだけで決まるわけではありません。例えば、牛の場合オスとメスの双子が胎内にいたとします。すると、オスのホルモンが血液にのってメスの方へ来るわけです。これにより、メスは中性化されてしまうわけです。ヒトもホルモンの影響を受ける非自律型ですから、一概に性染色体だけで決まる絶対的なものではないのです。先に挙げたクラインフェルター症候群、ターナー症候群は、減数分裂がうまくいかなかった精子が受精した個体に起こるものですが、症状として生殖能力が低いです。このような個体は子孫を残せず死んでいくのが「自然の摂理」ですが、ヒトは何を間違ったか、このような人たちを「かわいそう」と思う感情を持つようになりました。その他にも「思いやり」等など、過酷な自然界からすれば「馴れ合い」とも言える愚行をして発展してきたのです。それは「優秀な子孫を残す」という1個体の使命に縛られることはなくなったことを意味します。さて、前置きが長くなってしまいましたが、現代では1個体に「子孫を残す」以外の使命、付加価値がついているのです。「優秀な個体を残す」という点からすれば、今の技術では何でもできます。「男女の産み分け」「クローン」などなど。しかし、それを「倫理」という観点から行わないでいる。女性は女王蜂で男性は公僕、というのは「自然の摂理」ですが、それを逡巡する何かがヒトという生物にはあるのです。Albumさんが、女性を子供を生む道具と考えるのは構いませんが、世界はそれとは逆の方向へ行っているのです。……すみません、どうも簡潔にまとまりません。Bow 2006年11月19日 (日) 00:15 (UTC)
また、追記になりますが(これを主にするべきだったが)、Albumさんの説明は「男女」で分ける理由の説明になっていません。「人種で分けるのはどうか」という問いに、「黄色人種の男性でも男性の出場基準を満たす人はいますが、女性ではいません」との答えをして、「だから男女でわける」ということですが、結論で言っている事が、証明過程で仮定として扱われています。「黄色人種の男性でも男性の出場基準」の部分ですね。よって、この証明は破綻しています。再度、しっかりとした説明を求めます。Bow 2006年11月19日 (日) 00:39 (UTC)

お返事遅れました。私の編集についての意見とのことなので返信します。「重労働している者とそうでない者の賃金の悪平等」とのことですが、性差を無視してそういうことを言うのはどうなのかなーと思う次第でして。

で、体力の性差についてですが、体力テストの50m走を話のネタにしていますので、グラフを作ってみました。以下のとおりです。やっぱり男性に比べて女性は体力が劣ってるんじゃないかなーというのが私の意見です。

 

--Etoa 2006年11月19日 (日) 06:15 (UTC)

「性差を無視して」云々・・・ということであれば、個人差は無視してもいいのか?グラフに関してであるが、平均値は確かに「男性」と「女性」で差があるが、個々人に着目すれば、男性のある人物よりも上の値を持つ女性もいるし、女性のある人物よりも低い値を持つ男性もいる。この点を考えるならば、単に「男性の平均値」と「女性の平均値」という数値だけで男女の性差を議論して何かを正当化することは、個々人の性質を無視していて、極めて危険かつ非科学的な議論が行われてしまう。科学的的に考えれば、改めて言うまでもなく、個々人の個人差は極めて大きいわけであるから、平均値で性差を語って「男性はこうだ」「女性はこうだ」従って「~~だ」という論法を展開することは、非科学的であり、どちらかの性に有利でどちらかの性に不利な結論を導き出すことになる。--革命的マスキュリストX 2006年12月10日 (日) 04:09 (UTC)
ある個人がどのような集団に属しているか、というのは個人を評価するための手っ取り早い方法で、例えば保険などは集団の平均を見なければ成立しません。しかし、これが個人にとって著しく不利益になり、あるいは集団に対する評価が著しく偏っている場合は差別にあたります。男性、女性で労働の内容を分けることが差別に該当するかどうかですが、男女の体力の差は特に過大評価されている印象はないので、後者の理由には該当しないと思います。前者の理由に該当するかどうかは価値観に大きく依存しますが、近年は自由競争、自己実現を重視する風潮が強まっており、個人の能力を評価する手段も進歩しているので、流れとしては男女双方に対する差別とみなす方向に向かっていると思います。Ororon 2006年12月10日 (日) 05:32 (UTC)
グラフまで作っていただきありがとうございます。あんな長々と語るより、こうすれば早かったですね。では、グラフを見ていきましょう。このグラフによれば9秒の男性も7秒の女性もいるわけです(ほとんどいませんが、区切りがいいので)。ここでは、一概に体力というものを50m走の結果だけで決めます。例えば、9秒と7秒の2人の人がいて、どちらに力仕事を任せるか?普通ならば、7秒の人に任せるのが効率がいいでしょう。どこに「男女」が出てくるのか理解できません。男女で分ける理由、及び男性平均、女性平均が出てくる根拠を教えてください。Bow 2006年11月19日 (日) 07:02 (UTC)

