ロイ・Z(Roy Z、1963年6月30日 - )は、アメリカ合衆国ギタリスト音楽プロデューサー。主にヘヴィメタルの分野で活動。ブルース・ディッキンソンとの仕事で知名度を高めた後、1996年、自分のバンドであるトライブ・オブ・ジプシーズを率いてデビュー。

ロイ・Z
Roy Z
IRoy Z.jpg
ハルフォード - ブラジル公演 (2010年10月)
基本情報
出生名 Roy Ramirez
別名 Roy Zerimar
生誕 (1963-06-30) 1963年6月30日(57歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
カリフォルニア州ロサンゼルス
ジャンル ヘヴィメタル
ラテン・ロック
職業 ギタリスト音楽プロデューサー
担当楽器 ギターベースキーボード
レーベル ビクターエンタテインメント
Seoul Records
共同作業者 トライブ・オブ・ジプシーズブルース・ディッキンソンロブ・ハルフォードロブ・ロック
公式サイト www.royzmusic.com

来歴編集

カリフォルニア州ロサンゼルス出身。ロイはメキシコ系アメリカ人で、出生名はRoy Ramirezだったが、後にRoy Zerimarと改名。この名前を短縮したロイ・Zという芸名で知られていくこととなる。

地元ロサンゼルスやコネチカット州での音楽活動を経て、1990年代初頭に故郷ロサンゼルスで、ヘヴィメタルラテン音楽を融合した音楽性のバンド、トライブ・オブ・ジプシーズを結成。同バンドは、当時アイアン・メイデンを脱退していたブルース・ディッキンソンのアルバム『ボールズ・トゥ・ピカソ』(1994年)に参加し、ロイは作曲家としても、収録曲の大部分をブルースと共作した。その後、トライブ・オブ・ジプシーズはマーキュリー・レコードからメジャー・デビューを果たす予定だったが、その話は立ち消えとなり[1]、日本のビクターエンタテインメントとの契約を得て、1996年9月にデビュー・アルバム発表。1997年には、再びブルースのアルバム『アクシデント・オブ・バース』に、エイドリアン・スミスとのツイン・リード・ギターという形で参加し、同作ではプロデュースも担当。

トライブ・オブ・ジプシーズは2000年に活動を一度停止するが、ロイはその後も様々なミュージシャンと仕事を行う。2000年以降は、1980年代からの友人であったロブ・ロックのバンドに参加。2003年には、ロサンゼルスを訪れた世良公則のレコーディングに参加[2]。また、プロデューサーとしてもハルフォードハロウィンジューダス・プリースト等、多くの著名なアーティストの作品に関わった。2008年には、かつてロブ・ロックと活動していたユニットであるドライヴァーとしての活動を再開させ、『Sons of Thunder』発表。

ディスコグラフィ編集

ブルース・ディッキンソン編集

『ボールズ・トゥ・ピカソ』を除く作品ではプロデュースも担当。

トライブ・オブ・ジプシーズ編集

  • トライブ・オブ・ジプシーズ - Tribe of Gypsies(1996年)
  • Nothing Lasts Forever(1997年、ミニ・アルバム)
  • レヴォルシオン・サーティーン - Revolucion 13(1998年)
  • スタンディング・オン・ザ・ショルダーズ・オブ・ジャイアンツ - Standing on the Shoulders of Giants(2000年)
  • ドゥエラー・オン・ザ・スレショールド - Dweller on the Threshold(2006年)

ロブ・ロック編集

  • レイジ・オブ・クリエイション - Rage of Creation(2000年)
  • アイズ・オブ・エタニティ - Eyes of Eternity(2003年)
  • ホーリー・ヘル - Holy Hell(2005年)
  • ガーデン・オヴ・ケイオス - Garden of Chaos(2007年)

ドライヴァー編集

  • サンズ・オブ・サンダー - Sons of Thunder(2008年)

プロデュース作品編集

他多数

その他編集

アウトテイク集。一部楽曲でロイがギターを担当。
ギタリストとしてゲスト参加。
ギタリストとしてゲスト参加。
ミキシングを担当。

脚注編集

  1. ^ 『トライブ・オブ・ジプシーズ』日本盤CD(VICP-5773)ライナーノーツ(伊藤政則、1996年8月11日)
  2. ^ SERA Project 世良公則オフィシャルサイト:TWIST INTERNATIONAL / with Eric Gorfain”. 2009年5月8日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2014年7月21日閲覧。

外部リンク編集