ミッコ・エスコ
ミッコ・エスコ(Mikko Esko, 1978年9月3日 - )は、フィンランドの男子バレーボール選手。ヴァンマラ出身。ポジションはセッター。元フィンランド代表。
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基本情報 | ||||
国籍 | フィンランド | |||
生年月日 | 1978年9月3日(46歳) | |||
出身地 | ヴァンマラ | |||
ラテン文字 | Mikko Esko | |||
身長 | 198cm | |||
体重 | 89kg | |||
選手情報 | ||||
所属 | フィンランド男子代表 | |||
役職 | ゼネラルマネージャー | |||
ポジション | S | |||
利き手 | 右 | |||
スパイク | 340cm | |||
ブロック | 318cm |
来歴
編集1995年、フィンランド・ヴァンマラのクラブへ入団。サヴォのクラブ在籍時の1999年にリーグ優勝を飾る[1]。ドイツ・ブンデスリーガを経て移籍したベルギーリーグのノリコ・マーサイクでは、2004年のリーグ優勝とカップ優勝の2冠を経験した[1]。インドアの他にビーチバレーの経歴があり、国内選手権で2度(2001年、2003年)優勝している。
2005年からセリエAへプレーの場を移すと、3シーズンプレーしたパドヴァで正セッターに定着。3年連続でセリエAのオールスター戦に出場するなど、イタリアでキャリアを積んだ。2009年、モンティキアーリからモデナへ移籍した。
22歳でフィンランド代表のセッターに選出され、2000年5月3日に行われたエストニア戦で代表デビューを飾る[1][2]。予選を勝ち抜き10年ぶりの出場となった2007年欧州選手権ではチームの司令塔として活躍し、フィンランドを初の準決勝の大舞台へと導いた。2009年からナショナルチームのキャプテンを務め[3]、2009年ワールドリーグではインターコンチネンタル・ラウンドのベストセッター部門1位となった。
ヨーロッパ各国でのプレーを経て、2015年にフィンランドリーグに復帰。2023年シーズンまでプレーを継続し[4]、2024年にフィンランド代表のゼネラルマネージャーに就任。翌シーズンにプレーする確率は低いとしながらも、選手としてのキャリアを終えるつもりはないとしている[5]。
球歴
編集所属クラブ
編集- ヴァンマラン・レントパッロ(1995-1997年)
- ケスキ・サヴォン・パテリ(1997-2001年)
- TSVウンターハヒンク(2001-2003年)
- ノリコ・マーサイク(2003-2005年)
- センプレ・バレー・パドヴァ (2005-2008年)
- ガベカ・モンティキアーリ(2008-2009年)
- パッラヴォーロ・モデナ(2009-2012年)
- グベールニヤ・ニジニ・ノヴゴロド(2012-2014年)
- ハルクバンク・アンカラ(2014-2015年)
- ヴァンマラン・レントパッロ(2015-2024年)
脚注
編集- ^ a b c “Mikko Esko”. Suomen Lentopalloliitto. 2015年1月26日閲覧。
- ^ “Player - Mikko Esko”. FIVB Volleyball Men's World Championship Poland 2014. 2015年1月26日閲覧。
- ^ “Finland - Team Composition”. FIVB World League 2009. 2015年1月26日閲覧。
- ^ “Iloisia uutisia VaLePan mestaruusjuhlista” (フィンランド語). VaLePa (2023年4月22日). 2024年2月14日閲覧。
- ^ “Pelaajalegendat Suomen lentopallomaajoukkueen johtoon – Olli Kunnari ja Mikko Esko yllättyivät aluksi pesteistään” (フィンランド語). Yle Urheilu (2024年2月22日). 2024年5月12日閲覧。