バーバラ・ジャッジ

バーバラ・ジャッジ(英: Barbara Judge1946年12月28日[1] - 2020年8月31日[2])は、アメリカ合衆国弁護士、事業家でロビイスト。三度目の結婚前にはバーバラ・シンガー・トーマスとして知られていた。

バーバラ・ジャッジ
Jordan 2011 - World Economic Forum Special Meeting on Economic Growth and Job Creation in the Arab World.jpg
2011年、ワールド・エコノミックフォーラムにて
生誕 (1946-12-28) 1946年12月28日
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ニューヨーク市マンハッタン
死没2020年8月31日(2020-08-31)(73歳)
イングランドの旗 イングランド ロンドン
住居イギリスの旗 イギリス
イングランドの旗 イングランドロンドン
国籍アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
イギリスの旗 イギリス
職業弁護士、事業家、ロビイスト
配偶者ポール・ジャッジ

ロンドンに居住し、アメリカとイギリス二重国籍を持つ[3]英国原子力公社(UKAEA)名誉議長、英国年金保護基金(PPF)及び英国貿易投資総省を代表する英国ビジネスアンバサダーである[4][5][6]。彼女はポール・ジャッジ卿と結婚し、アメリカの弁護士であるアレン・L・トーマスとの最初の結婚で一人息子がいる。

教育及び初期の職歴編集

バーバラの父は小規模の事業を持っていた。母マルシア・シンガーは2011年までニューヨーク工科大学の副学部長であった[7][3][8]マンハッタンに生まれ、ニューヨーク市サドルロックで育った[7]

1966年、最初の夫と出会ったペンシルバニア大学で歴史学士号を取得して卒業した[9][10]。続いてニューヨーク大学ロースクール税法を専攻し[11]1969年法学博士として修了した[12][13][9]。彼女はその成績により多くの賞を得て、ニューヨーク大学ロー・レビューの編集者であった[9][13]

最初の雇用主の下では法人顧問弁護士として従事した。1973年、Kaye, Scholer, Fierman, Hays & Handler法律事務所に加わり、そこで法人法や金融取引に専念して1978年にはパートナーとなった[11]。その頃、彼女の最初の事務所のパートナーであったアレン・L・トーマスと結婚した[7]

SECと銀行業編集

1980年、バーバラはワシントン特別区の証券取引委員会の任期5年のメンバーに選ばれた[14]。証券取引委員の中で最年少であったために広く報道され、彼女のキャリアにおける重要なステージとなった[15][11]1983年11月の息子の誕生後、彼女は英国商業銀行サミュエル・ モンタギュー・アンド・シーオーの理事になるために辞任し[16]、夫と共に香港に移った[9][17][18]1987年、彼女はニューヨークのバンカーズ・トラスト・インターナショナル・バンキングの常務となった[12]

この頃、バーバラはまた、1989年の破たんで大きな金融上のスキャンダルを起こしたリンカーン・セービングス・アンド・ローン・アソシエーション(Lincoln Savings and Loan Association)及びアメリカン・コンチネンタル・コーポレーション(American Continental Corporation)に関わっていた[15][19][20]。二社ともチャールズ・ケーティングにより経営されており、彼女は1988年にはSECと共にロビー活動を行った[18][15]。後に、彼女は集団訴訟で名指しされたが、示談で解決した[18][21]

ニュース・インターナショナルとプライベート・エクイティー編集

1993年、バーバラはルバート・マードックのニュース・インターナショナルの専務理事となり、1994年にはニューヨークからロンドンに夫やイギリスで育てたいと望んでいた息子と共に移った[12][21][17]。後にイギリスで未公開株の事業で働き、プライベート・エクイティ・インベスター PLC (Private Equity Investor plc.)を創業した[12]

また、ペンシルバニア大学ウォートン経営大学院の理事会におり、かつウォートンのローダー・インスティテュートの創立理事であった[12]

原子力と年金保護編集

ポール・ジャッジ卿との結婚後、ジャッジは2002年に非常勤取締役、2004年には英国原子力公社(UKAEA)会長となった[6]2009年に英国原子力公社の解体ビジネスをバブコックインターナショナルグループに売却し、2010年にはロジャー・キャッシュモアが引き継いだ[22][23]。同年、「原子力及び金融サービス業界への功績」により、大英帝国勲章を授与された[24]

2010年2月、アラブ首長国連邦原子力エネルギー発展のための国際顧問会議に選ばれた。2011年2月、英国企業がインド西岸のジャイタプールで6つの大規模な原子炉の建設にどのように参入できるかを議論するための貿易代表団を率いた[25]。ジャッジは原子力産業の新設企業であるハイペリオン・パワー・ジェネレーションの会長である。