すごい表が出てきましたね。。結論として、bowさんは、オリンピックの男女別は認めないのかな?最低出場ラインが6・5だったら、男だけのオリンピックになりますね。でも男女別にすることによって、7秒の女性は出られて、7秒の男性は出られなくなる事態も起きる。Album 2006年11月19日 (日) 10:55 (UTC)


みなさん、いろいろと思い違いをされているのではないでしょうか?削除された記述(*アルバイト等の労働において、……)の内容が「差別である」か「差別でない」かはWikipediaへの記載への必要考慮事項ではありません。考慮すべきはその記述せんとしていた意見が「ある」か「ない」かが重要だと考えます。

  • Bow氏の仰るように「差別である」とする意見を記述しようとするならば、「差別である」とする検証可能な出典を提示されるべきです。そうすれば
Aという物事は差別であるとする意見がある(出典『B』より)
という記述がなされます。
  • Album氏の仰るように「差別でない」とする意見を記述しようとするならば、「差別でない」とする検証可能な出典を提示されるべきです。そうすれば
Aという物事は差別でないとする意見がある(出典『C』より)
という記述がなされます。
  • どちらともの出典を提示された場合は
Aという物事は差別であるとする意見と差別ではないとする意見がある(出典『B』『C』より)
という記述がなされます。

どちらが正当であるかどうかなどの判断は不要です。ただ十分考慮事項として、ある程度有名な意見であるかどうかの判断が必要であったり、どちらがどちらへの反論であるかなどの記述方法に関して中立性に則った考慮が必要です。ただ、検証可能な出典として出版物などがあった場合、十分に有名であると考えていいと思います。H.souichiro 2006年11月19日 (日) 11:00 (UTC)

そうですね。熱くなりすぎて根本的な問題を忘れていました。これを語っている著作物は少なくとも私の手元にはありません。よって、事実のみを「男女雇用機会均等法」の項目へ書くことにします。Bow 2006年11月19日 (日) 12:30 (UTC)

えぇっと、すみません、Bowさん。雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律ですが、履歴不継承としていったん削除依頼に出します。次に書くときは、履歴に「女性差別の○○の版から一部転記」と書けば大丈夫です。Wikipedia:記事の分割と統合#一部転記も参考になるかと思います。読み返したところ、転載にはなりそうもないのでこの部分削除します。お騒がせしました。

…ところで、すいません、今までまったく気づかなかったというか、それ以前の男性差別の版について、もしかして広島労働局のホームページの転載として著作権違反に引っかかります?それともこれって引用の範囲…?今までの議論が…ちょっと泣けてきた。。--Etoa 2006年11月21日 (火) 11:46 (UTC)

私個人の意見としては黒ですね。ただ、規則云々がどう判断するかは分かりません。処置するのなら、そちらに1票を投じたいと思います。Bow 2006年11月22日 (水) 12:11 (UTC)
ご意見ありがとうございます。今後の加筆等のためにも、疑わしい部分に白黒つけるために削除依頼に出します。--Etoa 2006年11月28日 (火) 05:11 (UTC)
私も黒とする側に1票投じようと思います。消して考え直しましょう。--鵺草 2006年12月2日 (土) 08:06 (UTC)

