プサラ (海防戦艦)

プサラPsara, ギリシア語: Θ/Κ Ψαρά)は、ギリシャ海軍海防戦艦である。イドラ級の3番艦。ギリシャ独立戦争の海上戦で要地となったエーゲ海プサラ島にちなんで名付けられた。

プサラ
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基本情報
建造所 フランスの旗 フランスル・アーヴルFCM造船所フランス語版
運用者  ギリシャ海軍
艦種 海防戦艦
級名 イドラ級
艦歴
発注 1885年
進水 1890年2月20日
就役 1892年頃
退役 1914年頃
除籍 1919年
その後 1932年、スクラップとして売却。
要目
常備排水量 4,885 トン
満載排水量 5,500 トン
垂線間長 334 ftin (102.01 m)
最大幅 51 ft 10 in (15.80 m)
吃水 18 ft (5.5 m)
機関 船舶用蒸気機関英語版×2基
主缶 形式不明・石炭専燃円ボイラー×4基
出力 6,700 hp (5,000 kW)
推進器 スクリュープロペラ×2軸
速力 17 kn (31 km/h; 20 mph)
乗員 400名
兵装
装甲
  • 舷側:300~356mm(水線部)、100mm(艦首尾部)
  • 甲板:70mm(主甲板)
  • 主砲防盾:305mm(前盾)
  • 主砲バーベット:300mm(最厚部)
  • 副砲砲郭部:120mm
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艦歴編集

本艦の購入以前のギリシャ海軍は、1866年のクレタ島の反乱や1877年から1878年の露土戦争でその能力が不十分であることが判明した。そこで軍隊の再編と近代化の一環として、プサラは同型艦2隻と共に、1885年にフランスに発注された[1]。「プサラ」は、ル・アーヴルFCM造船フランス語版が受注した。

「プサラ」は1890年2月20日に進水し、1892年までに、姉妹艦「イドラ英語版(Hydra ) 」「スペツァイ英語版(Spetsai ) 」と共にギリシャ海軍に引き渡された [2][3][4]

1897年希土戦争では列強の介入によってギリシャ海軍はオスマン帝国海軍に対する優位性を利用できなかった[1]ため、「プサラ」の活動は限定的なものとなった[5]

1897年から1900年にかけて、「プサラ」以下3隻のイドラ級には改装が施された。「プサラ」の改装はFCM社のラセーヌ造船所で行われ、小口径砲と艦首の魚雷発射管が換装された[3][6]1908年から1910年にかけての改装では150mm砲が長砲身の45口径に換装された。

1912年10月に始まった[7]バルカン同盟オスマン帝国第一次バルカン戦争において、「プサラ」は姉妹艦と共に12月16日(旧暦12月3日)のへレス岬沖海戦英語版に参加した[8]。戦闘はギリシャ海軍の勝利に終わったが[8][9]、イドラ級の鈍足ぶりに苛立ったギリシャ側の司令官パヴロス・クンドゥリオティス英語版が旗艦「イェロギオス・アヴェロフ (Georgios Averof ) 」に単艦突撃を命じたほどイドラ級は旧式化が進んでいた。

1913年1月18日(旧暦1月5日)のリムノス島沖海戦英語版でも、「プサラ」以下のイドラ級3隻は旗艦「アヴェロフ」との連携がとれず、最重要目標だった防護巡洋艦ハミディイエ (Hamidiye ) 」を取り逃した[9]。戦闘後、取り逃がした「ハミディイエ」を追うべく「プサラ」と駆逐艦4隻による艦隊が編成されたが、「ハミディイエ」より遙かに鈍足の「プサラ」ではその任に堪えず、「ハミディイエ」は5月の終戦まで健在だった[10]

1914年までに、「プサラ」は機関員向けの練習艦として使用されるため退役した[11]。1914年7月末に勃発した第一次世界大戦において、ギリシャ国王コンスタンティノス1世は親ドイツ派だったが国家としては中立を維持した。しかし協商勢が1915年サロニカに軍隊を上陸させたことでフランスとギリシャの間に緊張が生じた。最終的に、フランス軍は1916年10月19日にギリシャ海軍を接収。大型艦艇は武装解除され、予備兵力とされた[12]。 終戦後、「プサラ」は1932年にスクラップとして売却されるまで、ポロス島で操舵員のための練習船となり、後に海員幼年学校の練習船になった[13]

脚注編集

注釈編集

  1. ^ 第二次改修時に45口径に換装
  2. ^ a b 第一次改修で撤去
  3. ^ a b 第一次改修時に装備
  4. ^ 第一次改修時に増設
  5. ^ 第一次改修時に380mmに換装

出典編集

  1. ^ a b Gardiner & Gray, p. 382
  2. ^ Brassey, p. 25
  3. ^ a b Gardiner, p. 387
  4. ^ The Chinese Times, p. 488
  5. ^ Sondhaus, p. 220
  6. ^ Mason, p. 293
  7. ^ Hall, p. 24
  8. ^ a b Hall, pp. 64–65
  9. ^ a b Fotakis, p. 50
  10. ^ Leather, pp. 60–61
  11. ^ Fotakis, p. 78
  12. ^ Gardiner & Gray, p. 383
  13. ^ Paizis-Paradellis, p. 78

参考文献編集

  • 「Conway All The World's Fightingships 1860-1905」(Conway)
  • Brassey, Thomas A. (1892). Brassey's Naval Annual (London: Praeger Publishers). 
  • Fotakis, Zisis (2005). Greek Naval Strategy and Policy, 1910–1919. New York: Routledge. ISBN 978-0-415-35014-3 
  • Gardiner, Robert, ed (1979). Conway's All the World's Fighting Ships 1860–1905. Greenwich: Conway Maritime Press. ISBN 978-0-8317-0302-8. https://archive.org/details/conwaysallworlds0000unse_l2e2 
  • Gardiner, Robert; Gray, Randal, eds (1985). Conway's All the World's Fighting Ships: 1906–1921. Annapolis: Naval Institute Press. ISBN 978-0-87021-907-8 
  • Hall, Richard C. (2000). The Balkan Wars, 1912–1913: Prelude to the First World War. London: Routledge. ISBN 978-0-415-22946-3 
  • Laughton, L. G. Carr, ed (1900). The Naval Pocketbook (London: W. Thacker & Co.). 
  • Leather, John (1976). World Warships in Review: 1860–1906. London: Redwood Burn Ltd. ISBN 978-0-356-08076-5. https://archive.org/details/worldwarshipsinr0000leat 
  • Mason, Herbert B. (1908). Encyclopaedia of Ships and Shipping. London: The Shipping Encyclopaedia. OCLC 11857976. https://archive.org/details/encyclopaediash01masogoog 
  • Sondhaus, Lawrence (1997). Preparing for Weltpolitik: German Sea Power Before the Tirpitz Era. Annapolis: Naval Institute Press. ISBN 978-1-55750-745-7 
  • The Chinese Times (Tientsin: The Tientsin Printing Co.) III. (1889). 

外部リンク編集