2010年4月、英国年金保護基金(PPF)の会長に指名され、同年7月にその役職を引き受けた [26]。2007年から2010年の間、プロの会計士が用いる倫理的基準やガイダンスを展開する国際会計士倫理基準審議会(IESBA)の公認のメンバーであった[12]。その上、2004年から2007年までジャッジはコーポレート・ガバナンス(企業統治)と会計士を規制する英国財務報告評議会(the UK Financial Reporting Council)副会長でもあった[27]

ロンドン大エネルギー研究所所長であり[28]、2006年1月にはロンドン大学東洋アフリカ研究学院(SOAS)理事会会長に指名され[29]、またLondon Middle East Institute顧問会議議長である。他にも、イスタンブールサバンチ大学国際監督委員会のメンバーでオックスフォード大学ザイードビジネススクールのビジティングフェローである。

福島第一原子力発電所事故編集

2012年4月20日、国際会議出席のために来日したジャッジは産経新聞のインタビューに応じ、福島第一原子力発電所事故について、「悲しい出来事で被災者に大変同情している。ただ、あれだけの地震・津波でも建屋そのものは残った。英国では事故後、原発反対派でさえ、日本の技術力やプラントの頑健性を高く評価するようになった。ベトナムなど新興国も引き続き日本の原発を欲しがっている。これが国際的、客観的な評価だろう」と感想を述べ[30]、日本に原発が必要かという質問に、「日本も英国も資源の乏しい島国。輸入品のLNGや原油だけに頼っていたら、自国の命運を他国に委ねることになる。エネルギー安全保障上、原発は必要だ。また、発電の効率性や温暖化ガス削減を現実的に考えたら、原発しかない」と回答した[31]

2012年9月、ジャッジは東京電力原子力改革監視委員会のメンバーに任命された[32][33]

2013年2月のCNNのインタビューでは、「約2万人の命が地震と津波の結果失われましたが、誰も被曝した結果によって亡くなっていません。そして、放射線の専門家は誰も被曝によって死なないと信じています」と語り[34]、自分の役職について、「文化を変えて人々が問題を指摘することで賞賛され、報いられるようにする必要があります。彼らは何か悪いことを言うのを恐るのに慣れてしまっています」と述べた[34]。さらに、2013年2月の福島第一原子力発電所訪問を、「素晴らしかった」、「絶望ではなく全く希望と熱情に満ちていました」("It was fantastic","It was absolutely hope and enthusiasm, not despair.")と語り、作業者に対して「彼らがあまりにも献身的なので、非常に感銘を受けました」、「彼らはヒーローです」と感想を述べ、「敷地でどれほど多くの作業が行われたかいうことと、敷地を世界で最も安全にするという高い熱望に対して驚きました」と付け加えた[34]

2013年7月26日、東京電力の第三者委員会「原子力改革監視委員会」の4回目会合が開かれたが、福島第1原子力発電所から海洋への放射性汚染水の放出問題に対する東電の情報公開性の欠如に対し、「本当にがっかりした」と述べ、「(原発の)廃炉作業は複雑で難しいプロセスであるため、今後も問題が生じることは必至だろうが、次に問題が起きたときには今回の誤りから学んで人々にいち早く、状況とそれを改善する東電の計画を知らせてもらいたい」と語り、東電の企業風土に問題があるとし「多くの企業同様、閉鎖的で効率性を優先する文化があり…議論する準備ができたと思えるまでは、自分たちだけで問題解決を図ろうとする」と指摘し、「効率よりも安全を優先する文化」を歓迎すると述べた[35]