逆差別への統合の件 編集

記事の冒頭に統合提案のテンプレートが貼られています。しかし、「統合に関する議論はノート:男性差別を参照してください。」とあるのに対してこのノートでは何の議論もなされていません。また本文中に「『逆』差別という表現はされるべきではない。」などとあるように、男性差別を逆差別とするのは妥当だとは思いません。皆さんは如何お考えですか。異論がなければテンプレートを外したいと思います。--鵺草 2006年12月2日 (土) 08:06 (UTC)

正差別、なんて用語もないのに「逆」はおかしいと思います。「差別」の内訳として「性」や「人種」などがあるべきでしょうね。テンプレートは外して良いのではないでしょうか。Album 2006年12月2日 (土) 09:21 (UTC)
逆差別という用語自体は、差別是正措置に起因する差別を指す概念として一般化しているので問題ないでしょう。男性差別が逆差別に該当するかどうかですが、逆差別の概念に明確に含まれるケース(例えば男性専用の商品・サービスが許されない風潮)、逆に通常の差別の文脈でしか扱い得ないケース(兵役や女性専用車両など)は少ないように思います。実生活に関わる問題には、特定の弱者のうち女性だけが社会的に認知され支援を受けられるというパターンが多く、これらは普通の差別とも逆差別とも差別ならぬ格差とも考えることができます。男性差別を単純に逆差別に含めてしまうのも、逆差別という表現を排斥してしまうのも妥当でないと思います。Ororon 2006年12月2日 (土) 17:23 (UTC)

何が「逆」で何が「正」なのか、根拠を示していただきたい。自分は、男性差別を「正」とし、女性差別を「逆」としたい。--革命的マスキュリストX 2006年12月10日 (日) 04:16 (UTC)

最も普通の用語法では、既存の差別を是正するための措置、運動、風潮などが公平な状態を通り越したものを逆差別と言います。この意味では逆差別は差別の一種であり、「人種差別」「地域差別」などと同じく差別を要因によって分類したものです。また男女に限らず複数の集団が互いを差別し合うことは広く見られる現象で、「正」差別という概念はナンセンスです。Ororon 2006年12月10日 (日) 05:08 (UTC)

本来は「性差別」だけで分類すべきで男性差別、女性差別とか分ける事がそもそもの間違いでしょう。男女で分かれていてしかも互いの記事で衝突しあっているのは日本語版だけです。--Hokkahoka 2006年12月13日 (水) 12:21 (UTC)

男性差別には単独で記述するに十分な量があるため、統合は不要。また男性差別には逆差別(女性差別を無くすための措置として発生した男性差別)以外での差別も存在することが記事で記述されている。--経済準学士 2006年12月13日 (水) 12:26 (UTC)

確かに量はあるけど「何が差別であるか」を編集者が勝手に定義してる時点で殆どが独自の調査なんだよなあ。これ。--220.211.81.16 2006年12月13日 (水) 18:48 (UTC)

そろそろ過去ログ化しませんか 編集

ゴタゴタしていてわかりにくいので、そろそろ収束している議論については過去ログ化しましょう。以下の項については完全に議論が終わっていると考えられます。

  • 4 保護理由はなんだろう?
  • 9 保護解除依頼を出してもいいですか?
保護解除済み
  • 5 櫻井よしこ氏は書かれているような男性差別発言は一切していません
  • 15 男女雇用機会均等法の項目削除について
  • 16 逆差別への統合の件
該当箇所削除済み
  • 12 女性優遇の統合について
統合済み

特定版削除の際に消えてしまった編集についての話はどうしましょう。--鵺草 2006年12月17日 (日) 13:35 (UTC)

過去ログ化しても良いと思います。編集部分は…特定版削除前のは過去ログ化してしまうとか。--Etoa 2006年12月19日 (火) 04:08 (UTC)

判断に困るので、一旦全部過去ログ化します。議論を続ける場合はコピー&ペーストで復活させるなり何なりするということで。--鵺草 2006年12月23日 (土) 14:34 (UTC)

ページ「男性差別/2006年12月」に戻る。