ロンドン (重巡洋艦)

HMS London tow.jpg
艦歴
発注
起工 1926年2月23日
進水 1927年9月14日
就役 1929年1月31日
退役
その後 1950年1月3日にスクラップとして売却
除籍
性能諸元
排水量 基準:9,750トン
満載:13,315トン
全長 633ft (193 m)
全幅 66 ft (20.1 m)
吃水 21 ft (6.4 m)
機関 アドミラリティ三胴式重油専焼水管缶 8基、パーソンズ式オール・ギヤードタービン 4基、80,000shp、4軸推進
最大速力 32 ノット
航続距離 9,120 海里/12 ノット
乗員 784名
兵装 竣工時:
20.3cm50口径MkVIII連装砲 4基
10.2cm45口径MkV単装高角砲 4基
2ポンド単装砲 4基
2ポンド単装ポンポン砲 4基
53.3cm4連装水上魚雷発射管 2基
水偵 1機
~1945年:
20.3cm50口径MkVIII連装砲 4基
10.2cm45口径MkV単装高角砲 4基
2ポンド8連装ポンポン砲 2基
40㎜単装機銃 4基
20㎜連装機銃 6基
同単装機銃 4基
53.3cm4連装水上魚雷発射管 2基
レーダー 273型(射撃管制)
279型(対空警戒)
284型(射撃管制)
285型
搭載機 スーパーマリン ウォーラス 1機
カタパルト 1基(後、撤去)

ロンドン (HMS London, 69) は、イギリス海軍重巡洋艦カウンティ級(ロンドン級)

艦歴編集

1926年2月23日起工。1927年9月14日進水。1929年1月31日竣工。第1巡洋艦戦隊に所属。第二次世界大戦開戦時は改装工事中であった。この工事は1941年2月に完了し、大西洋ジブラルタルへ向かう空母「フューリアス」の護衛、ドイツ戦艦「ビスマルク」の捜索、船団護衛などに従事した。

1941年6月にはドイツの補給船捜索にあたり、3隻を発見した。「ロンドン」と駆逐艦「ブリリアント」はシエラレオネ・ブラジル間で6月4日にドイツのタンカー「Esso Hamburg」を、6月5日に「Egerland」を捕捉[1]。両船とも自沈した[2]。6月21日、「ロンドン」は赤道付近で補給船「Babitonga」を捕捉[3]。同船は自沈した[3]

1941年9月から10月にかけてソ連から戻るQP1船団を護衛し、それから修理に入った。修理完了後も1942年中は主に北方で哨戒や船団護衛に従事した。

1944年になると東洋艦隊に加わり、インド洋で多くの作戦に参加した。

戦後は一時香港に配備された。1950年にスクラップとして売却され解体された。

脚注編集

  1. ^ Chronology of the War at Sea 1939-1945, p. 77, Amazon to Ivanhoe, p. 40
  2. ^ Chronology of the War at Sea 1939-1945, p. 77
  3. ^ a b Axis Blockade Runners of World War II, p. 97

参考文献編集

  • John English, Amazon to Ivanhoe, World Ship Society, 1993, ISBN 0-905617-64-9
  • Jurgen Rohwer, Chronology of the War at Sea 1939-1945, Naval institute press, 2005, ISBN 1-59114-119-2
  • Martin Brice, Axis Blockade Runners of World War II, B. T. Bastsford, 1981, ISBN 0-7134-2686-1

外部リンク編集