死没編集

ジャッジは、2020年8月31日にロンドンの自宅で膵臓癌で死去。73歳没。

脚注編集

  1. ^ Lady Judge, CBE, Debrett's.
  2. ^ “Trailblazing executive Lady Barbara Judge dies aged 73” (英語). The Telegraph. (2020年9月1日). https://www.telegraph.co.uk/business/2020/09/01/trailblazing-executive-lady-barbara-judge-dies-aged-73/ 2020年9月2日閲覧。 
  3. ^ a b Maccoby Berglof, Annie (2011年10月7日). “Reformer with a City view”. Financial Times. http://www.ft.com/cms/s/2/7a2baba0-ea82-11e0-b0f5-00144feab49a.html 
  4. ^ Lady Judge appointed Chair of Pension Protection fund. DWP. Retrieved on 2011-04-13.
  5. ^ PM announces new Business Ambassadors Archived 2011年4月14日, at the Wayback Machine.. Number10.gov.uk (2010-11-09). Retrieved on 2011-04-13.
  6. ^ a b NIA – The Nuclear Industry Association – Judge to chair UKAEA. Niauk.org (2004-07-30). Retrieved on 2011-04-13.
  7. ^ a b c Nemy, Enid (1981年3月16日). “She's now at helm of SEC”. Daytona Beach Morning Journal. http://news.google.com/newspapers?nid=1873&dat=19810316&id=vVAfAAAAIBAJ&sjid=09EEAAAAIBAJ&pg=3626,50651 
  8. ^ Student Affairs Staff, New York Institute of Technology.
  9. ^ a b c d 49th Annual Report of th Securities and Exchange Committee (1983), p. xvi.
  10. ^ “Miss Singer Betrothed To Theodore J. Kozloff”. New York Times. (1967年1月24日) 
  11. ^ a b c NYU Law – 2009-10 ALMOs: Lady Barbara Thomas Judge (October). Law.nyu.edu. Retrieved on 2011-12-11.
  12. ^ a b c d e f Lady Barbara Thomas Judge – Business Ambassador Profile. Ukti.gov.uk (2011-03-22). Retrieved on 2011-04-13.
    Biography of Lady Barbara Judge. Whartondubai09.com. Retrieved on 2011-12-11.
  13. ^ a b Lady Judge (formerly known as Barbara S Thomas)
  14. ^ Judith A. Leavitt, American women managers and administrators:a selective biographical dictionary of twentieth-century leaders in business, education, and government, Greenwood 1985, p268
  15. ^ a b c Gerth, Jeff (1990年1月1日). “Some Lincoln investors escape loss in collapse”. http://www.nytimes.com/1990/01/01/business/some-lincoln-investors-escape-loss-in-collapse.html?pagewanted=all&src=pm 
  16. ^ Our Origins, HSBC Private Bank.
  17. ^ a b Sands, Sarah (2007年5月4日). “Is this the best connected woman in Britain?”. Daily Mail. http://www.dailymail.co.uk/femail/article-452635/Is-best-connected-woman-Britain.html 
  18. ^ a b c Leach, Andrew (2004年9月12日). “Judge and friend she'd rather forget”. London Evening Standard. http://www.thisislondon.co.uk/news/article-13125878-judge-and-friend-shed-rather-forget.do 
  19. ^ Eskey, Kenneth (1989年11月21日). “Money, connections equal power”. Kokomo Tribune. http://www.newspaperarchive.com/SiteMap/FreePdfPreview.aspx?img=113642092 
  20. ^ In re AMERICAN CONTINENTAL CORPORATION/LINCOLN SAVINGS AND LOAN SECURITIES LITIGATION, 782 F.Supp. 1382 (1991), p. 10f.
  21. ^ History, United Kingdom Atomic Energy Authority.
  22. ^ New chair of United Kingdom Atomic Energy Authority Appointed, United Kingdom Atomic Energy Authority, 27 July 2010.
  23. ^ Viewing Page 7 of Issue 59446. London-gazette.co.uk (2010-06-12). Retrieved on 2011-04-13.
  24. ^ UK News, World News and Opinion. The Times. Retrieved on 2011-04-13.
  25. ^ Lady Judge CBE Archived 2016年3月1日, at the Wayback Machine.. Pensionprotectionfund.org.uk. Retrieved on 2011-04-13.
  26. ^ Lady Barbara Judge: Kazakhstan is Embracing Nuclear Power – KYTX CBS 19 Tyler Longview News Weather Sports. Cbs19.tv. Retrieved on 2011-04-13.
  27. ^ Lady Barbara Judge. World Foresight Forum. Retrieved on 2011-04-13.
    Visiting Fellows Archived 2010年2月11日, at the Wayback Machine.. Sbs.ox.ac.uk. Retrieved on 2011-04-13.
  28. ^ / UK – Lady Barbara to the helm at SOAS. Ft.com (2006-01-24). Retrieved on 2011-04-13.
  29. ^ 英原子力公社名誉会長「資源乏しい日本に原発は必要」2012.4.20 22:12 (1/2ページ)MSN産経ニュース
  30. ^ 英原子力公社名誉会長「資源乏しい日本に原発は必要」2012.4.20 22:12 (2/2ページ)MSN産経ニュース
  31. ^ Photo in center with Dale E. Klein (left), former Chairperson of the Nuclear Regulatory Commission,東電の原子力改革監視委が初会合 柏崎再稼働目指し、信頼回復図る” [[[Tokyo Electric Power Company|TEPCO]] First Nuclear Reform Monitoring Committee Meeting, aiming to resume operation of Kashiwazaki–Kariwa Nuclear Power Plant under re-gain the trust by public] (Japanese). Sankei Shimbun (2012年10月12日). 2012年10月14日閲覧。
  32. ^ Document Related to the First Nuclear Reform Monitoring Committee Meeting TEPCO News >Press Releases>Press Release (Oct 12,2012) and Framework for the Nuclear Reform, TEPCO News, Press Release (Sep 11,2012)
  33. ^ a b c The woman powering Japan's nuclear hopes post-Fukushima By Catriona Davies, CNN February 5, 2013 Updated 1241 GMT (2041 HKT)
  34. ^ 福島第1原発、汚染水流出に専門家委員会から批判噴出 2013年07月29日 19:54

外部リンク編集