上田晃弘
伝記の記載を年譜形式のみとすることは推奨されていません。 |
経歴
編集- 1951年-横浜市で出生。
- 1967年‐横浜市立鶴ヶ峯中学校卒業。
- 1970年‐横浜市立桜丘高等学校卒業。
- 1974年-神奈川大学法学部卒業。大学時代の4年間はバキュームカーに乗って横浜市内の各家庭や工場、団地などを回り屎尿を収集し、横浜港にある出田町埠頭まで運び輸送船に搬入するアルバイトに従事した[1]。
- 1974年‐横浜トヨペット株式会社(トヨペット店)入社。
- 1975年-公明党本部就職。
- 1993年-第40回衆議院議員総選挙神奈川4区に草野威後継として初出馬初当選。
- 1993年8月‐党科学技術部会長
- 1994年5月‐党労働局次長
- 1994年-新進党結党参加。11月結党大会運営本部座長[2]
- 1996年-第41回衆議院議員総選挙で小選挙区比例代表並立制導入に伴い神奈川2区で自民党新人菅義偉に敗北し落選。
- 1998年-政界引退[3]。現在再び公明党本部職員、中央幹事[4]や総務副委員長[5]などのポストに就いている。