メインメニューを開く

ハシーム・サビートHasheem Thabeet)ことハシム・サビット・マンカHashim Thabit Manka1987年2月16日 - )は、タンザニアダルエスサラーム州ダルエスサラーム出身のプロバスケットボール選手。ポジションはセンター。221cm、121kg。

ハシーム・サビート
Hasheem Thabeet
Hasheem Thabeet cropped.jpg
無所属
ポジション C
身長 221cm (7 ft 3 in)
体重 121kg (267 lb)
ウィングスパン 229cm  (7 ft 6 in)
基本情報
本名 Hashim Thabit Manka
ラテン文字 Hasheem Thabeet
誕生日 (1987-02-16) 1987年2月16日(32歳)
タンザニアの旗 タンザニア
出身地 ダルエスサラーム州ダルエスサラーム
出身 コネチカット大学
ドラフト 2009年 2位 
選手経歴
2009-2011
2010
2011-2012
2011
2012-2014
2014-2015
2017-2018
メンフィス・グリズリーズ
ダコタ・ウィザーズ
ヒューストン・ロケッツ
リオグランデバレー・バイパーズ
オクラホマシティ・サンダー
グランドラピッズ・ドライブ (Dリーグ)
日本の旗 横浜ビー・コルセアーズ

目次

来歴編集

タンザニア時代編集

ケニアでのトーナメントに出場した際、アフリカの高校生をスカウトしているビジネスマンから「アメリカでプレイできる可能性がある」と言われた。すると、サビートは少ない所持金を使い、接続環境がいいとは言えないインターネットでコーチの連絡先を探した。

高校時代(アメリカ)編集

連絡が取れた中に、テキサス州ヒューストンにあるサイプレス・コミュニティ・クリスチャン・スクールのコーチがいた。2003年に渡米したサビートは、2度の転校を経てサイプレス・コミュニティ・クリスチャン・スクールに入学。平均16得点、10リバウンド、4ブロックの数字を残した。12年生(日本で言う高校3年生)の時、コネチカット大学のアシスタントコーチが視察した試合で15ブロックを記録。これがきっかけで熱心な勧誘を受けたサビートは、コネチカット大学への進学を決意した。

大学時代編集

1年次は平均6.2得点、3.8ブロックをあげた。2006年12月3日の試合では大学記録タイとなる10ブロックをあげた。この年、チームメートのジェローム・ダイソンとともに、ビッグイースト・カンファレンスのオールルーキーチームに選ばれた。

2年次は10.5得点、7.9リバウンド、4.5ブロックをあげた。2008年1月5日のノートルダム大学戦で再度10ブロックをあげた。この年カンファレンスの最優秀守備選手に選ばれるとともに、セカンドチームにも選ばれた。

3年次は13.6得点、10.8リバウンドをあげた。2009年1月31日のプロビデンス大学戦では15得点、11リバウンド、10ブロックをあげて、トリプルダブルを記録した。シーズンで152ブロックをあげた。この年、カンファレンスの最優秀守備選手に選ばれるとともに、ピッツバーグ大学デュワン・ブレアとともに、カンファレンス最優秀選手に選ばれた。また全米のセカンドチームに選ばれるとともに、全米の最優秀守備選手にも選ばれた。2009年3月26日のパデュー大学戦でジェローム・ダイソン、A・J・プライスに続いてシーズン1000得点を達成、この年チームはNCAAトーナメントでファイナル4に進出した。

4月に最終学年に進級せず、2009年のNBAドラフトアーリーエントリーすることを決断した。

NBA編集

2009年のNBAドラフト1巡目2位でメンフィス・グリズリーズに指名されて入団した。タンザニア生まれのNBA選手はサビートが初めてであった。2009年12月13日の試合でシーズンハイの5ブロックをあげた。しかしNBAでの戦いに対応することが出来ず、2010年2月25日、NBAデベロップメント・リーグダコタ・ウィザーズに送られた。ドラフト全体2位に指名された選手がDリーグに送られるのは異例のことであり、これまでDリーグに送られた選手のうち、ドラフトで最も上位指名を受けたのは、2005年のNBAドラフト全体6位で指名されたマーテル・ウェブスターであった[1]。3月8日にグリズリーズに呼び戻された。

2011年2月24日、将来のドラフト1巡指名権とともにシェーン・バティエイシュ・スミスとのトレードでヒューストン・ロケッツに放出され、3月21日にリオグランデバレー・バイパーズに送られ、4月11日にロケッツに復帰した。

2012年3月15日、ジョニー・フリン、将来のドラフト2巡指名権とともにマーカス・キャンビーとの引き換えでポートランド・トレイルブレイザーズに移籍した。

2012年7月11日、オクラホマシティ・サンダーと契約した。11月26日のシャーロット・ボブキャッツ戦で13得点、10リバウンドをあげて、NBA入り後初のダブル・ダブルを記録した。

2014年8月26日、フィラデルフィア・セブンティシクサーズに放出された後、解雇。その後デトロイト・ピストンズとトレーニングキャンプ契約をしたが、シーズン開幕前に解雇され、ピストンズ傘下のNBAデベロップメント・リーグチームのグランドラピッズ・ドライブに送られ、1シーズンを過ごした。その後はNBA内外問わずどのリーグのチームとも契約に至らない状態が続いた。

B.LEAGUE編集

2017年9月27日、B.LEAGUEの横浜ビー・コルセアーズとの契約が発表された[2][3]

その他編集

NBA career statistics編集

略称説明
  GP 出場試合数   GS  先発出場試合数  MPG  平均出場時間
 FG%  フィールドゴール成功率  3P%  スリーポイント成功率  FT%  フリースロー成功率
 RPG  平均リバウンド  APG  平均アシスト  SPG  平均スティール
 BPG  平均ブロック   TO  平均ターンオーバー  PPG  平均得点
 太字  キャリアハイ    リーグリーダー    優勝シーズン   

Regular season編集

シーズン チーム GP GS MPG FG% 3P% FT% RPG APG SPG BPG PPG
2009–10 Memphis 68 13 13.0 .588 .000 .581 3.6 .2 .2 1.3 3.1
2010–11 Memphis 45 0 8.2 .436 .000 .543 1.7 .1 .2 .3 1.2
2010–11 Houston 2 0 2.0 .000 .000 .000 .0 .0 .0 .5 .0
2011–12 Houston 5 0 4.6 1.000 .000 .000 1.4 .0 .0 .4 1.2
2011–12 Portland 15 3 7.7 .444 .000 .650 2.3 .0 .1 .5 1.9
2012–13 Oklahoma City 66 4 11.7 .604 .000 .604 3.0 .2 .5 .9 2.4
2013–14 Oklahoma City 23 0 8.3 .565 .000 .200 1.7 .0 .2 .4 1.2
Career 224 20 10.5 .567 .000 .578 2.7 .1 .3 .8 2.2

Playoffs編集

シーズン チーム GP GS MPG FG% 3P% FT% RPG APG SPG BPG PPG
2013 Oklahoma City 4 0 6.5 .500 .000 .000 1.5 .0 .3 .0 .5
Career 4 0 6.5 .500 .000 .000 1.5 .0 .3 .0 .5

脚注編集

関連項目編集

外部リンク編集