ローリー・アラン

ローリー・アランLaurie Allan1943年2月19日 - 、ロンドン生まれ)は、イングランドのドラマーで、デリヴァリーゴングでの活動で最も有名である。

ローリー・アラン
Laurie Allan
別名 Lawrence The Alien
生誕 (1943-02-19) 1943年2月19日(78歳)
出身地 イギリスの旗 イギリス
ジャンル プログレッシブ・ロック
カンタベリー・ロック
職業 ミュージシャン
担当楽器 ドラム
共同作業者 デリヴァリー
ゴング
ロバート・ワイアット

略歴編集

アランは12歳の時にドラムを始めた。彼のプロとしてのキャリアは1960年代初頭に始まった。彼はピート・ブラウン(ボーカル)、ジョン・マクラフリン(ギター)、ビンキー・マッケンジー(ベース)、ピート・ベイリー(パーカッション)と一緒に「ザ・ファースト・リアル・ポエトリー・バンド」に在籍した[1]

1967年、クリス・マクレガードゥドゥ・プクワナ、ロニー・ビア、コールリッジ・グッドと共に、グウィグウィ・ミールウェビのアルバム『Mbaqanga Songs』を録音した[2]。1968年まで、彼はジョン・マクラフリンと共にギュンター・ハンペル・トリオに在籍していた[3]。この頃、デヴィッド・アレンと出会っている。1968年の国際エッセン・ソング・デーでは、ブルーノ・ベッセ(ギター)、フレディ・ゴスアイ(ベース)、サイモン・プレスティッチ(液体照明)、ラウル・クロース(技術担当)と並び、ギュンター・ハンペルと共演した。彼は1970年に初期の「Fat Harry」で演奏した。

1971年、アランはイギリスのキーボード奏者スティーヴ・ミラーと共にデリヴァリーに参加し、ゴングに参加し続けたピップ・パイルの後任となった[4]。1972年、アランはゴングに加わり、再びパイルの後任ドラマーとなった。アランは1973年にゴングを脱退し、新しいデリヴァリーのラインナップに参加したが、これは短命ですぐに解散した。アランは、ロル・コックスヒル&スティーヴ・ミラーのアルバム『ストーリー・ソー・ファー/オー・リアリー?』(1974年)に参加した。彼はラルフ・マクテルのアルバム『Not until Tomorrow』(1972年)とバート・ヤンシュのアルバム『ムーンシャイン』(1973年)でドラムとパーカッションを担当している。

アランはまた、ロバート・ワイアットと一緒に演奏を行った。例えば彼のアルバム『ロック・ボトム』や『ルース・イズ・ストレンジャー・ザン・リチャード』でその演奏が聴ける。アーティストのアルフィー・ベンジとは、彼女がワイアットと結婚する前に関係があった[5]

アランは1974年にゴングに短期間ながら再加入したのをはじめ、1978年のマザー・ゴングとの仕事を含め、その後の数年間、バンドとの関係を維持し続けた。また、バーバラ・トンプソンズ・パラフェルナリア(1974年–1975年)とも共演した。アランは、1970年代にピーター・レマーとも仕事をしたが、1980年代にはほとんど演奏活動を辞めてしまった。

脚注編集

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  1. ^ Eder, Bruce. “The Battered Ornaments”. Allmusic. 2009年4月27日閲覧。
  2. ^ Gwigwi Mrwebi: Mbaqanga Songs”. Hardwax.com. 2020年5月13日閲覧。
  3. ^ Jazzhelden — Jazzportret Arjen Gorter” (オランダ語). Jazzhelden.nl. 2020年5月13日閲覧。
  4. ^ Prog. Una suite lunga mezzo secolo, Donato Zoppo. Arcana, 2016. 978-8862318587
  5. ^ Different Every Time: The Authorised Biography of Robert Wyatt, by Marcus O’Dair. Serpent's Tail, 2014, 978-1846687600

出典編集

外部リンク編集